第19話 町中に響き渡れ、私たちの音

「じゃ、これでいいかな」


 機材を地面に置いてから、水樹みずきは立ち上がってそう言った。

 私はチケットの束を足元に置いて、マイクが動作するか確認した。


「皆様、ご注目ください!」


 試しにその台詞を言うと、何人かの人がこちらに視線を向けてくれた。意外と効果的でまた言いたくなった。

 しかし、迷惑をかけたくないからやめておいた。


 ーーそういえば、ここに私のファンはいないかな?

 

 社会人の群れを見渡したけど、結局赤の他人ばかりだった……。

 それでも、悪いことではないだろう。むしろ、新しいファンを作るチャンスだ!

 じゃ、自己紹介から始めようか。


「私たちは青いドリーマーというアイドルグループです! 本日は路上ライブをするために秋葉原に来ました!」


 それから、私と水樹みずきは名前を告げる。


「青いドリーマーのあおいちゃんです! ずっと夢を追いかけて、歌っていたい!」

水樹みずきです! 新しいメンバーなので、皆も私と頑張って成長しましょうね!」


 興味なさそうに背を向けて立ち去る人もいれば、目の前に集まってくる人もいた。

 まだ夢の中にいるのかと思ったけど、瞬くとその大勢がまだ目の前にいる。

 よくわからないけど、どうやら私たちは皆の気を引くのに成功したようだ。せっかくだから、最高の路上ライブをしなければならない。


「皆様、本日はここに来て本当にありがとうございます! さあ、の路上ライブをしてみせるよー! 盛り上がっていますか?」


 私の言葉に歓声の声が街に鳴り響いた。

 水樹みずきがCDプレイヤーの電源ボタンを押すと、音楽が流れ始めた。


「さあ、行くよ! 私たちの歌を聴いてください!!」


 私は深呼吸して、マイクを口元に運んできた。

 水樹みずきに視線を向けて、「準備万端です」といわんばかりに頷いた。

 彼女は笑顔を見せて、頷き返す。

 そして、私たちはいよいよ歌い始めた……。


♡  ♥  ♡  ♥  ♡


 ーーできた! 私たちは、最高の路上ライブができた!!

 

 マイクを汗だくの手で握りしめながら喘ぐ。

 皆の声が次第に大きくなって、街に響き渡る。

 そして、私は足元に置いたチケットの束を手に取って、観客に声をかけた。


「皆様、本日は本当にありがとうございました! 次のライブに行きたいと思っている方は、ぜひチケットを買ってください!」


 その言葉に、大勢の人が私の前に集まってお金を出してくる。

 チケットの束が一個一個減っていく。

 私はほっとして、笑みを浮かべた。


 ーー皆は優しい……思った以上に。


 しかし、観客が解散したあと、チケットが思うように売れていないことに気がついた。 

 視線を落とすと、チケットが二割くらい残っている。少なそうな数かもしれないけど、チケットが完売しないと次のライブは満席になるわけがない。

 とにかく、そんなことは考えないほうがいいだろう。

 この後、ゆめゐ喫茶を訪れるからチャンスはまだある。しかも、メイドたちがチケットを買ってくれるかもしれない。

 街が静まり返ったころ、水樹みずきは片付け始めた。


「さて、あのメイド喫茶に行きましょうか? ゆめゐ喫茶でしたっけ」

「うん、行きましょう……」


 と、私は目を伏せて言った。

 まだゆめゐ喫茶に行きたいけど、残りのチケットを見ると気が滅入ってしまった。

 最高の路上ライブだったのに、私たちはどこかで失敗しただろうか。まあ、失敗しなくてもチケットが完売するとは限らないけど。あくまで観客次第だから。


「あの、大丈夫ですか、夢輝ゆめきさん? なんか悲しそうですけど」

「な、何でもないですよ。ちょっと考え込んでただけです」

「じゃ、早速ゆめゐ喫茶に行きましょうね! 夢輝ゆめきさんはずっと行きたかったんでしょ?」 


 彼女の言う通りだ。

 その言葉に、私は頭を上げて前を向いた。チケットが売り切れなかったとしても、チャンスはまだある。ゆめゐ喫茶に来たら、私の願いがようやく叶うかもしれないから……。


「うん、私はこの機会をずっと待ってたんですよ。では、行きましょうか!」

 

 私がそう言うと、水樹みずきはこちらを見て微笑んだ。

 私たちは手をつないで、静かな街を歩き始めた。


「あのね、ゆめゐ喫茶はどこですか?」


 ーーそういえば、どこなのかはまだわからない!


 私はチラシを取り出した。

 最初に内容を読んだときは速読したので、所在地などを読み飛ばしてもおかしくない。

 しかし、ゆっくり読むと所在地は載っていないことに気がついた。

 ただのポカミスだとは思わない。きっとそんな大切な情報を隠す理由があるけど、私にはよくわからない。

 お客さんからすると、所在地を隠したらお店が一層さんくさく見えてしまうのではないだろうか?

 だから、本当にわからない。

 

 ーー結局、ゆめゐ喫茶は詐欺に過ぎないのか……?

 

 それでも、私はまだ行きたい。

 携帯をポケットから取り出して、『ゆめゐ喫茶』をググってみた。

 地図を拡大してから、私は水樹みずきに画面を見せた。


「あ、近くにあるんですね! じゃ、今からそこに行きましょう!」

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