【完結】のぞみと申します。願い事、聞かせてください

私雨

 

プロローグ

第1話 私は、クビになった

 強い陽射しが身体からだを射貫く。

 蝉の鳴き声がかすかに聞こえてきた。

 そんな夏の日だった。

 今頃、皆は事務所内の冷房を楽しんでいるだろう。火照った身体を冷やしているだろう。

 しかし、私は二度とその冷房の効いた事務所に足を踏み入れられない。


 ーーなぜなら、私は今日クビになったから。


 炎天下、私は状況を飲み込もうとしながら立ち尽くしている。

 不意打ちされたように急すぎる展開だった。気がついたら、すべてが呆気なく終わってしまった。

 上司曰く、原因は会社のリストラだった。しかし、彼からの罵倒からすると、リストラのことは明らかに真っ赤な嘘に過ぎない。

 この五年間、私はOLとして事務所で働いていた。

 正直、仕事を一所懸命やったとは言えない。ぶっちゃけ、何があっても仕事を絶対に優先しなかった。

 なぜなら、とある男を探しているから。高校卒業後、二度と会わなかった男。十年間も経っているのに、連絡を取ることは一度もなかった男。

 

 ーー彼の名前は森澤もりざわ零士れいじ


 仕事が忙しく、ちゃんと探しにいく時間は今までなかった。

 しかし、時間を持て余している今の私なら、零士れいじを見つけることができるかもしれない。

 思いを巡らせると、私の脳裏にはいろんな思い出が蘇った。

 教室越しに交わした視線。言いたかったけど言えなかった『好き』という言葉。

 時間をさかのぼっているように、過去のことが一つ一つ頭をよぎってきた。そして、もう一つ思い出した。

 零士れいじはメイド喫茶が大好きだった。

 私は行ったことがないけど、彼はいつもメイド喫茶に立ち寄っていた。

 だから、まずはメイド喫茶に行ってみたほうがいい。

 少なくとも、『森澤もりざわ零士れいじ』という名前を知っているメイドはいるにはいるだろう。

 職を失ったばかりだし、本来ならば私は切羽詰まっているはずなのに。悩んだり、泣いたりするのは当然なのにーー

 結局、私はこの状況を淡々と受け止めた。

 なぜなら、これからの道はすでに決まっているから。やっぱり、メイド喫茶というと秋葉原。

 だから、私は秋葉原に行くことにした。

 時間を持て余しているとはいえ、悩む暇はない。

 今日家に帰ったら、メイド喫茶を少し調べておこう。そして、今週実際に行ってみる。

 頭の中で計画を立ててから、私は帰路についた。

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