それはちょっとアタシに失礼過ぎじゃない!?


「客人? 一体どこのどいつだってのよ。アタシはそう暇じゃないの、碌な用じゃないのなら──はぁ!? もう上げてる!? しかもアタシの部屋に!? ちょっと、何やってんのさ……」


 カラカラカラと、車椅子を走らせる金と黒の混じった髪を持つ妖精が、呆れたように声を上げる。

 怒声と呼ぶにはあまりにも弱々しく、けれども威厳の籠ったその声は、従者の肩をビクリと飛び上がらせた。

 

 それを見ながら、その妖精は「はぁ……」と再度ため息を吐く。

 ままならないことばかりだ、地位や権力を得てから、そう思うことが多くなった。


 昔は、自分が小娘だからだと思っていたが、300年も生きた今も、そう思うということは、歳なんて関係ないのだろう。

 こんなことなら、いっそ早死にしておけば良かった……なんて、考えても仕方のないことを、妖精は少しだけ思う。


「ああ、もう、そう怯えないでよ。見てるだけで腹が立つわね……上げちゃったんでしょ? なら、もう仕方ない。一言二言くらいは、付き合ってやるわよ」


 その後、この足で蹴り出してやるよ。と、およそ地位のある妖精とは思えないくらい、野蛮なことを言い放ちながら、彼女は自室へと向かった。

 従者をその場に置き去りにして、スイスイスイと車椅子は進む。


 大昔から普及している、魔力で稼働する車椅子だ。彼女はそれを、手足のように扱える。

 ”本当であれば、こんなに長生きする予定はなかったのに”と、最近は度々思うようになったことを考えながら、自室の扉をガチャリと開けた。


 余計なことを考えている割に、彼女は客人が誰なのかを考えてはいなかった。というよりも、それは余計な考え事よりも、優先度が低かったのである。

 誰であろうとも関係ない。挨拶を交わして帰ってもらう。


 そのくらい、客人なんてものは彼女にとって、どうでも良い存在だった。

 だから、扉を開けた瞬間、視界に飛び込んできた客人そいつの後ろ姿に、予め用意していた言葉を放とうとして、


「おっ、やっと来たな、カナリア。お前……流石にもうツインテはきつくないか? 俺は好きだけど、ツインテババアとか陰口叩かれても文句言えないぞ」

「いっ、いいっ、イサナ~~~!?」



 ◇



「あ──アンタ、目覚めてたなら、何でもっと早くアタシのとこに来ないのよ!? ていうか、何でアタシの元に情報が来てない訳!? おかしいでしょ!」

「相変わらず、声がでっけぇな……お前、もうお婆ちゃんだろ。少しは慎みとか覚えろよ」

「覚えたわよ! 必死にぃ! アンタがその全部を破壊して剥ぎ取ってんのよ! 今、現在進行形で!」

「あー、もう悪かった悪かった。急に来た俺が悪かったって」


 まあ、どう考えても情報を仕入れていなかった、カナリアが悪いのだが……。

 そこを突っつくと面倒なことになるからな。触らぬ神に祟りなしだ。


 俺は取り敢えず平謝りしながら、かつての友人、カナリア・シルクハートを見た。

 外見年齢は二十から三十といったところだろうか。


 俺の記憶にある姿から、十年くらいは成長したか?


 妖精種ってあんまり老けないんだよな。一定の年齢から、外見の姿はほとんど固定されることが多い。

 そんなんだから、昔は妖精種の血は不老不死の薬になる、とか言われて狩られてたことがあるくらいだ。


「つーか、バリバリに生きてんな……死んでないだけって聞いてたんだけど」

「随分直截的で、失礼な物言いされてるわね……でも、的確な表現ではあるわ。アタシは死んでないだけよ、言葉通りね」

「……と言うと?」

「アタシの寿命──魔力はとっくに尽きている。今は、外部から供給してもらうことで、生き延びてるにすぎないわ」


 これ見て分かる? と、カナリアは胸元を少しだけ晒して見せた。そこに刻まれているのは、黄金色に光る十字のような紋章。

 見覚えのある紋章だった。少しだけ記憶を掘り返してから、「あぁ」と気付く。


「魔力共有の印……だけじゃないな。何だこれ、寿命の共有?」

「うわっ、何で隠してる方まで見て分かるのよ、気持ち悪いわね」

「いや失礼、失礼過ぎるでしょう? お前が見せたんじゃん……」

「アンタが勝手に看破するのが悪い……あーあ、怒られるんだけど、アタシ」


 ジト目を飛ばして来たカナリアに「知らねぇよ……」と小さく返してから、ようやく合点がいった。

 なるほど、確かに寿命を共有するのであれば、人間であろうとも長く生きることが出来る。


 つまり、シャリアがカナリアに魔力を供給して寿命を引き延ばし、その引き延ばした寿命を、シャリアと共有しているのだ。

 妖精は、魔力がそこまでダイレクトに寿命に関わるのかよだとか、そもそも人間と妖精で寿命を共有できたのかだとか、疑問はポコポコと生まれてくるのだが、実際出来ているのだから仕方ない。


 魔法に関しては、俺はシャリアにもカナリアにも遠く及ばないからな。

 まあ、何やかんや上手くやったのだろう──少なくともこれで、シャリアが戦えない理由と、まだ生きている理由が分かった。


 特に探る気はなかったが、気になってはいたので知れて良かった。

 もう戦えるだけの魔力がなかったんだな、シャリアには。


「それで? アタシに何の用よ。まさか、昔話に花を咲かせに来たわけじゃないでしょう? アンタがそんな気の利いたこと、出来る訳ないもの」

「俺の評価が低すぎない? これでも頑張ってるんだけどな……まあ、昔話をしに来たわけじゃないんだけど」

「だけど?」

「今の話はしたい──なあ、カナリア。ノクタルシアで何やろうとしてる? ノクタルシアは、だろ」


 最初から、おかしな話ではあったのだ。幾ら突然変異と言っても、後から徐々に黒に移り変わっていくって、そんなの有り得ないだろ。

 髪色は、妖精種にとって王を決める要因にすらなる以上に、得意な魔法を定めるものである。


 魔法は魂と、密接な関係にある。

 妖精種であれば、それはなおさらだ。


 つまり、妖精種にとっての髪色は、魂の色そのものと言っても差し支えが無い。

 髪色が変わるということは、即ち魂が変質したということになるだろう──そして、そんなことは有り得ない。


 弱体化したレティシアを相手にしたことも踏まえて、断言しよう。

 妖精種の髪色が変わるなんてことは、起こりうるわけがないのだと。


「……なーんで分かっちゃうかなあ。参考程度に、教えてくれない?」

「お前の黒髪と全然違ったからだ。カナリアの黒の方が、ずっとくすんでた」

「それはちょっとアタシに失礼過ぎじゃない!?」

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