良いではなく、悪くはない、かな。


「本題に入って。短く、簡潔に」

「うっ、手厳しい……えっとねぇ、あーしらはっていうか、あーしのクソ親父……上司からの提案は一つだけ────和解しようぜ。

 ぶっちゃけ、ここを攻め落とすのはかなりしんどいし、殺して殺されてっていう、負の輪廻的なの? いい加減やめにしたいんだよね」

「随分と、勝手な言い分ね。貴女たち魔族が、魔物がワタシたちを殺してもいるのに」

「それはどっちもどっちじゃん。だから、あーしらが生まれる前から始まってるこの戦争が、この先もずーっと続くのは嫌だってだけの話。

 まあ、一先ずは……えーっと、停戦? そう、停戦協定を結ぼうって話なんだけどー」

「……それは、魔族たちの、魔王の意志ということで、間違いないかしら」

「モチ! っつーか、あーしらは基本的に、上には絶対服従だから? 裏切りとか出来ないし。だから、あーしの言葉自体はともかく、意思の方向としては、魔王様のものだって思ってくれてオッケー!」


 考える。

 ノクタルシアは、その言葉を幾度も嚙み砕き、精査する。


 観察して得られた情報──声音、態度、目の動き、指先までの挙動、魔力の揺れ動き──からは、嘘ではないと判断できる。

 語られた提案自体は、魅力的なものではあると、まずは思う。


 けれども、魔王がそうする理由が見当たらない。

 確かにこの空島を落とすのは、それなりの労力を要するであろう──しかし、魔王が本気になれば、全力を以て落とそうとすれば、確実に落ちる。

 

 空島とはそういう、魔王の甘さによって、生かされている場所だ。

 あるいは、放っておいても勝手に滅びる種族であると、そう認識されているか。


 どちらにせよ、空島の運命は魔王に握られていて、どうこうするも、結局はあちら次第なのだ。

 だからこそ読めない。この提案の意図が、本質が、ノクタルシアには分からない。


(強いて答えを見出すのなら、魔王にとってワタシたちは、既にどうでも良い存在というところかしら)


 納得できるような、できないような、曖昧な答えにしか辿り着けないノクタルシアは、しかし、「まあ良いわ」と切り捨てた。

 これ以上を考えるのは、ノクタルシアの役割ではないからだ。


 ユメルミア学園生徒会は、この空島における最大戦力ではあるが、『戦力』であるが故に、『頭脳』ではない。

 彼女たちは『手足』であり、全てを決定するのは、シャリアやルーシリアといった、空島を保っている者たちだ。


 そう考えるのであれば、レティシアとノクタルシアは同じ立場にあった。

 ノクタルシアがジッと見つめれば、「???」と疑問符を浮かべながらも、レティシアは笑みを浮かべる。


 悪い子ではないのよね、という感想をノクタルシアは抱いた。

 更に気が抜けるのを、セレナリオは自覚しながらも止められなかった。


「一旦、持ち帰るとするわ。レティシア、貴女もそれで──」

「テラ・フラム・レイス」


 だから、

 レティシアの指先から撃ち出された、一筋の閃光のような火の魔法に、二人は防御すら間に合わせられなかった。


 テラ級魔法──十階級ある内の、七階級目。

 目安としては、地形を変えられるほどの威力を保有する魔法。


 予想外のことであればあるほど、思考に空白は生まれ、身体はそれに応じて止まってしまうものだ。

 少女の身体など、一瞬にして焼き尽くせる威力を誇るそれを前に、ノクタルシアの思考は、しかし真っ白に塗り潰されていた。


 疑問でもなく、訝りでもなく、驚愕でもなく、空白。

 ただ漠然とした死を前に、


「死にたくない」


 と、一言零すことだけが、ノクタルシアに出来たことだった。


「会長ッ!」


 その中で、しかしセレナリオだけが、動くことが出来た。

 ”自身の落ち度だ”という事実が、セレナリオを反射的に動かしていた。


 ”この窮地を招いたのは私が油断したせいだ。”

 ”私が気を抜かなければ守ることが出来た。”

 ”会長を殺させる訳にはいかない。”

 ”私よりも、ずっと会長の命の方が、価値があるんだから。”

 ”。”


 妖精種にとって、髪色は何よりも重要なものだ。

 白であれば虐げられ、金であれば崇められ、黒であれば憧憬を得る。


 その中で、金でありながらも色素の薄い髪は、無能の証明にすらなる。

 もう一人、ちゃんとした金髪の妖精がいるのだから、それはなおさらだ。


 クララ・セレナリオは、王の資格を持つ無能だった。

 そして、ルナ・ノクタルシアとは友人でありながら、置いて行かれた妖精である。


 抱えた思いと自責の念が混ざり合って、思考の空白を埋めるような行動を引き起こす。

 押し倒されたノクタルシアと、押し倒したセレナリオ。


 一筋の炎が狙う標的がすり替わる。

 黒髪の少女から、薄い金髪──の少女へと。


(うん、良かった。これで良かった)

(会長を守って死ねるのなら、死に様としては十分でしょう)

(だから、良かった)

(最期くらいは、栄えあるものになりそうで)


(ああ、でも)

 

(それでも、我儘を言うのなら)


(良いではなくて、悪くはない、かな)


(それでも私には、十分すぎるのかもしれないけれど)


 加速する思考に追いつくように、レティシアの魔法はセレナリオに届く。

 ノクタルシアの脳天を貫くはずだったそれは、多少の軌道修正を行い、セレナリオの首を貫いた。





 ──否。

 この場において、が傷つくことは有り得ない。

 何故ならここには、がいるのだから──新任である為、不安が残りはするが。


 剣の一振りが、絶死の炎を振り払う。

 地形すら変えてしまう一撃を、埃でも払うかのように軽々と、魔力を欠片ほども使用せずに、消し飛ばしてしまった。


「おい……うちの生徒誑かしてんじゃねぇぞ、レティシア」

「────ウソ、イーくん!?」

「その呼び方やめろ! 殺すぞ! いやマジで!」


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