氷壁の魔法使い〜スクールカースト底辺層の僕でも【無双】はできるみたいです〜

神伊 咲児

第1話 雑用係は決定みたい

「カウト・ゼバース。お前は無能だ」


 と、僕に苦言を呈すのは、S級ギルドのギルド長、オーキンである。

 彼は眉を寄せて呆れていた。


「お前はせいぜい雑用係だな」


「僕が?」


「当然だろう。お前みたいな無級の無職が、このS級ギルド、白銀の牙に参加できるだけでも光栄と思え。王室の書記官の伝手だから、已む無く聞き入れてやっているんだ」


 書記官は僕の叔母だ。

 僕は彼女の伝手で、今、ここにいる。


「はぁ……。でも、雑用係はなぁ」


 力仕事は向いてないんだ……。

 このか細い腕を見てくださいよ。

 明らか肉体労働向きではないだろう。

 そうだ!


「テストしてくださいよ。戦力外かどうかは、それで決めてくれれば良いですから」


 僕の言葉にギルドの酒場は笑いに包まれた。


「ギャハハ! 無級の人間がS級ギルドで何言ってんだよ!」

「坊やはミルクでも飲んで寝てなさいな」

「身の程知らずとは恐ろしいな。ククク」


 オーキンは大きく舌打ちした。


「チィッ! そんな時間はない。お前は雑用係をしろ! まったく、だから無能は困るんだ」


 うーーむ。無能か……。

 能が無い。


 僕は働くのが嫌いだ。

 その上、去年に魔法学園を中退している。

 今は、家に篭って冒険小説を読み耽り、一日中、ダラダラと過ごしている人間なのだ。

 その点に置いては無能と呼ばれても致し方ない。


 が、


 能力が低いと言われるのは心外なんだよな。


 実際の力量うんぬんの問題ではなくて、そこに含まれる軽蔑のニュアンスに頭が来るんだ。


 本来ならば、ここで引き返す事案なんだがな。

 例え、叔母の頼みであろうと、バカにされては働く気も失せる。


「はぁ……」


 しかしながら、帰れない理由がある。

 

 生活費。


 それもある。


 が、なにより、欲しい小説があるのだ。


 それを買う資金が欲しくて、今こうして、踵を返すこともなく、ため息をつきながらも佇んでいるのである。


 僕は冒険小説の大ファンなのだけど、書物なんて代物は、貴族か王族が楽しむ高級品。僕みたいな無職の人間が手にできる代物ではない。

 よって、入手するためには多大なる資金が必要となる。

 それ故に、身を粉にして働こうとしている訳だ。

 例え無能と蔑まれようと、背に腹はかえられぬ。


 当面の生活費と欲しい小説の為。

 僕は金を稼がなければならないのだ。


 オーキンは、ゴン! と柱を叩いた。

 

 やれやれ、相当ご立腹だな。


「そもそも、今回の任務は姫様の護衛なのだぞ! それをどこの馬の骨とも知らん、引き篭もりの無職を紹介するなんて……。本当にリエルナさんはどうかしているよ」


 うむ。

 こちらとしては金が入ればそれでいいからな。S級の仕事なら報酬はそれなり。力仕事は嫌だが已むを得んて。我慢我慢。


 ギルドの酒場では、パーティーを組むメンバーたちが不満を連ねていた。


「王室のコネなんて、良いご身分ね。無級の人間なんて、無能ってことじゃない。そんな人間を参加させるなんてどうかしてるわ」

「せめてA級だよな。足手まといをメンバーに入れるなんて理解できん」

「見た目から弱そうな奴。終わってんな」


 やれやれ。

 酷い言われようだな。

 まぁ、金の為だから仕方ないか。


 スキンヘッドの戦士が僕の目の前に立った。彼が護衛パーティーのリーダーをしているらしい。


「俺はライオッグ。旅立つ前にメンバー全員の防具を磨いておけ」


 え?


「なんで僕が??」


「雑用係だからに決まってる! 当然の仕事だろう」


 いや、しかし、


「護衛任務はまだ始まっていないぞ? 僕の仕事はそれからじゃないのか?」


「ったく。無級がデカイ口を叩くな! S級の俺が言ってるんだぞ! やれと言われたらやるんだよ!」


 はぁ、やれやれ。

 そんなに等級が重要かねぇ……。


 冒険者はその実力を等級で区分している。S級が最上位で、最下位がD級。僕は等級の試験を受けていないので級無しの無級というわけだ。

 でもこれって、ギルド加入者だけの表記なんだよなぁ。僕はギルド員じゃないから無級は当然なんだ。

 だからテストして欲しいって言ったんだけどさ。

 まぁ、ギルド長がダメと言っているのだからダメなのだろう。世知辛い世の中だよ。


 さてと……。


「これ全部ですか?」


 眼前には防具の山。兜に鎧、盾が積まれる。


 スキンヘッドのライオッグが、その頭をキラリと輝かせた。


「当然だ。滲み1つ残すなよククク」


 はぁーーあ。

 これも転ドラの為だ。やるしかないか。


 転ドラとは転生ドラゴンの略。

 僕が今ハマっている冒険小説のタイトルだ。その新刊である3巻がどうしても欲しい。


「よぉし!」


 そう奮起して、防具をシコシコと磨き始めた。

 そんな僕に声をかける女の子が1人。


「ねぇ、あなた……」


 輝く赤髪の剣士である。

 華奢な身体なのに胸だけは大きい。

 肌は白磁のように真っ白で、全身から美少女のオーラを放っていた。


 随分と可愛い子だ。

 なんというか……華やかで明るい。

 僕とは対照的だな。

 陰と陽。

 彼女は陽キャ。

 陰キャな僕とは住む世界が違う。


 そんな彼女は、僕に向けて冷たい視線を送った。


「この任務、降りたら?」


 やれやれ。

 何を言うかと思ったら。

 こっちは金のためにやってるんだ。


「どうして、そんなことを聞くんです?」


 まぁ、どうせ足手まといが鬱陶しいんだろうけどさ。


「危険だからよ」


「え?」


「命に関わるかもしれない」


「へぇ……」


 このギルドにも優しい言葉をかけてくれる人がいるんだな。


「自分の実力をもっと自覚した方がいいわよ。命を落としてから気がついても遅いもの」


「それはご親切に、どうも」


「じゃあリタイアで良いわね?」


「まさか。ちゃんと任務はこなしますよ」


「死にたいの?」


「僕は雑用係だよ。危険なんてないでしょ?」


「はぁ〜〜。これだから無級は……。任務ってそんな割り切ったモノじゃないのよ。モンスターに襲われれば雑用係だって攻撃されるんだから」


「その時は、みなさんが守ってくれるんでしょ?」


「余裕が有ればね。でも、余裕が無ければ、自分の身は自分で守らなければならないのよ」


「まぁ、確かに……」


「今ならまだ間に合うわよ。リタイアなさい」


「フフフ。大丈夫だよ」


「はぁ〜〜。本当に、どうなっても知らないわよ?」


「ご親切にありがとう」


「はぁ〜〜」


 と、ため息をついて去って行った。

 すると、今度はモヒカン頭の剣士が近づいて来る。


「キヒヒ。お前、ヒナエちゃんに声を掛けてもらうなんて、ラッキーだったなぁ」


 ヒナエ……。

 聞いたことがあるな。


「凄腕の剣士ヒナエだよ。17歳の美少女さ」


 ふぅーーん。

 あの子、僕より2つも年上だったのか。ますます住む世界が違うな。

 

「聞いたことあるだろ? 剣の腕前は時期ギルド長って噂もあるほどなんだぜぇ」


 へぇ、あの子が……。

 美少女で凄腕の剣士か。

 なんでも、王都には彼女を慕う男が千人を超えるという噂があるな。


「ダハハ! まぁ、おめえなんかにゃあ高嶺の花よ。話しかけられただけでも光栄と思いやがれ! 死ぬ前に良い土産を貰ったなぁ。ギャハハ!」


 やれやれ。

 誰が死ぬかよ。

 転ドラの3巻を読む前に、死ぬなんてごめんだ。

 それに、彼女が高嶺の花と言われてもな。僕とは住む世界が違う人種なんだ。トラブルを回避する為にも、なるべく関わり合いは持ちたくないさ。


 それにしても……。


「まだ3つ目か……」


 眼前には防具の山が積まれていた。

 

 やれやれ。金稼ぎって大変だな。

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