二つの穴

前編

 ビルの地下のショットバーの営業時間は「日没」から「日付が変わる時」までであった。

 西の空が赤く染まる頃、何処からかマスターがやって来て開店準備を始める。太陽が完全に沈んだ頃に、入口階段前の看板に明かりが灯り開店する。

 そして深夜、明日と昨日が入れ替わった頃に看板が消灯して閉店する。戸締りをしたマスターは何処かへと去って行く……


 営業中にやって来る客は様々な人達であった。

 独りで酒を楽しむ男。

 出会いを求めて独りで来た女。

 コンパの二次会でやって来た若いグループ。

 怪しい密談をしている外国人達と、それを監視しているGメン。

 古い友人との旧交を温める為に来た中年の2人組。

 今まさに、プロポーズを決行しようと考える男と、それを如何にか躱わそうかと考えている女。

「来客の魔法」に惹かれて彼女カクテルグラスを満足させる為に来た一見の客。

 マスターとの会話を楽しむ為に来る常連客。

 そして、希望や悩みを持って本業魔法使いを依頼する為に来た客……

 様々な客がこの地下のショットバーで、人生の中では短くても十分に価値の有る時間を過ごしているのだ。



 何時もの通りにマスターは開店準備を整えて、看板の明かりのスイッチを入れる。すると直ぐに一人の男が駆け込んできた。大概、その様な客は本業魔法使いの客だ。


「いらっしゃいませ、何にいたしますか?」

「ここは金さえ払えば、魔法でどんな願いも叶えるそうだな」

「人を呪い殺すにはいくら掛かるのだ?」


「いきなり物騒な話ですな…」

「確かに人を呪い殺す魔法は有りますが、そんな事にお金を掛けるより裏社会の人に頼んだ方が安くて確実で早いですよ」

「何なら、裏社会の人を紹介しましょうか?」


「要らない! オレは他人を信用しないのだ!」


「まぁ、わたしも『他人』ですけど…」

「ともかく『人を呪わば穴二つ』って言葉を知っていますか?」

「この『穴二つ』は何を意味しているか解りますか?」


「知らない、その『穴』は何だ?」


「『呪った相手の墓穴』と『呪いをした自分の墓穴』ですよ」

「それだけ『呪い殺す』には大きな代償が必要なのです」

「大金を積んだだけではまだ足りないのです」


「じゃぁ、『相手を不幸にする』にはどの位、金が掛かるのか?」

「例えば、その男の姿や声をTVで観たり、聴いたりする事が出来なくなる位の不幸になるには?」


「相手の事について、話しをして下さいな……」

 マスターは男をカウンターに案内して、お茶を出す。

 男はお茶を飲んで落ち着いてから、話しを始めた。



「A山A雄って知っているかい?」


「えぇ、元非行少年で友人が強盗事件を起こして逮捕された事が切っ掛けで更生して、自分で起業して大成功した実業家ですね」

「今は非行少年に対しての更生活動を行っていて、少年問題のコメンテーターとしてTVで観ない日は無い位ですね」


「その逮捕された友人がオレだ!」

「A雄とオレは中学・高校と不良仲間で、学校内を我が物顔で振舞っていた」

「授業を妨害したり、気に入らない先公を虐めたり、大人しい生徒を脅して金を巻き上げたり、やりたい放題だった」

「学校を出た後は、A雄とオレは半グレ集団のナンバー1とナンバー2になっていた」

「ある時、オレとA雄の二人である商店へ強盗に入った」

「事務所の金庫から金を取り出し、カバンに入れて逃げる時に店主に見付かった」

「オレは手に持っていたバールで店主をなぐって気絶させた」

「その間にA雄は金を持って先に逃げた、そしてそのまま行方をくらましたのだ」

「オレは分け前を貰う為にA雄を探しまくった」

「しかし見つける前に、オレは警察に強盗容疑で捕まった!」

「何と、仲間のC川C次がA雄の身代わりで警察に自首をしていたのだ」

「C次の証言と防犯カメラの映像が決め手でオレも逮捕された」

「オレは取り調べでA雄の関与を証言したが、A雄は恋人を使ってアリバイ工作をしていたのだ!」

「結局、オレは強盗致傷の主犯格で15年服役した」

「C次は自首が認められて5年だった」

「C次は『盗んだ金の入ったカバンは重かったので、逃げる途中に森の中で捨てた』と証言した」

「証言通りに森の中でカバンは見つかった、しかし金は入って無かった……」

「C次の周辺では大金は見つからなかった」

「盗んだ金は行方不明になった」

「商店の店主には盗難保険から盗まれた分の金が支払われたらしい」


「なるほどね……」

 マスターはもう一杯お茶を男に出した。

 男はお茶を乱暴に飲むと話しを続けた。


「刑期満了で出所した時に、A雄が身元引受人としてオレを引き取りに来てくれた」

「その時に知った事だが、A雄と店主はグルだったのだ!」

「店主は店の金を使い込んでいて、銀行へ借入金の返済期限が迫っていたのだ」

「店主はオレ達が実際に盗んだ金と使い込んだ金を合わせた額を被害金額として保険屋に申請していた」

「A雄は手に入れた大金で事業を開始して実業家に」

「危機を脱した店主はA雄の後見人になった」

「身代わりのC次は出所後、A雄の会社に就職して好待遇を受けている」

「A雄は出所したオレにあの時に盗んだ金額以上の大金を渡してくれた」

「口封じの為の金だろう、オレも納得して受け取った」

「いずれオレもA雄の会社で雇って貰おうと思っていた……」

 男は咳払いをしてから強い口調で話し始めた。


「しかし、TVで少年問題について偉そうに発言しているA雄を観ていたら、怒りが湧いてきたのだ!」

「オレはA雄の裏切りによって15年間刑務所で過ごしてきた」

「しかし、オレを裏切ったA雄は何の罰を受けないでこの世を安楽に生きている!」

「自分のやった事を棚に上げて、A雄はTVで青少年に向けて理想論を言っている!」

「そんなTVでのA雄の姿を観ると、オレは怒りでTVを観るのが苦痛になってきた!」

「これではA雄の世話になる訳にはいかない、A雄の姿を見る事がオレの心の負担になるのだ」

「オレがこの先平穏に生きる為には、A雄の存在を消して貰うしか無いと考えた」

「だがマスターから人を『呪い殺す』のは難しいと言われた」

「A雄本人とは絶交すれば、その姿を見なくてすむ」

「しかし、TVではA雄の姿が毎日出てくる、このままではオレは平穏な生活が出来ない!」

「そこで、裏切った罪を償う為に、魔法でA雄を不幸にして欲しい!」

「A雄自身が不幸になれば、TVなどに出演する余裕が無くなるはずだ!」

「もうオレはTVでA雄の顔や姿を二度と観たくは無い!」

「オレの周りでA雄の存在が無ければ、オレは何とか生きて行けるのだ!」

 男は言葉を吐き捨てた。


「これはA雄から貰った金だ!」

「まさかA雄が払った金でA雄自身が不幸になるとは、皮肉なものだな!」

 男は札束をカウンターに積み上げた。


マスターは札束を数えると、ニッコリと微笑んだ。

「この金額でなら大丈夫です、あなたの願いを叶えましょう!」

「明日、閉店時間前にもう一度この店に来て下さい」

「あなたに『相手が不幸になるアイテム』を渡します……」

 



 翌日の閉店前に男はやって来た。

 マスターは男にトランプと同じ大きさのカードを渡した。片面は白くて無地の表面で、その裏側には見慣れない謎の文字が沢山書かれていた。


「これは『不幸のカード』です」

「あなたが相手にこのカードをからに相手に不幸が訪れます」

「ただし、今からに相手にこのカードをあなたに不幸が訪れます」

「郵便や他人を介して渡しても相手には不幸は発動しないので、必ず直接手渡しをして下さい」

「カードを直接渡せないと、今から一週間後にあなたに不幸が発動するので、特に気を付けて下さいね…」


「よしっ! 解った!」

 男はカードを受け取った。


 マスターは微笑みながら言った。

「ところで、出所してから女性との触れ合いは?」


「そんなの、あるわけ無いだろ!」

 男はぶっきら棒に答えた。


「なるほど… それではこのカクテルを一杯飲んで下さい」

「お代は要りません、お店からのサービスですよ」

 マスターは男にカクテルグラス 彼女 を差し出した……

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