鴉 1

「うっ………うわあああああっ」




 夜。


 いつもは静かな家に悲鳴が響いた。






 起きたのか。



 起きたというか、気づいたというか。







 悲鳴の主は少年。



 昨日カラス………この天狗山に住む大量のカラスのボスが拾った中学生ぐらいの。






 天狗てんぐに拾う気があったのかは分からない。



 あいつのことは未だによく分からない。






 天狗。



 天狗はこの家とこの山の主の、『今は』金髪のチャラ男。



 天狗っていう名前なのか、天狗っていう『種類』なのかどうかも俺は知らない。






 天狗。






 俺は天狗を昔からずっとそう呼んでるし、天狗はそう俺に呼ばれて返事をする。



 だから天狗。



 そして俺はからす



 天狗に昔からそう呼ばれてるし、俺は天狗にそう呼ばれて返事をする。






 この家に住んでるのは俺と天狗。



 俺は………住んでると言うより、住まわせてもらってる。天狗に。






『鴉はカラスが拾ったから鴉なんだよ』






 天狗の話によると俺は捨て子らしい。






『カラスがカーカーうるさいから見に行ったら臍の緒がついたままのお前が落ちてたんだよね〜。カラスがカーカーうるさいから連れて来たんだよね〜。いやぁ、大変だわ〜、子育ては』






 そう言ってまだガキだった俺の頭を撫でた天狗は、今と変わらない姿。



 金髪チャラ男ではなかったけど。



 言われた当時の俺はガキでちっこくて、天狗が何を言ってるのか分からなかった。






 手、でかいな。



 手、あったかいな。






 それぐらい。






 カアアアアアッ………






「ひゃあああああっ」






 うるせぇ。






 作ってた味噌汁。



 火を止めて、どうすりゃいいんだって頭を掻いた。






 俺、人間って初めて会うんだけど。






 天狗は多分だけど人間じゃない。年を取らない。取ってるのかもしれないけど分からないぐらい。だから人間じゃない。多分。俺と比べると違う気がする。じゃあ何って、分からない。俺は何も知らない。



 しかもこの山は、どうなってるのか今は俺と天狗とカラス、他ちょっと諸々の生き物以外、誰も住んでない。






 昔は居たって天狗が言ってた。



 この家を含めてそんな名残もあちこちにある。






 でも今は居なくて、俺はこの山から一歩も外に出たことがない。






 必要なものは全部、仕事帰りに天狗が買ってくるから。






 仕事。



 天狗の仕事は。






『オレ今ホスト』






 山から出たことがないから俺にはホストが何か分からない。



 ただ、天狗は俺がいるから働いてる。



 俺が食べたり飲んだりするから。



 だから買い物をしてくる。






 天狗も食べるけど、天狗も飲むけど。



 天狗だけなら、わざわざ買いに行かなくていいって、言ってた。



 隣の山に住んでる赤鬼が、言ってた。緑鬼だったか?






『お前にちゃんとしたもの食わせないと、カラスが怒るんだよね〜』






 カアアアアアアッ………






 俺は、生まれたときにここに捨てられて、カラスのボスに拾われた鴉。



 そして。






「ここどこ⁉︎何でカラスが家の中に居るの⁉︎」






 俺を拾ったボスカラスの息子の現ボスカラスが拾った、中学生か高校生か。






 それも、俺は中学も高校も行ってないから確証はない。



 知識として知ってるだけ。






 天狗が行きたいか?ってどんなとこか教えてくれたから。






『行かない。天狗といる』






 カアアアアアアッ………






「ひゃああああああっ」






 うるさい。






 どうしろって言うんだ。人間なんて。






 もう一回頭を掻いて、俺はふたりが居る部屋に行った。

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