第26話 来訪者

立ち上がって覗き込んだモニター付きのインターフォンには、思いがけない人物が映し出されていた。


「柚羽!? 真依、柚羽が来るって聞いてる??」


モニターは見えづらいものの、間違いなくワタシの妹の柚羽だった。


「柚羽? 何も聞いてないけど」


のんびりと真依が答えるところをみれば、真依も何も知らないことが分かる。じゃあ何があったのだろうかと疑問は湧いたものの、来訪を無視できるわけもない。


応答すると、柚羽は「開けて」と短く呟いた。


柚羽はこの部屋に何度かは来ているけど、こんな時間にいきなり来るなんて今までにはなかった。


「ほんとに真依は柚羽に何も言ってないよね?」


「最近佳澄さんのこともあってバタバタしていたから帰社もしてないし、柚羽にも全然会ってなかったよ」


だとすれば、柚羽は佳澄のことを知らないはずで、来訪の理由が思い当たらない。


でも、何となく柚羽の声から機嫌が悪いことは感じている。


「もしかして、恋人と喧嘩をした、とか」


「そうだったとしてもうちには来ないんじゃない?」


「確かに。じゃあどうして、うちに?」


さあ、と首を傾げる真依には何も心当たりがないということだろう。


「真依が出てくれない?」


「もう……しょうがないんだから」


何も柚羽に問題がないのだとすれば、ワタシに何か言いたいことがあるようにしか思えなかった。


玄関口での応対を真依にお願いして、ワタシはリビングのイスに座って柚羽を待つ。


いつもなら柚羽に会う時は、事前に心づもりをしているけど、今日は全くできてないので、深呼吸をして心を落ち着ける。


「柚羽、どうしたの? こんな夜遅くに」


真依に続いて入って来た存在に、緊張を覚えながらも声を掛ける。


「お姉ちゃん!! 佳澄さんと会ってるってどういうこと!!」


ワタシの座るテーブルに足早に近づいてきた柚羽は、テーブルに両手を押しつけてワタシを睨みつけてくる。


何で柚羽がそのことを知っているんだろうと真依に視線をやっても、真依は思い当たるものがないと首を振るだけだった。


「お姉ちゃん!! 聞いてる!!」


「聞いてます……転職先の会社で、偶然再会しただけだよ」


「嘘。また真依を悲しませてるでしょう!!」


柚羽はワタシの言葉には耳も貸さず、ワタシが佳澄と何かあったと断定していて、一方的に責め立ててくる。


「柚羽落ち着いて。佳澄はワタシにとっては過去の恋人で、再会しても今更どうこうなりたいって思ってないよ。それに真依にも佳澄は紹介したから」


「知ってる。頭おかしいんじゃない? 元カノなんか紹介されて、真依が嬉しいわけないでしょう!!」


「分かってるけど、隠しごとをするよりも、その方がいいって真依が言ってくれたから紹介したの」


「傷つけたよね? 真依を」


「それは、ゼロじゃないけど……」


真依が佳澄のことを我慢してくれているのは知っている。放っておけない状況だったとはいえ、真依は佳澄に関わることを歓迎していたわけではない。


「なんで下向くの? 真依はお姉ちゃんしか愛せないんだって分かったから真依を任せたのに、お姉ちゃんはどうして人を傷つけることしかできないの!!」


「…………そうだね」


柚羽の言葉は一言一言がワタシの胸に突き刺さる。


そんなの言われなくても分かってる。


溜息を吐いたワタシの胸ぐらを柚羽が掴んで来る。


ワタシが真依を裏切ったと取られるような行動をしてしまったのは事実だ。それなら殴られることも受け入れるしかない。


「柚羽、落ち着いて。大丈夫だから、私は」


殴られるだろうと覚悟したワタシと柚羽の間に、真依の体が強引に割り込んで来る。ワタシに背を向ける真依の表情は確かめられない。


でも、ワタシが殴られれば済む話だから、真依まで柚羽と拗らせてほしくはなかった。


「真依、庇う価値もないよ。この人」


「柚羽が心配して来てくれたのは嬉しいけど、これはもう葵と私の問題で、私たちの間では解決しているからいいの」


真依の言葉でワタシは大きく勘違いをしていたことに気づく。


真依はもう明確にワタシたちと柚羽の間に線引きができている。

ワタシがなんとなくしか掴めずに曖昧にしてしまうことを、真依は形にしてくれる。


「それ、真依が我慢したってだけでしょう?」


「葵には嫌だって気持ちはちゃんとぶつけたから心配しないで。それに、葵はプライベートで苦しんでいる佳澄さんを放っておけなくて関わっただから、しょうがないかなって思ってる」


「そんな甘いこと言ってたらまたするよ」


「私はそれでも葵を信じる」


真依の言葉に、少しだけ柚羽の手の力が緩む。


「真依、ありがとう。柚羽が怒る理由も間違ってないから」


「何で真依は許せるの? 悪いのはお姉ちゃんでしょう?」


柚羽は真依を心配して、こんな夜遅くにわざわざ駆けつけて来た。それはワタシみたいなパートナーを持つ真依の傷を、少しでも深くするのを防ぐためだ。


「いいの、柚羽。私は葵のパートナーだから、良いことも悪いことも全部受け止めるべきだって思ってる」


「真依……」


「柚羽も知ってる通り、葵は駄目な所あるよ。根本的には間違ってないんだけど、行動にするところで方向を間違えちゃうのかも。私も腹立ったし、葵の何を信じればいいんだろうって悩んだりもした。でも、私が音を上げるまでは、柚羽は外から見ていて欲しいんだ。見ていられないって言うなら、私も葵も見放してくれてもいいから」


柚羽に言い切った真依の背をワタシは抱き締める。

この場でワタシにできるのなんてこれくらいだった。


「それ、わたしには口出しするなってことなんだ」


「うん。柚羽が守るべきなのは、今は私じゃないでしょう?」


「そうだけど……」


「柚羽は柚羽が守るべき人を優先させて。でないと葵みたいになっちゃうよ」


「……分かった。でも、お姉ちゃんを許したわけじゃないから」


「それは分かってる。ただ、私のためにだとしたら今は退いて欲しいの」

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