第17話 鬼面
居酒屋・酒乱を出た隼人は、裏通りを歩いていた。
ほんの数分前まで酒を口にしていたが、酒の酔はとうの昔に覚めている。その証拠に足取りはしっかりしていた。
先程までの浮ついた気持ちも消えて、いつもの自分に戻れたようだ。
あとは自分の
だが、周囲には気を配る。
特にこんな場所では、いつ襲われてもおかしくはないからだ。
街灯も少なく、人通りもほとんど無い。
月明かりだけが照らす薄暗い裏通り。狙われることは珍しいことではないし、この辺りは治安が悪い。
だから、いつも気を許すことがないようにしていた。剣士たる者でなくとも隙を作ってはならない。
それが、生き残るための鉄則だ。
いつ仕掛けられても、それに応じられるよう、周囲に意識を集中する。隙を突かれ、斬られたら終わりなのだ。
だが、今夜は、隼人の神経は研ぎ澄まされている。
澄香との一件があったからだろう。
あの女とは、また会うことになる。
確信にも似た予感を感じていた。
その時は、きっと戦う。
その時のために、今のうちに出来る限りの備えをしておかなければならない。
隼人は警戒しながら歩いていると、後方から足音が一人近づいてきた。振り返らずに、歩みを止める。
すると、背後の気配が止まった。
振り返ると、そこに一人の男が居た。
背が高く細身だが、筋肉質な身体つきをしている。
黒いシャツにジーンズ姿の男だった。
男の左手には刀があった。
距離は遠くない。
恐らく、4間(約7.2m)ほどだろうか。
そのまま、お互い無言で時が過ぎる。
「
問われたが、隼人は答えない。
隼人には相手の動きが読めていた。
それだけでなく、殺気が漏れ出ている。
剣士としての腕は悪くなさそうだが、まだまだ未熟者だ。
殺気を放つのは斬る瞬間だけで放つものだ。
隼人は、流れの剣士に遭遇するのは珍しくない。
《なにがし》である隼人には敵が多い。《なにがし》であることを理由に砂糖に群がる蟻のように剣士が集まる。
(俺を狙っている剣士か……)
そう思った瞬間だった。
背筋に悪寒を感じる。
それは、今までに感じたことのないものだった。
(なんだ……これは……?)
目の前に居る男からではない。
もっと奥底に潜む何か。
まるで、渦の中心にて自分が飲み込まれて行くような。そんな感覚。
だが、視線の主の姿は見えない。
(……上か!?)
気がついた時には、既に男は斬りかかっていた。
男は刀を薙ぐような姿勢で、隼人に刃を向ける。
しかし、その切先は隼人を捉えることはなかった。隼人は、瞬時に後ろに下がったからだ。
反応が遅れていれば、首元を薙がれていたことだろう。
だが、その時には、隼人は黒布を解き、腰に二刀を帯びると共に、打裂羽織を風を
そして、右手に持つ無鍔刀を抜き放つ。
だが、隼人の手は止まってしまう。
目の前の光景に、思考が追いつかなかったのだ。
何故なら、眼前の男は、自らの首を手で押さえながら、苦しんでいたからであった。
まるで、自分の喉を掻きむしるように。
その様子は、明らかに異常であり、その苦しみ方は尋常ではなかった。男は、苦痛の表情を浮かべている。
その顔は青白くなっていき、次第に生気を失っていく。
そして、遂には動かなくなった。
死んだのかと思ったが、どうやら違うようだ。
その証拠に、胸が微かに上下している。
呼吸音は段々と小さくなっていった。
次の瞬間、突然、大きく息を吸い込んだと思うと、今度は、咳き込み始めた。口から血を吐く。その勢いで、抑えていた手も離れていく。
地には赤い染みが広がっていた。
よく見ると、男の首からは、一本の
【小柄】
刀に付属する小刀の柄。
寸法は長さが9.5〜10cm弱、幅は1.5cm弱のものがほとんどだが、室町期と幕末期には長さが10cmを超える「大小柄」と呼ばれるものが存在する。
本来の用途では、木を削ったり紙を切ったりする実用品として使われた。
緊急の際に武具としても用いられ、投げ打つなど実戦の場でも携帯されていた。
隼人は目を凝らす。
そして、やっと正体に気づく。
鬼が居た。
眼の前の路地に2人。
後ろの路地に2人。
そして、雑居ビルの二階に1人。
合計5人の鬼達が身を潜めていた。
だが、鬼ではない。
全員が鬼面だ。
つまり、仮面を被っていたのだ。
本物の鬼かと思わせるかのような迫力がある。
大きく裂けた口には牙があり、歪んだ額には角が生え、金色塗られた目の部分だけ穴があり、そこからは鋭い眼光が隼人を射抜いている。
それは、まさに悪鬼。
人を喰らうという鬼の貌。
それが、隼人を囲んでいる。
小柄を打ち、名も知らぬ剣士を殺したのはこいつらだ。
なお、手裏剣術では、
その異様な雰囲気と存在感に、思わず圧倒されそうになる。
体格からして男に違いない。
鬼面の男たちは皆一様に着流しを着てはいるが、その下は、ごくありふれたストリートファッションなのが見えた。
面と着流しを着て街中を歩いて来た訳ではない。この場に襲撃をかける為に、身につけたものであることを理解する。
隼人は唾を飲み込むと、改めて敵を見据える。
しかし、その時には既に、雑居ビルの上に居た鬼の姿が消えていた。手には刀を抜いており、
跳んで降りて来るのではない、壁を蹴りカワセミが水中の魚を採餌するかのように、宙を舞って向かって来たのだ。
一瞬にして間合いを詰められる。
だが、隼人は慌てることはない。
その動きは見えていたからだ。
隼人は、相手の動きに合わせて身体を回転させると、相手の攻撃を躱す。
逃げる為の回避ではない。その動きは同時に斬撃に入るための動きであり、相手の動きに合わせることで、相手の攻撃を避けつつ、カウンターを決めることができる。
そして、隼人は、相手の脇腹に一太刀浴びせる。
存分に力を入れた一撃。
骨まで断ち切った感触があった。
1人目。
残心を決める間もなく、左右に控えていた二人の刺客が襲い掛かってくる。
左右から挟み撃ちにするつもりだろう。
だが、その動きは予想済みだった。
大人しく待つ、つもりは無い。
右側の刺客に狙いを定める。
刺客が斬撃に入る前に間合いに踏み込むと、左逆袈裟に斬り上げる。刺客が左腰に鞘も脇差もあるにも関わらず、その存在を無視するかのように斬り上げた。
いかな術を用いたのか、隼人の刀は刺客の左脇腹から右肩にかけてを斬り裂く。
2人目
背後には、もう一人の刺客が迫っていた。先程の片割れだ。
すぐに振り返れば迎え撃つことができたが、あえて一拍置いて相手を待つ。
その方が充分に刺客を引き付けることができるからだ。
隼人の刀は定寸よりも寸尺が短い二尺(約60.6cm)だからだ。
間合いに入った瞬間、隼人は脚の踏み位置を切り替えて右袈裟に振り下ろす。右鎖骨から脾臓を結ぶように、深く斜めに斬り裂かれた。
3人目。
凄まじい斬人剣であった。
命の灯火を消すのではなく、生命活動を停止させるように致命傷を与える。
それも一太刀でだ。
その目的は、確実に仕留めることにあるが故に、即死させる必要がある。
皮膚を撫で斬るのでは意味が無い。
深く臓腑を抉るように、肉と皮を切り離す必要がある。
剣術に
板前が刺身を作る時、包丁を身に当てて引く。押し付けただけでは魚肉は切れない。引かなければ切れない。
それと同様に、畑の土が鍬を打ち込んで引かなければ土を耕すことができないように、鍬打ちとは斬り込んでおいて引くことで、刃筋を深く通すための技である。
隼人は放課後の時間で毎日、畑を耕しているのは、この鍬打ちの鍛錬のためであった。
刃物は当てて圧しただけでは切れない。
刀を並べた刃の上を歩く大道芸があるが、それでも切れないのは、この原理を利用している。
刀を振るう上で、最も大切なことは、刀を振り抜くことだ。刀は重さのある金属の塊であり、勢い良く振るうことで威力を増す。
だが、力任せに振ってもダメなのだ。
刀は重いために、振り切るためには、全身の筋肉を使って刀を押し出すようにして振るわなければならない。
叩きつけただけでは、ミミズ腫れになるだけだ。
そして、その力は、腕だけで生み出すことはできない。
下半身の力も使う。
だが、上半身の筋力を全く使わないというわけではない。
特に肩甲骨の可動域を最大限に利用して、刀の重みと遠心力を上手く使いながら、身体全体で刀を押し出していくのだ。
そして打ち込んだ刀を引くことで、一太刀で人の命を断つことができるほどの威力を生み出すことができる。
隼人は鍬打ちを習得していた。
だからこそ、隼人の一閃は、人体を破壊するには充分なものとなる。
だが、それはあくまで理想論だ。
実際には、なかなかそう簡単にできるものではない。
打つ。
引く。
この動きを分けて行っているのではなく、斬り込む動き一拍子そのものに、鍬打ちという術が秘められている。
鍬打ちができると言っても、それは鍛錬したからこそ身に付くものであり、実戦の中でいきなり使えるようになるようなものでもないのだ。
しかし、隼人はその技を使うことができた。
それだけ、隼人が日々、努力してきた証でもあった。
そして、今、その成果が現実のものとなって発揮されていた。
刀を右手に下げる隼人に、二人の刺客が迫る中、相手の呼吸を読む。
相手が攻撃に移る瞬間、隼人は動いた。
踏み込み、間合いを侵略する。
二人とも隼人の攻撃を予想していなかったのか、虚を突かれたような姿をしている。鬼面の下の表情は分からないが、そんな顔が思い浮かぶ。
だが、それも一瞬のこと。
次の瞬間には、二人は同時に隼人へと斬りかかる。
一人の刺客は、上段からの唐竹割りに隼人の命を狙う。
もうひとりは、八相から胴払いを狙っていた。
左右に分かれたのは、挟み撃ちにするためだったようだ。
(さすがに、いい動きをする)
隼人は、感心する。
幕末の新選組は、本来一対一で術理立てられた剣術を集団剣術とした歴史がある。
すなわち、一人の剣士に対し、3人以上で交代し絶え間なく斬り続ける《草攻剣》。2人で前後挟み、一人と斬り合っている間に、背後から斬りかかる戦術を持っていたが、それを
同時に隼人は、刺客の動きから、彼らの流儀を読み取っていた。
刺客たちの構えは、どちらも基本通りであり、無駄な動きがなかった。おそらくは、彼らはどこかの道場で剣術を学んだ者たちだろう。
一対一の対決は基本にして、集団戦もできるように訓練されている。まともな剣術道場ではないのは確かだ。
だが、その教えが行き届いているからといって、必ず勝てるとは限らない。
隼人は2人の動きに合わせて、身を退く。
これで、左右から挟まれなくなる。
正面に、2人の刺客が並ぶ形になる。
(さて。どっちが攻めて来るかな?)
隼人は、生死を賭した状況でありながらも、冷静に分析をしていた。
内心でほくそ笑む。
どちらが先に仕掛けてくるか、様子を窺う。すると、最初に攻撃を仕掛けてきたのは、右側から迫ってきた刺客だった。
隼人は右から斬りかかってきた刺客に向き直る。
刺客が隼人との間合いを詰めて、真っ向から斬撃を放つ。
それを半身になって躱し、左の刺客が放つ横薙ぎの一撃に対して、隼人は前に出ることで、その刃の下を潜った。
そのまま懐に飛び込むと、肝臓を目掛けて刺突を入れる。
間合いの内側に入られるのを嫌ったのだろう。
左側の刺客が、慌てて後ろへ下がった。
その瞬間、隼人は両手で握っていた刀を右手のみで腰を落としたまま突き入れる。
半身に加え、片手で刺突を繰り出すことで、想像以上の伸びを生んでいた。
刺客は咄嵯に身を捻って避けようとするが、隼人の刀は肝臓を深く刺さることに成功する。
肝臓は体重の約1/50を占める最大の臓器。格闘技でも急所打ちの一つとして使われるが、刃物でも急所であることに変わらず刺されれば即死こそしないが、助かった事例は無いという。
4人目。
隼人は素早く刀を引き戻す。
次で、最後の一人だと思った。
だが、そうではない。
前の道に4人、後の道に4人、新たに8人の鬼面が浮かんでいるのを視界の端に捉えて、隼人は小さく舌打ちをした。
(二陣か……)
どうやら、隼人が倒した以上の数の刺客が配置されていたらしい。
前の道に居る4人は、白刃を手に4人同時に押し寄せて来る。
隼人は、自分の背後を確認することなく、前に飛び出した。予測だが、背後の4人も同時に動いているとみた。
8人同時による前後からの挟み撃ち。
隼人とて、この人数を一度に相手にして、無事に済むとは思っていない。
だから待つのではなく、迎え撃つことにした。
隼人は、正面の4人の内、最初の2人を、刀を振り下ろすよりも早く、一気に間合いに踏み込んで斬り伏せた。
続けて残り2人を斬る。
内股、脇腹、腹、肩を4人に分けて斬った。
そして、すぐさま反転して、背後からの4人へと襲い掛かる。
隼人の剣速は凄まじいものだった。身体の動くに伴い、剣は風となって駆け巡った。この素早さは刃長二尺(約60.6cm)という小回りの利く短い刀故の速さもあった。
長尺の刀では、ここまでの素早さはできない。
隼人の刀が、刺客の衣服と肉を斬り裂く。
右脇腹、胸、額、左脇腹を4人に分けて斬った。
一太刀、一太刀は全てが一刀必殺を目的としない浅い斬り方だ。倒すことを目的としてはいない。隼人の狙いは、敵の戦闘力を奪うことだった。
古流剣術剣技・
一対多という状況で戦う場合、それは基本でもある。
これは複数の目標の場合、まず身近な目標を先に射つ。
それが第一目標に射撃後、それが命中したか、その目標を仕留めたかどうかに関わらず即座に次の目標を狙う。足の親指の付け根のふくらみを軸に方向を転じて、次の目標を射つ。
そして、全ての敵に攻撃を加えた後、また第一目標から射ち直す射撃法だ。
同様に、古流剣術の複数の敵を
刀の損傷を避けるうえでも刃を合わせることなく、一太刀ずつ確実にダメージを与える。それだけに人斬りに慣れていない者には安易に使えない技といえる。どこを攻めれば確実なダメージを与えられるか、人体の弱い部分を把握しておく必要があるからだ。
骨まで達する深い斬撃よりも、肩や胴のような柔らかい部位を惣捲では斬る。
顔面を割られた敵は戦意を喪失し、肩に傷を負った敵は刀を満足に振るえなくなる。
数が少なくなるまでは、まず動けなくすることにポイントを絞った方が良い。すぐさま死に至らしめなくても、一時的に戦えなくしてしまえば複数の敵も物の数ではない。
剣と銃。
まったく異なる武器だが、一対多での戦いにおいて戦術は一致している。
8人の刺客の攻撃を、
皆一様に出血をしていて、身体のどこかしらに致命傷ではないが、深い傷を受けている。刺客達の思いとすれば8人同時の攻撃を切り抜けられるとは思ってもいなかったのだろう。
鬼面で顔色は分からなくても、その表情に驚愕の色が浮かんでいるのを感じることができた。
「消えろ。二度と俺の前に姿を見せるな。さもなければ、死ぬぞ」
隼人は、
「退け」
刺客の一人が口にした。
その一言で他の7人が、一斉に後退し、号令を出した一人も引く。
その動きには無駄がなく、見事な連携だった。
隼人は追わない。
追いたい気持ちはあったが、ここで深追いをすれば、自分が殺されることになる。
刺客達は、すぐに姿を消してしまった。
だが、道には、まだ一人の鬼面が残っていた。
第一陣に居た刺客だ。
刺客は刀を八相に構える。戦意を失っていなかった。
「お前は退かないのか?」
隼人は、その男に声をかける。
すると、男は答えた。
その声は、若い男のものだった。
「仲間をやられて、このまま退く訳にはいかん」
そう言うと、刺客が動いた。
上段から、唐竹割りに刀を振り下ろしてくる。
隼人は、それを半身になって避けると、右手だけで刀を握る。
そして、そのまま右手で刀を横薙ぎにする。
この斬撃に、刺客を斬る意図は無い。
【見せ太刀】
斬るのではなく、斬ると見せかけた斬撃。
斬撃に脚や腰が入っていないので、皮一枚を斬る程度のダメージしか与えられない。その目的は、
斬撃を放つことで、相手を惑わせ、陽動や
現在の言葉で言えば、フェイントだ。
見せ太刀を行うことで、相手を退かせたり、攻撃を留まらせたり、本命の斬撃を放つ隠れ蓑にする。
そこに二の太刀、三の太刀を斬り込む。そこで退かれても、相手はそれだけ体勢が崩れ、隙が生じる。
刺客は、それにかかる。
一瞬の硬直。
隼人は、そこに付け込む。
勢いをそのまま利用して、そのまま回転。刀を身体に引き寄せての角運動量保存則を利用し、高速回転する。これはフィギュアスケート選手が見せる腕を縮めると回転が早くなる現象だ。
その遠心力を利用して刺客に水平に刀を振るう。
二連撃の剣技。
刺客の胸に浅く刃が入る。
そして、隼人はそのままの姿勢で固まったように動かなかった。
いや、動かさなかったのだ。
刃の食い込んだ胸から血が岩清水のように、一筋流れ出す。
「一つ訊く。お前らは、何者だ?」
隼人は刺客に問い掛ける。
集団である以上、組織なのは間違いない。敵の多い隼人ではあったが、興味をそそられたのだ。
だが、答えは返ってこなかった。
その代わりに、刺客は大きく息を吸い込むと、なおも斬りかかってこようとした。
隼人は刀を一寸(約3.03cm)深く突き込む。
すると肺動脈が裂ける。
だが、刀を引き抜かなかった為に、血は体外ではなく胸腔、腹腔内に流れ込んでいった。
心臓が拍動するが、血液は裂けた肺動脈から漏れ続け、刺客は次第に痙攣を引き起こす。ショック状態になったのだ。
そして刺客は倒れ伏す。
失血死だった。
失血死というのは、心臓が体内に送り出す血液が無くなり、その為体内に血液が回らず死亡することだ。
大量の血液が失われることでショック状態を呈し、はなはだしい場合は死亡する。全血液の約1/3以上が急に失われると危険だ。
外傷などで体外に血液が流出するほかに、消化管、胸腔、腹腔内などの見えない場所へ大量の血液が流出することで失血死することもまれでない。
隼人は無言のまま、刀を抜き取る。
5人目。
それは、鬼面の刺客全員を倒したことを意味していた。
刺したことで血に濡れた切先を懐紙で拭うと、その懐紙を5人目の刺客の袖に入れた。
【隠しとどめ】
刀を拭った懐紙を死体の着物の袖へ入れておくこと。
これは人を斬った恐怖から慌てて逃げ出したというのではなく、冷静に後処理をしたという証にする。
隼人は周囲の気配を探る。
殺気こそないが、気配は存在する。
第二陣も用意しておいた連中だ。
隼人に襲撃を仕掛けた段階で、死体の処理も考えていたのは明白。
《なにがし》という自分の価値を考えれば、死体をそのまま放置する訳がない。
だから、この刺客たちは、自分たちが始末するつもりだったのだろう。
刺客の正体は分からぬが、死体に始末は連中に任せておけばいい。
隼人は、鬼面一枚を剥ぎ取る。
すると、その下には20代後半の若い男の顔があった。
見覚えのない顔だ。
覚えておく必要性もない。
隼人は刀を納めると、再び歩き出した。
今日も命を拾うことができた。
だが、まだ終わりではない。
この先には、もっと大きな困難があるかもしれない。
それでも、剣士を続ける限り、立ち止まることはできない。
それが、自分なりの生き方なのだから――。
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