第1話 語り部

 田畑が近くに、山が遠くに見える風景があった。

 それを幼い孫娘は、祖母の住む古民家の縁側から見ていた。絣の着物に三尺帯という姿は、大正や昭和初期の子供を彷彿させたが、生まれは平成の後だ。

 孫娘の浴衣などの着物好きは普段から和服でいる祖母からの影響だったが、この風景に孫娘の姿は似付かわしかった。誰もが見た訳ではないだろうが、いつか見た小景がそこにはあった。

「ねえ、お婆ちゃん。また、お話して」

 孫娘は、縁側に居る祖母にせがんだ。

すると祖母は、優しく笑った。

「いいよ。じゃあ、どんなお話をしようか」

 孫娘は、考えながら気持ちがはしゃいだ。

「今日は何がいいかな。桃太郎に、浦島太郎に、かぐや姫。……もう、ほとんど聞いちゃった」

しばらくして孫娘は、ひらめいた。

「あたし、お婆ちゃんの知ってるお話がいい」

「お婆ちゃんのかい」

 祖母が訊くと、孫娘は何度も頷いた。

「そうだね……」

 祖母は呟き、どこか遠くに思いを馳せる。やや間があって、何かを決めた。

「それなら、《なにがし》のお話をしてあげようか」

「《なにがし》?」

 孫娘は訊き返した。

「そう。人々から恐れ忌み嫌われた剣士さんのお話だよ」

 祖母は、昔話を孫娘へと語り始めた。


 むかしむかし、

 あるところに、小さな村がありました。

 そこに、剣を手に生きる少年が住んでいました。

 しかし、世は天下泰平の時代。

 戦に明け暮れた戦国は遠い昔。

 剣など用のない時代でした。

 でも、少年は剣を振り続けました。

 ある時は、銭を貰っては人を斬り。

 ある時は、挑まれては人を斬り。

 ある時は、命を狙われては人を斬りました。

 椿の花が落ちる様に、人の首を跳ね。

 魚を二枚に下ろす様に、人の体を斬り割り。

 虫の脚をもぐ様に、人の手足を失わせる。

 刀は武器であり、人を斬るために作られた武器ではあります。

 ですが、少年の使う刀は命を弄ぶように人を斬る。

 その姿は魔物でした。

 人々は少年を恐れ忌み嫌い憎み続けました。

 けれど、その剣は本来称えられ人々から尊敬と敬意を示される由緒ある歴史を持つ、それは古い古い剣法でした。

 剣の達人は剣豪と呼ばれ、剣の奥義を極めた者は剣聖と呼ばれ称えられた。

 剣士たちは自らの剣技を磨き続けは剣を振るい、ある時は誇りを懸けた試合を行い、ある時は人を斬り、剣によって地位を確立してきましたが、少年は称えられませんでした。

 なぜなら、少年は魔性の剣を使う魔物と呼ぶべき存在だったから。

 あえて呼ぶなら、剣魔。

 名乗りを挙げて、この剣魔を討とうとする人も居ましたが、死人が山となり、血の川が流れるのみ。

 人々は恐ろしさに体を強張らせ、悔しさに歯噛みし、哀しさに涙した。

 皆ができるのは陰口を言うこと。

 少年は、呼ばれていました。

 《なにがし》

 と。

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