第12話

 しばらくしてドアをノックする音が聞こえた。


「智樹、入っていい?」


「もちろんどうぞ」


 姉の声。ドアを開けると風呂上がりの音が立っていた。


「まだ寝ないでしょ?」


「まぁね。かといって何かするつもりもなかったけど」


「飲み物持ってきたよ。コーラとウーロン茶どっちがいい。ここにおくね?


 そこに立っていたのは湯上がりの姉。ドライヤーを当てたようだが、まだしっとりとした髪の毛、ピンク色に火照った頬。薄いタオル生地のようなブルーのパジャマ上下。適当にスウェットの上下を組み合わせて寝間着にしている智樹とは対照的であった。


「ありがとう、姉ちゃん。座ってよ、といっても座布団もないか下から持ってこようか?」


「いいよいいよ。お盆を床に置いてここに座ってもいい?」


 そう言って、姉は智樹の掛け布団の縁に腰かけた。


「意識するのが変なのかな?」


 姉と弟とは言え、男女が1つの布団の上座っている。


「眠くなるまでお話ししましょう」


 姉なのに。その要望を見ていると甘酸っぱい気持ちになる。こんな気持ちになるのも、仲の良い姉弟であれば普通なのだろうか。あるいは兄と妹であっても、おなじような気持ちになるのだろうか? 兄が同じことを言ったら、妹に気持ち悪がられそうな気がするのだが。


(姉ちゃん、いい匂いがする)


 風呂上がりの艶やかな髪の女性が隣に座っているのだから、絵も言われぬ方向が立ち上っているような錯覚をするのも無理は無い。本当は何も臭いなどしていないのかもしれない。それは視覚的イメージが嗅覚をコントロールしているのか。実際、どんな香りがしているのだろうか、理性で考えてみるとシャンプーとリンスを洗い流した後の残り香か。風呂上がりに香水をつけるわけもなく。姉の体臭は智樹にとって天然の香水で汗の匂いすら芳しいのだが、肌は上気しているが汗はもう引いているようだ。


 智樹は自分も体臭がしない方だと言われている。年齢を考えれば、色々な成分を分泌して体の外に発していてもおかしくない。姉も体質は似ていて、汗をかいても、そばにいてもあまり匂いを感じなかった。離れて暮らしてたまに会うようになってからは尚更、そう思えた。


「姉ちゃん、風呂上がりに何か塗ってるの?」


「うーん、乳液ぐらいね。○○○とか」


 高校生でも、大人顔負けにお肌の手入れをする子も多いのは知っているが、姉はごく一般的な商品しか使っていないようだ。


「あんまり化粧しないしね」


 肌の手入れは加齢への抵抗だから、本来、高校生は必要性が低いのだが、化粧をするとどうしても肌は痛む。


 

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