第5話

 父のスマホの待受画面は長らく制服姿で庭で撮った自分と弟の2人の写真だった。それはわかる。離れて暮らす長男のことも気がかりだろう。普通はそこに妻も混じるのだろうが離婚していたから仕方ない。その待受も最近母の写真になった。復縁して恋人気分なのだろう。微笑ましいと言うか年甲斐の無いと言うか。


 智樹のスマホは普通でない。姉の写真をスマホで持ち歩く弟がいるだろうか? しかし、それも家族離れ離れになっているゆえと考えればおかしなことではないようにも思えた。愛情深い弟なのだ。自分が机に彼の写真を飾っているのと同じことだ。


 智佐のスマホの中にも智樹の写真はある。友人たちと家族の話になった時、弟がいると言うと、「写真見せて見せて」と頼まれることも多い。


「これが弟、一歳違い」と言って見せてやると、みな「ほほー」と感心した。


 友人たちの評では「姉に似た美男子」とのことだった。


「帰ってこないの?」「帰ってきたら紹介してよ」とぐいぐいくる友人までいた。


 智佐も大学進学するときにはこの家から通えばいいと思っていた。しかし、優しい弟である。母を1人にしないため、地方の大学に進学するかもしれないと思った。


「 あなた、その待ち受け画像、お友達に見られて恥ずかしくないの?」


「 別に。姉の写真だと言ってないから」


「いや、余計詮索されるんじゃないの? 誰の写真だって」


「 誰でもいいじゃないかって言うさ。 それとも適当にアイドルの写真だとでも言えばいいかな」


「アイドルってあんた」


 実際、智樹にとっては姉の智佐はアイドルに近い存在であった。アイドルの語源は英語の「idol」、つまり偶像だった。 彼にとって、姉は初めて意識した異性であり女性の象徴だった。 智樹のような姉に対する思慕を持たない者は自分の姉のことを「ちょっと若いだけの母ちゃん」みたいに言うことが多い。 実際生物学的にはそれが正しいのだろう。


 智樹も姉と離れ離れにならずに一緒に 暮らしで成長していたら、そのような感覚になったのかもしれない。


 姉にとっても、弟は毎日一緒にいたら多少は疎ましい存在であろう。 まれに弟を自分の子供のように可愛がる姉もいるが、それはよほど母性本能が強い女の子なのだろう。


 そんな姉弟が別れて暮らした場合、どれだけの年数月が経てば血の濃さが薄れていくのだろう。


「わたしもあなたの写真を友だちに見せたことあるよ」

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