第5話 心器


「俺は今の状態だと亡霊ゴーストに干渉することはできない。亡霊ゴーストと同じ魂だけの状態にならないと戦うことはできない。その魂だけの状態を反転状態と呼ぶ。反転状態になることは死神が亡霊ゴーストと戦う準備と言えばわかりやすいかな」


 俺はポケットから緑色に光る宝石がついたネックレスを雪城さんに渡す。


翠魂石すいこんせきだ。反転状態になるにはこれが必要だ。翠魂石に自分の肉体を閉じ込め、魂だけの状態になるんだ」


「身体を……この石に……?」


 当然の疑問だろう。この石に自分の身体が入るなんてイメージできるはずもない。


「見本を見せるから見てて」


 俺は雪城さんに渡したものとほとんど同じタイプのネックレスを服の中から出す。そして、指でふれる。すると、翠魂石すいこんせきが光る。


反転リバース


 そして、俺の身体がうっすらと透ける。


「わっ……」


「これが反転状態だ。さわってみて」


 雪城さんが俺の身体にふれようとする。しかし、ふれることはできない。


「実体が……」


「さっき言ってたように翠魂石すいこんせきに身体を閉じ込めたんだ。で、戻る時はさっきと同じように翠魂石すいこんせきにふれて……反転リバースと唱える」


 俺の身体は元の状態に戻った。本当は翠魂石すいこんせきにふれる必要はなく、身体のどこかにつけておけばいい。しかし、最初のうちはさわった方がやりやすいと思って俺はこう教えることにした。


「あの……反転状態はわかったんですが、やっていることが……理解できないです」


「だよね。さっきの現象を言葉で説明すると翠魂石に自身の心力マナを込めるんだ。そうすると反転状態になる」


「……私、そもそも心力マナについても誰もが持っているエネルギーのようなものとしか聞いていなくて……」


心力マナについてはそうとしか言いようがないね。ま、聞くより慣れろだよ。やってみようか」


「……わかりました」


 雪城さんは首からネックレスをぶら下げ、翠魂石すいこんせきにふれる。すると翠魂石すいこんせきが光る。やはり雪城さんは死神になる条件を満たしていたようだ。死を感じたことのない者が翠魂石すいこんせきにふれても光ることはないのだ。


「自分の指先から、エネルギーを流し込むことをイメージして」


 雪城さんは目を閉じる。


「んっ……」


「!!」


 瞬間、雪城さんの指先から大量の白色の光が溢れる。心力マナは一定以上の量になると目に見えるが、反転するのために見える量の心力マナを流し込む人はほとんど見ない。


(しかも1回でできるとは……)


 一回で反転状態にできるのは相当センスがある。もっと時間がかかると思っていた。


「…………目を開けてごらん」


「あっ、すごい……私、透けてる……」


 雪城さんは自身の身体が透けていることを見るまでわからなかったようだ。


「これが反転状態だ。違和感はない?」


「ないです。反転状態になったことも目で見ないとわかりませんでした」


反転リバース


 俺は再び反転状態になる。


亡霊ゴーストと戦うためには武器を作らなければいけない」


亡霊ゴーストと戦うための武器があるってことですね」


「あー……たぶん雪城さんは勘違いをしているよ。武器は自分で作るんだ」


「えっ……」


心力マナを使って武器を作るんだ。心力マナを使って作った武器を心器しんきというんだ。その心器しんきをつくることを形成クラフトと呼ぶ」


心器しんき……」


「心の武器と書いて心器しんき心器しんきの強さを左右する要素は大きく2つある。1つは心力マナの量だ。多くの心力マナを使って作った武器ほど強くなる。もう1つはその武器に対する想いだ」


「……それは思い入れのある物ほど強くなるということですか?」


「概ねそんな感じだね。小さい頃からずっと剣道をしていた人とかだと剣に対する想いっていうのは強くなるとかそういう感じだね。心の強さが心器しんきに直結するんだ」


「ちなみに、ネガティブなイメージを抱いてしまうとどうなるんですか?」


「いい質問だ。ちょうどこれから話そうと思ってたんだ。例えば剣を使って、亡霊ゴーストと戦う中で武器が折れてしまう。そして、この武器は弱いんじゃないかみたいなことを思ってしまうと次に作る武器が本当に弱くなってしまうみたいなこともある。」


「なるほど……ネガティブになっちゃダメってことですね」


「いや、そうとも言えない。ネガティブなイメージが心器しんきを強くすることもある。」


「そうなんですか?」


「うん。例えばだけど、包丁で刺された経験のある死神がいるとしよう。その死神が形成クラフトする包丁はその死神の恐怖心や憎しみが強いほど強くなる。恐怖心を武器に変えたんだ」


「……なるほど……」


「銃を実際に使ったことのない死神が作る銃と実際に使ったことのある死神が作る銃だとやっぱり全然違うね」


「そうなると武器って……難しいですね」


「まあね。現代の日本で使える武器ってほとんどないからね。一度実際に心器しんきを見てもらおうかな。形成クラフト


 俺は右手に黒い刀を出現させる。


「ないもない所から刀が……。目に見えない心力マナを形にするってすごいことですね……」


「言われみればそうだね。あんまり意識したことなかったな……。心力マナは一定量を超えると目に見えるし、形にすることもできる」


 俺は刀を地面に突き刺す。


「心器はこうやって現実に干渉することも可能だ。ただ、普通の人間には認識できないし、ふれることもできない。よほど強力な心器でない限り跡は残らないよ」


 刀を抜くと地面に傷はなかった。


「現実に干渉しないのであれば、安心して戦えますね」


「…………そうだね。」


(雪城さんって意外と好戦的なのか?まあ、亡霊ゴーストと戦うってことを考えると悪くはないけど……。)


「でも、それはあくまで心器しんきの話だ。心力マナは違うよ。心力マナをそのまま放つと現実に干渉するんだ。銃がわかりやすいね」


「えっと……?」


 雪城さんは意味が分からないといった表情を浮かべる。俺は銃を形成クラフトする。


「まあ見てて。まずは心力マナを銃弾に変化させて放つ場合だ。」


 銃声とともに球が発射される。銃弾は壁に撃ち込まれる。


「そして、心力マナをそのまま放つと……こうなる」


 先程より大きい銃声とともに青色の光が放たれる。先ほどの撃ち込まれた壁の隣に光が当たり、小さな穴を作った。光はすぐに消えて穴だけが残る。


「なぜ心力マナがこのように現実に干渉してしまうかというと心力マナはエネルギーそのものだからだ。どっちの方がいいかと言われれば、最初のように銃弾に変化させて放つ方がいい。戦いの後をできるだけ残さないようにしたいからね。後片付けも面倒だし」


「でも……それって手間ですよね?」


「その通りだ。一つ手順が増えることになるからね。スピード重視なら、間違いなく心力マナをそのまま放つ方がいい」


「銃を使うのって色々と考えないといけないんですね」


「うん。銃を使う人は多い。理由は武器として想像しやすいからだ。雪城さんは武器と聞いて何が思い浮かぶ?」


「やっぱり……銃や剣が思い浮かびます」


「だから死神が戦う武器は銃や剣が多いんだ」


「わかりました。早速、作ってみます」


「いや、それはもう少し後にしよう。まずは心力マナのコントロールから始めよう。心力マナのコントロールは亡霊ゴーストと戦うために必須だ。主に攻撃、防御、移動に使う。死神の戦闘方法の基礎と言っていい。防御がわかりやすいから防御からいこう。防御には3つの種類がある。全体防御と部分防御と特殊防御だ」


 俺はまず心力マナを身体全体に纏う。青いオーラが身体全体を包んでいる。


「わっ……青い……」


心力マナは人によって色が違うんだ。一応、色によって特性もあるんだけどそれはまたの機会にしようか」


 心力マナの特性は後から変えようもないものなので今は説明しなくていいと俺は判断した。


「で、これが全体防御。言葉通り身体全体を守る。そしてこれが部分防御だ」


 俺は全身にまとったオーラを解いて、右腕のみに心力マナを展開する。


「より硬く防御するためにはたくさんの心力マナを注ぎ込むしかない。でも、それだけたくさんの心力マナを使うことになる。部分防御の方が心力マナの使い方としては効率的だ。ただ、急に攻撃する箇所を変えられたりすると防御が間に合わない可能性がある。部分防御をするのであれば、しっかりと相手の攻撃を見切らないといけないんだ」


「長時間の戦闘を想定するのであれば、考えて心力マナを使わないといけないということですね」


「そういうことだ。心力マナの上限に多い少ないの個人差はあるけど無限ではないからね。ちなみに心力マナの回復は基本的に時間経過しかない。心力マナは心の力と書くように心の状態に左右される。心力マナを多く回復させようと思うとどうしたらいいと思う?」


 夜に戦闘して、日中は回復に努めるというのが死神の基本スタイルになる。


「楽しいことを考えるとかですか?」


「それも正解だ。心が満たされることをすればその分心力マナの回復速度は上がる。でも、悲しいことを考えても心力マナは回復するんだ」


「そうなんですね……」


「おすすめはしないけどね。つまり、心を動かすと心力マナは回復するんだ。喜怒哀楽なんでもいいんだ」


「わかりました」


「最後に特殊防御だ。これは難しいし、コツもいるから習得は後回しでいいよ。簡単に言うと心力マナを放出して壁を作って防御するんだ。複数で戦う時に便利だ。実際にやってみるね」


 俺は雪城さんの方に腕を振る。すると、雪城さんの目の前に青い壁ができる。


「……すごい……硬い……」


 雪城さんは目の前の壁をさわる。


「ひとまずは全体防御と部分防御からだ。まずは自分の身を守れるようにならないと話にならない。じゃあやってみよう」


「はいっ!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る