第5話

「では、2つ目の罪を読み上げますねー。」


 ギルバートはどこか間延びした口調で、目だけが笑っていない笑みを怯え切ったガイセルに向けながら、断罪の続行を宣言した。


 どこからか、カチカチとした歯の噛み合っていない不愉快な音が聞こえたが、メアリーもギルバートも一切気には止めなかった。


「2つ目の重罪は、私の愛しの婚約者であるメアリーとキャサリンいえ、キャサリンのことを髪と瞳の色だけで間違えたことです。」

「……きゃ、キャサリンが何故王太子妃なのだ。」


 怯えながらも、ガイセルは自分の薄っぺらい矜持にかけてギルバートに質問した。


「そりゃあ、次期国王であらせられる貴方の異母弟と婚約したからに決まっているではないですか。」

「っな!!次期国王は俺だ!!それにあいつは俺の婚約者だ!」

「その婚約はとっくの昔に破棄されていますよ?」


 ギルバートは小首を傾げながらすっと笑みを深め、ガイセルを嘲笑った。

 メアリーは何の説明も受けておらず、最初は何が何だかよく分かっていなかったが、これまでの会話の流れから、あらかたの予測を立てていた。


(ギル様のお望みはおそらくガイセルとかいうお馬鹿さんの異母弟を王位につけること。ギル様がお望みになるのであれば、なんでも叶える所存だけれど、次期国王はどのようなお方なのかは気になるわね。なんと言っても、これから私が膝をつき、頭を垂れることになるお方なのだから……。)


「アリー、レイナード殿下は、とても優秀なお方だよ。私が保証する。」

「!! ギル様がお褒めになるとは、明日はお空からお金でも降って来るのでしょうか……?」

「ははは、それはあり得ないことの例えではなくて、君の望みだろう?」


 メアリーがぱらりと扇子を広げて嬉しそうに微笑んだのを見て、ギルバートはほとほと呆れた。


「………流石はコレット家のご令嬢だよ。」

「お褒めに預かり、光栄ですわ。」

「褒めてはないんだけどね。」

「褒めてくださいな。」


 メアリーとギルバートは笑顔でお互いに言い切った。


 メアリーの実家であるコレット家は、長女であるメアリーも含めて皆、揃いも揃って守銭奴でお金が大好きだ。そして、ここぞという時には莫大な資金を投資する事業家でもある。元々平民でありながら、伯爵位にまで上り詰めたのは、先祖代々続く、この商才があってこそのものだろう。


 メアリーもその血を色濃く、濃すぎるほどに強く受け継いでいる。実際に、メアリーの趣味はその美しい容姿に似合わず、愛しのギルバートの観察と、お金を貯めることと、お金を増やすことだ。


「ギル様、お話を戻しましょう。私、先程気分が変わりましたの。」


 メアリーは商談用の笑みを浮かべて言った。先程の“お空からお金が降る”という自分が言った言葉によって商売スイッチがオンになってしまったらしい。


「……分かったよ。でも、君もとても疲れているんだから、ほどほどにすると約束してくれ。私の愛しのアリーにもしものことがあったら、私はどんな幸せなことがあろうとも耐えられない。おそらく君を追ってすぐにでもこの命を絶ってしまうだろう。君のいない人生など、私には考えられない。」

「まぁ!ギル様、私、不吉ながら、とても、とっても嬉しゅうございますわ。ギル様にそんな風に思っていただけるだけで、天にも昇れそうなほど幸せですわ。」

「そうか、ならば必ず体調には気をつけておくれ。」

「承知いたしましたわ!!この命にかけてでも、ギル様のお願い、しかと完遂いたしますわー!!」


 この会場にいるご令息たちは、メアリーの恋する乙女の表情に見惚れると同時にそんな美しいメアリーに恋をされるギルバートに嫉妬した。かたやご令嬢たちは、妖艶で格好良く、未来が保証されている公爵家の嫡男であるギルバートの懇願するようような弱々しい声と真摯な瞳に、ときめきいっぱいの恋をした。普段は汚物を見るような瞳や表情と、冷ややかな口調から紡ぎ出される放送禁止レベルの罵詈雑言によって、恐怖しか抱けない彼が唐突にあそこまで紳士で甘々になったのだから、恋をしてしまうのは当然の流れだろう。巷でいうところのギャップ萌えというやつである。


「あ、あのぉ、ギルバートさまぁ、そんな卑しくてイジワルな女狐じゃなくてぇ、カロンと遊びませんかぁ?」

「んな!?カロリーナ!?」


 ギルバートに陥落してしまった乙女の中には、見事にカロリーナも含まれていた。

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