第28話 リディアは戦う

「セインくん、一人で大丈夫かな……」


 セインがダンジョンに向かってから1時間後まで、時はさかのぼる。

 王都エフライムの城壁にて、リディアはひとりごちていた。


 城壁の外から数キロ離れた、王都ダンジョンのエントランス付近。

 そこで守りを固めていた魔王軍は、リディアの遠距離魔術 《メテオレイン》で消し炭に変えた。

 もちろんセインは自前の魔術障壁によって難を逃れ、今頃ダンジョン最下層を目指していることだろう。


 それでもリディアは、セインが無事でいてくれるか不安で仕方がなかった。


 もちろん、セインが世界最強であるということは紛れもない事実だ。

 だからといって、魔王と化した勇者シンとの戦いに、五体満足で帰ってこられるかどうかは分からない。


 セインが世界最強であることと、セインのことを心配に思うリディアの気持ちは、また別問題なのである。


「大丈夫ですよリディアちゃん」


 優しげな声と、そして頭を軽く撫でられる感覚。

 リディアの不安を取り除こうと動くその人物は、聖女エリスであった。


「セインさんはきっと、無事に魔王シンを討伐して帰ってきます。そのセインさんに『おかえりなさい』と言ってあげられるように、わたしたちもがんばりましょう」

「うん……そうですよね。一緒にがんばって王都を守りましょう、エリスさん!」

「ということで、さっそくわたしたちの出番のようですよ?」


 エリスが遠くの夕空を指差す。

 するとそこには、大量の『影』があった。


 だんだんと王都に近づく影。

 よく見てみるとそれは、ドラゴンやペガサスといった有翼生物にまたがる魔族の騎士たちだった。


 魔族たちは王都エフライムから数キロ先の地点で静止し、ホバリング飛行の体制に移った。


「──愚かな人間ども、よく聞け!」


 隊長格と思われる男が、風魔術を応用して拡声させながら叫んだ。


「我らは魔王軍……邪竜騎士団である!」

「邪竜騎士団だと!?」

「魔王軍の中で最も悪辣な騎士団とされているという、あの邪竜騎士団か!」

「じゃ、邪竜騎士団ってなんだよ!」

「あなた教会に通ってないんですか!? いいですか? 邪竜騎士団は空を飛べることをいいことに、空から一方的に魔術を放って街を燃やしたり、女性や子供をさらったりしてたんです。もうやりたい放題なんです!」


 国王や大司教の命令で隊列を組んでいた王国騎士・神殿騎士・冒険者たちが、魔族の言葉を受けて騒ぎ出した。

 それほどまでに、歴代の「邪竜騎士団」は聖女教信者にとって悪名高い存在なのである。


「貴様らも知っての通り、我々には様々な用意がある。死にたくなければ今すぐ降伏せよ。命だけは助けてやる」


「まあ一生奴隷としてだがな」と笑う魔族の男。

 その言葉に、決して少なくない数の人々が「俺、魔王様の奴隷になります!」と口走った。


 しかし──


「ギャウウウウウウウウウッ!」

「ガアアアアアアアアッ! 冷テエエエエエエエエッ!」

「くっ! な、なんだこれは!」


 血のように真っ赤に染まった大空を、白い風が覆い尽くす。


 白い風に飲み込まれたドラゴンとペガサス、そして魔族たち。

 彼らは一瞬にして氷の彫像と化し、地面に叩きつけられた。


 白い風の正体は、長距離氷属性魔術 《ブリザード》

 これを満足に使いこなすことができるのは、宮廷魔術師の上澄みだけである。


 そしてこの場にいる中で、邪竜騎士団の大半を「一瞬」で無力化できる存在……

 それは《魔女》という類まれなる才能を持ちながらも、世界最強の回復術師と肩を並べられるように努力を重ねた、リディアという少女である。


「さすがはリディアちゃんですね。よしよし……」

「えへへ……」


 エリスに褒めてもらい、頭を撫でられたことで、思わず表情が緩むリディア。


「……じゃなくって! みなさん、邪竜騎士団はわたしたちでも倒せるんです!」


 エリスに頭をナデナデされながらも、リディアは大声で叫んだ。

 当然、王都中の人々に声が届くように、風魔術で調整してある。


「邪竜騎士団たちは、わたしたち魔術師や弓使いたちが対処します! だから諦めないで!」

「ということでみなさん、聖女エリスの名においてお願いします。一緒に、王都エフライムを魔族たちから守りましょう──嫌だというのなら無理は言いません。ですが一緒に戦ってもらえたら、とてもありがたいのです」


 リディアの言葉を受けて、エリスが締めくくる。

 すると……


「マジかよ、聖女様がこの街に来てるのか!」

「だったらこの勝負、勝ったも同然ですね!」

「それに、あんな小さくて可愛い女の子にすごいところを見せつけられたら、こっちも頑張らなきゃ恥ずかしいもんな!」

「ゆくぞ貴様ら! 王都を、アトラ王国を守るために!」

「アトラの、ためにいいいいいいいいいっ!」


 リディアやエリスに触発された戦士たちが、意気揚々と武器を掲げる。

 そこに──


「調子に乗るなよ……虫けらどもが!」


 隊長格の男と側近たちが、ドラゴンやペガサスを駆りながら大声で叫ぶ。

 どうやら彼らは、リディアの遠距離魔術 《ブリザード》に耐えきったようだ。


「我ら邪竜騎士団は少数でも恐ろしい。そのことを思い知らせてや、る……がはっ!」


 風の如き速さで進軍してきた隊長格の男。

 彼は光の如き速さの魔術によって、ドラゴンごと墜落した。


 上級職 《天空騎士》を持つ隊長を撃ち落とした魔術。

 それは光属性黒魔術 《ディヴァイン・レイ》……聖女のみが扱えるとされる「裁きの矢」だ。


「なんだあの魔術は!」

「すげえ! 魔術障壁を貫通しやがったぞ!」

「さすがは聖女様です!」


 褒め称える人々に、さすがのエリスも「いえ……それほどでもありますけどね」と照れくさそうにしていた。


 その後、「聖女様に続け!」という言葉とともに、大量の矢と強力な魔術が上空に放たれる。

 結果、王都に突撃してきた邪竜騎士団は逃げ帰ることすら許されず、ひとり残らず討ち滅ぼされた。


 だが……


「虫けらにしてはよくやったわね」


 邪竜騎士団が全滅した直後。

 何千もの魔族……歩兵・騎兵がいつの間にか、王都エフライムの外周からわずか数百メートルほどに迫っていた。


 その最前列には、重厚な鎧を身にまとった騎兵の女魔族がいる。

 指揮官と思われる女魔族は、嘲るような声で続けた。


「今回の魔王様は、数千もの軍勢を一度で召喚することができるの。あんたたちに勝ち目はないわ」


 そのあと女指揮官は「全軍、突撃せよ!」と叫び、王都を指さす。


 すると下級魔物たちが「グオオオオオオッ!」などと雄叫びを上げた。

 そしてその場に留まる女指揮官を追い越し、王都の城壁に向かって歩を進めた。


 ファランクスのような密集隊列を取りながら、ランスチャージを仕掛ける騎兵。

 地響きを立てながら大地を駆け巡る、亜人の歩兵。


 そんな魔族の猛攻に、王都の外周に配置されていた冒険者たちはうろたえつつも武器を構える。

 一方のエリスは、顔色一つ変えずにリディアに問うた。


「リディアちゃん、《メテオレイン》や《ブリザード》は使えそうですか?」

「ダメ、近すぎます……もしかしたらみんなが巻き添えを食らうかもしれませんっ!」


 さきほどの邪竜騎士団は問題なく倒すことができた。

 なぜなら邪竜騎士たちは遠くの空をホバリングしていたため、魔術を使うことで市民たちを巻き込む心配がなかったからだ。


 しかし今は違う。

 すぐ近くに召喚された魔族『だけ』を、一網打尽にすることは難しい。


 命中精度の低い《メテオレイン》や《ブリザード》では話にならない。

 これら遠距離魔術を使って王都を巻き込まずに攻撃するには、せめて数キロは距離が欲しかった。


「普通の魔術でコツコツと倒していくしかありません!」

「わかりました。とりあえずわたしは《聖女の結界》を張っておきます。これで魔族はある程度弱体化するはずです」


「すぐに決着がつけばよいのですが……」とつぶやくエリス。

 表情こそ笑顔だったが、少しだけ硬かったようにリディアは感じた。


 エリスの張った結界のおかげで、魔族の動きが目に見えて弱々しくなった。

 さらにリディアの氷魔術によって前線の魔族は氷漬けとなり、魔族の行列を大混乱に陥らせた。

 あとは、王都前で隊列を作っていた冒険者や騎士たちが、魔族たちを迎え撃つだけである。


 しかし数時間後……


「はあ、はあ……」

「数が多すぎますね、これは」


 リディアの魔力はどんどんと減っていき、倦怠感けんたいかんが増していく。

 一方、結界を保ちつつ攻撃や回復を行っていたエリスの表情にも、明らかに疲れの色が出ていた。

 これらは魔力欠乏症の症状そのものである。


 しかしもっとも深刻なのは、王都民たちの被害である。


 今回動員された冒険者たちのほとんどは、王都ダンジョンの下層に踏み入ることすらできないような人々だ。

 おそらく騎士や宮廷魔術師も似たり寄ったりであろう。


 エリスの結界で弱体化されているとはいえ、魔族の数は暴力的。

 さらに今は完全に日が没し、視界がかなり悪くなっている。

 怪我を負って前線から撤退する人々、そしてその場で即死してしまった人々が、少なからず存在した。


 もちろん聖女エリスもヒーラーとして、城壁の上から俯瞰するように回復作業を行っている。

 しかし結界の維持に処理の大半を割いている以上、《エリアヒール》などといった高度な魔術は使えずにいるようだ。

 最上級白魔術 《エリア・フルヒール》などもってのほか。


 さらに、虚空から湧き続ける魔族の戦士たち。

 終わりの見えない戦いに、人々は疲弊していた。


「魔族弱体化の結界を解除して《エリア・フルヒール》を使うか、現状を維持するか……どうすれば」


 苦悩するエリス。

 その姿を見たリディアは、胸が締め付けられるような思いがした。


 もうわたしたち、負けちゃうのかな……

 ううん、弱気になっちゃダメ!

 絶対に生きて、セインくんに「おかえり」って言うんだ!


 リディアは気合を入れ直し、女指揮官に狙いを定めて魔術を放つ。

 だが──


「無駄よ」


 魔王軍の指揮を取っていた女騎士は、魔族の兵卒を盾にしながら続けた。


「あんたたちはここで死ぬの。邪竜騎士団のバカどもと違って私は優しいし賢いから、あんたたちを奴隷として生かしたりしないわ。一人残らず皆殺しにしてあげ──な、なにこの魔力!?」


 あたり一帯に魔力の奔流ほんりゅうが起こった。

 かと思えば、余裕がなくなってきたリディアの魔力が一気に満たされた。


 さらに……


「おおっ、勝手に傷が治ってくぞ!」

「これならまだまだ戦えそうね!」

「おお、神よ!」


 士気を下げていた市民たち全員が、完全に息を吹き返した。

 まるで聖女や大賢者と呼ばれるような者にしか扱えない白魔術 《エリア・フルヒール》のようだ。

 リディアにはそう思われた。


 しかし今のエリスには、結界を維持しながら《エリア・フルヒール》を使う余裕がないはず。

 事実、エリスも不思議そうな表情を浮かべていた。


 なら一体、誰が《エリア・フルヒール》などという最上級魔術を使ったのか……


「セインくん……助けてくれたんだね」


 リディアはわずかながらも、確かにセインの魔力を感じ取った。

 セインが時限 《エリア・フルヒール》を設置したのは、もはや明確だった。


 そういえばセインくん、出発前に何かしていたような……とリディアは思い返す。


 しかし今回、セインから《エリア・フルヒール》について特に何も聞いていない。

 おそらくセインは「敵を騙すにはまず味方から」と思って、リディアたちには黙っていたのだろう。


 これは何もセインが、リディアやエリスを疑っているというわけではない。

 リディアたち以外の味方……つまり王都民や国王を警戒してのことだろう。


「これってもしかして聖女様が!?」

「聖女様、そして天にまします我らが神よ! 我らにさらなる祝福を!」


 聖女エリスの御業みわざだと誤解する市民たち。

 しかしリディアとエリスは黙っていた。


 リディアは、セインが注目されすぎないようにするため。

 エリスはおそらく、魔王軍に対するブラフのため。


「──さすがはリディアちゃんが見込んだ男性ですね。これで結界の維持に専念できます」


 そうこっそり耳打ちするエリス。

 エリスの賞賛の言葉に、リディアはまるで自分が褒められたかのように嬉しくなった。


「おのれおのれおのれおのれ! 何が聖女よ!」


 人間たちの猛攻に、ヒステリックに叫ぶ魔族の女指揮官。


「本当の聖女様なら、魔族を一切傷つけずに平和を目指しなさいよこのクズ! 魔族殺し!」

「歴代の聖女様方はともかく。少なくともわたし、人間にとっての聖女でしかありませんから。それにわたしたちは降りかかる火の粉を払っているだけです」


 魔族の言葉に一切惑わされないエリス。

 わたしもその強さを見習いたい、とリディアは思った。


 その第一歩として……


「わたしたちは絶対に王都を守る。それでもあなたたち魔族が攻撃を続けるのなら、いつまでだって戦うよ!」


 ──たとえ離れていても、わたしにはセインくんがついてくれている。

 セインに「おかえり」と言うために、リディアは魔族の女指揮官に向けて巨大な氷塊ひょうかいを放った。

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