第21話 王宮から追放された勇者主人公

「クソがっ! なんでオレがモブ野郎に!」


 時は少しさかのぼる。


 コロシアムにて、回復術師セインに無様に敗北した男──勇者シン。

 シンは路傍ろぼうの石につ当たりしながら、職場である王宮を目指していた。


 ……はあ、なんて王様に報告したらいいんだ。

「《勇者》の力を駆使しつつ騙し討ちもしたけど、最弱職の《回復術師》に負けました」なんて言えるわけねえだろうが。


 しかし、そのようなシンの考えは杞憂きゆうだった。

 なぜなら──


「《勇者》シン、お前を王宮から追放する。二度とわしの前に姿を現すな」


 シンが言い訳をする前から、国王アベルはすでに冷たい目をしていたから。


「な、なんでだよ! 理由を聞かせろよ!」

「落ち着け。すべて懇切こんせつ丁寧ていねいに説明してやる」


 第一に、卑怯な手を使っていながら最弱職 《回復術師》であるセインに負けたこと。

 国王アベルは『セイクリッド・ブレイド』にて中ボスを務めるだけあって、騎士道精神よりも実益を取る男ではあった。

 だからこそ国王アベルは「卑怯な手を使ったからには絶対に勝て」というスタンスであり、敗者たるシンを許さなかったということなのだろう。


 第二に、「王女」エリスに対してセクハラ・モラハラ発言を繰り返していたこと。

 実は聖女エリスは国王アベルの娘であり、それは『SB』のプレイヤーであるシンだけでなく、現地人の平民ですら知る事実であった。

 娘を馬鹿にされて黙っていられるほど、国王アベルは寛容ではなかったということだ。


 そして……


「わしは真の勇者であるセインを、新たな近衛騎士として迎え入れたい。それにはセインといざこざを起こそうとするお前が邪魔なのだ」

「なっ……!」

「それにしても、お前が本当に勇者なのか疑わしくなってきた。確かに聖痕は持っておるし、『魔王が王都にやってくる』という予言もある程度当たっていた。しかし実際に聖剣に選ばれたのも魔王を倒したのも、お前ではなくセインだ──そして、そんなセインをお前は『偽勇者』呼ばわりしておったな。散々わしに『騙されるな』と申しておったが、ただ我が身可愛さに必死になっていただけのではないか?」

「う……だ、だったらなんだよ!」


 うっかり「ぶっ殺されてえのか!」と口にしそうになったシンだったが、グッと堪える。


 いくら勇者でも王国──いや世界を相手にしてタダで済むとは思えない。

 事実、シンはたったひとりの男──回復術師セインに殺されそうになったのだ。


 そもそもゲーム『セイクリッド・ブレイド』のジャンルはシミュレーションRPG。

「『一騎当千』などという言葉は存在しない」という現実を教えてくれる、そんなジャンルではなかったのか。


「そもそも最初からおかしいと思っておったのだ。《勇者》でありながら『あえて聖剣を抜かなかった』とのたまったり、教会との接点がなかったり……そしてなにより、お前には勇者の器がない」


 ──なにを今さら。

 最初はオレと一緒になってセインの野郎を偽勇者扱いしていたのに、手のひら返ししやがって。

 それにてめえ、「教会との付き合いはない」って言ったオレを「すばらしい」「わしだけの盾になってくれるのか」って喜んでたじゃねえか。

 所詮はゲームの中ボスってところか、小物野郎が。


 裏切られたと感じたシンは、頭に血が上りそうになるほどの怒りを覚えていた。


「もういい! こんな国二度とごめんだ! 後で『戻ってきてくれ』って土下座してきてももう遅いからな!」


 ──ガンッ!

 シンはドアを勢いよく閉め、謁見えっけんの間を……王宮を去った。


「さーて、これからどうすっかな……」


 シンは王宮前広場にて、空を眺めながらつぶやいた。


 金はそれなりに持っているので生活には困らないはず。

 だが「こんな国二度とごめんだ!」と口走った手前、大金を費やしてでもどこかに移住するべきだろう。

 己のプライドのためにも。


「まあでも、冒険者としてなら稼げる方だからまだ救いはある、か……よし、気晴らしにナンパするか。後のことはまた考えよう」


 ということで、シンは繁華街に赴いた。

 だが──


「わ、わたし、彼氏がいるので……ごめんなさいっ!」

「あんたコロシアムでお漏らししたんだってね。生理的にムリだからあっち行ってくれる?」

「私、あなたのような卑屈な方はあまり好きじゃないんです。それにしてもセイン様ってすごいですよね。男性回復術師なのにすごく前向きで──」

「おっけー、いいよ。で、職業は? ……ふーん、近衛騎士ね。あたし、君が王宮から追放されたの知ってるんだけど。見栄っ張りで嘘つきな人は大嫌いなんだ」

「顔だけの無能には興味ないので」


 ──なんでだよ、オレは勇者なんだぞ!

《回復術師》のようなヒモ男とは違って、オレは有能なんだぞ!


 いろいろな女性に声をかけたが、すげなくあしらわれてしまった。

 これもすべてセインのせいだと、シンの心は憤怒で燃え盛っていた。


 ナンパを繰り返すうちに日は完全に落ち、繁華街はより活発な雰囲気と化す。

 それでもシンは失敗を繰り返し、すでに真夜中となっていた。


 ──もういっそのこと店でも行くか……?

 いやでも、女を買うなんてオレのプライドが許さねえ。

 買うんならせめて新品じゃないと……でも上物は高いしなあ。


 シンは自らの信条や財布と相談した結果、とりあえず寝ることにした。


「はあ、今日から安宿にしねえと移住費が……くそ、全部イキリモブ野郎のせいだ」

「ねえ、そこのお兄さん。こんなところでどうしたの?」


 シンは声のする方に振り返る。

 するとそこには、一人の美少女がニコリと笑っていた。


 ……上玉だな、今までナンパしたブスどもがかすむくらいに。

 シンは思わず口元が吊り上がった。


「なにか疲れてそうな顔してるわね。もしよかったらヒールしてあげようか? 安くしておいてあげるわよ?」

「金取んのかよ! いらねえよ!」

「ふふ、冗談よ──あなた、なにか悩みがあるのよね? 酒場で話を聞くくらいはしてあげるけど……どうする?」

「……ああ、そうさせてもらうぜ」


 シンは女と一緒に酒場に行き、胸の内をすべて打ち明けた。


 自分が《勇者》という、神に選ばれし人間であること。

 そんな自分が幼馴染のリディアに恋をし、そして聖女エリスのことも(顔と身体だけは)気に入っていたということ。


 そして、そういった自分のアイデンティティをすべて、男の幼馴染である《回復術師》セインに踏みにじられたこと。

 セインに戦いで屈服させられ、本来主人公たる自分のものであるはずのリディアやエリスを寝取られてしまったこと。

 殺されそうになったはずみで、つい「リディアとエリスは諦める」と叫んでしまったこと。


 エリスはこの際、本当に諦めても良かった。

 確かにエリスは『SB』の中でも、特に好きなキャラの一人ではあった。

 しかしこの世界ではまだ出会ったばかりで関わりが薄く、しかも初対面でふざけた態度を取られたため、そこまで愛着はない。


 しかし幼馴染としてずっと関わってきたリディアは、どうしても諦めきれなかった。

 シンとして転生してからは、リディアが初恋だったのだ。

 せめてリディアとだけは結ばれたいと、シンは思っていた。


 ビールの力も相まってか、シン自身も「ちょっとポジショントークが過ぎるか」と思うほど饒舌じょうぜつに話してしまった。

 しかし女は特に何も言わず、ただ笑顔で相槌あいづちを打っていた。


 そしてすべてを話し終わった後──


「あなたは、そのセインさんって人に勝ちたいのね。そしてリディアちゃんを取り戻して結ばれたいと。できればエリス様も一緒に」

「ああそうだ。でもオレはセインに勝つことすらできてねえ。まずあの野郎をボコボコにしてからじゃねえと、リディアたちを取り返せねえってのによ」

「じゃあ私が力を貸してあげる……というのはどう?」

「力を貸すってどういうことだ? もしかしてお前、2対1ならセインに勝てるとでも?」

「そういうことじゃないわ」


 女は笑顔で否定したあと続けた。


「私が提供できる『力』は二つ。まず一つ目は、一足いっそくびにリディアちゃんと結ばれるための『策』よ。エリス様については諦めてもらうことになるけれど」

「く、詳しく教えてくれ!」

「後で説明してあげるわ、二人っきりでね──で、二つ目は、あなたに『セインさんを倒すための力』を貸してあげるの。文字通りね。私にはそういう《能力》があるの」


 女の天職は支援職……つまり《回復術師》か《賢者》あたりなのだろう。

 さきほども「ヒール」について言及していたし、間違いない。


 女はグラスのふちを指でなぞった後、続けた。


「『力』を貸すためには《契約》が必要なのだけれど……」


 シンはいつにも増して高揚していた。


 美少女に近寄られ。

 耳に甘い吐息を吹きかけられ。

 そして、手を優しく触れられたのだ。


 これは「そういうこと」なんだ。

 シンはこみ上げてくる笑いを抑え、女に言った。


「ゆっくりできる場所で飲み直さないか?」


 そう言ってシンは、女を連れて酒場を出る。

 そして女の腰に手を回しながら、ホテルに向かった。


「──わたし、ホテルに戻ったらレストランでいっぱいスイーツ食べるの。パーティではほとんど食べられなかったからね……セインくんも一緒にどう?」

「──誘ってくれてありがとう。俺も、ちょうど酒を飲み直したいと思っていたところだ」

「──えへへ……」


 その道中、リディアによく似た甘い声と、特徴がないのが特徴のモブ声が聞こえてきた気がした。

 しかしシンは《契約》と、そして今後のことで頭がいっぱいだった。


「今に見てろモブ野郎……戦士としても男としても、オレのほうが格上だってことを分からせてやる」

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