第11話 魔王を倒した最弱職・回復術師

「わたし、セインくんが勝つって信じてた」


 ラスボス・魔王アルルガルトを倒し、奴に憑依ひょういしていた「魔神」の捨て台詞を聞き終えた直後。

 俺はリディアに抱きつかれていた。


「信じてたけど、もしセインくんが死んじゃったらどうしようってずっと不安だったんだよ」

「俺は死なないよ」


 ゲームの序盤ですぐ死ぬモブが、何を言ってるんだか。


「やっぱりセインくんは、真の勇者さまだったんだね。だって無傷で魔王を倒したんだもの。おとぎ話の勇者よりもすごいよ」


「まあ子供のころからずっと、セインくんは『わたしの勇者さま』だったんだけどね」と、リディアはつぶやいた。

 どういうことだろうか。


 それより、今リディアに抱きつかれるのはマズい。

 魔王をなんとか倒したことで弛緩しかんしきった俺の心に、リディアの体温や甘い香りは毒だ。


 それに加えて観衆が「いちゃつくなら家でやれ」「ケッ、英雄色を好むってか」「やっぱり男の回復術師ってヒモなんだわ」などと白い目で俺を見てくるのだ。

 これでは外聞が悪い……悪いのは俺じゃないのに。


「えっと……リディア、恥ずかしいからハグはやめてほしいんだが」

「やだ。だってずっと怖かったんだもん」

「しょうがないな」


 俺はとりあえず《ヒール》でリディアの疲れをねぎらう。

 そして背中を撫でながら「よしよし怖かったな」とあやしてやった。


 まったく、リディアはいつまでたっても甘えん坊だな。

 でもそういうところが可愛いと俺は思っているし、リディアの変わらぬ姿に何度も救われてきたんだ。


「これで怖くなくなったか?」

「うん……でもしばらくはこのままがいいな。わたし、二度とセインくんと会えなくなるかもって不安だったんだ」

「わ、分かったよ」


 ということで俺はしばらくリディアに抱かれ続け、落ち着かない状態が続いた。

 しかし──


「セイン殿と……そちらの女魔術師殿はリディア殿だったな。場所を変えて話がしたいのだが」


 大司教に声をかけられたことで、リディアはようやく顔を真っ赤にしながら離れてくれた。


 とりあえず俺は「その前に、今回の件について箝口令かんこうれいを敷いてください」と頼んだ。

 俺が魔王を倒した、なんて王都中の人々に知られたら面倒なことになりかねないからな。


 大司教は人々に秘密保持を誓わせた後、俺とリディアを別室──大司教の執務室に案内してくれた。

 そして俺とリディアに「魔王討伐と人質の防衛をしていただき感謝申し上げる」と前置きした後、続けた。


「お二人にはぜひ、我が聖女教の神殿騎士団で活躍していただきたい。お望みとあらば、栄えある聖女様の護衛として推薦もしよう」

「ええっ!? い、いきなりそんなこと言われても……ね、ねえ、セインくんはどうするの?」

「すみませんが大司教、俺は冒険者としてやっていくと決めているので、辞退させていただきます。ついでに聖剣もお返しします」


 俺は大司教に返事をしたあと、聖剣を机に置いた。


 聖剣を返却した俺を見て、リディアは「やっぱりそうだよね!」と満面の笑みを見せる。

 そして大司教は、口を開けたまま呆然ぼうぜんとしていた。


「失礼だがセイン殿。お主は聖剣のなんたるかを理解していないのか?」


 大司教は冷や汗をかきながら続けた。


「聖剣とは単に『勇者のみが扱える魔王殺しの剣』というだけではなく、名誉や権力の象徴でもあるのだぞ」


 聖剣は本来、神に愛されているとされる《勇者》にしか所持を許されない。

 つまり聖剣は「勇者の証」そのものである。

 それと同時に、大量破壊兵器としての側面を持つ聖剣を持つことは、軍事力を持つことと同じだ。


 だから聖剣は名誉・権力の象徴である……

 と、大司教は説明した。


「『勇者』という社会的地位ステータスは格別だ。王族や皇族との結婚もたやすくなるし、より裕福になれるだろう。あるいは自分で国を作るという選択肢もある」

「俺は別に、権力とか金とか社会的地位ステータスとか、そういうものには興味ありません。ほどほどに金を稼いで、自由気ままに平穏に暮らせればそれでいいんです」

「そうか」


 大司教はあごに手を当てて「うむ……」とうなった。


「ではセイン殿は、人間によって暗殺された勇者様の話をご存じだろうか」


 魔王を倒した勇者は、必然的に魔王よりも強い。

 つまり魔王と同等以上の脅威となりうる。


 事実、勇者の中には人間に嫌気が差して大量殺人をしたり、暴力で人や国を支配した者もいたという。

 だから一部の権力者は勇者暗殺を目論もくろむのだと、大司教は言った。

 この辺はゲームでもよくある話だな。


 また権力者たちは「大量破壊兵器」である勇者を奪いあうという。

 だが囲い込みに失敗した敗者が、囲い込みに成功した勝者の戦力を削ぐために、勇者暗殺をくわだてることも可能性としてはゼロではない。


「聖剣を捨てたところで、お主が『魔王殺しの勇者』であるという事実は消えぬ。勇者におくした権力者、そして魔族に一生狙われ続けるのがオチだ。どのみち自由にはなれぬよ」


 確かに大司教の言うことには一理ある。


 だが聖剣を手放せばそれだけ俺が持つ「戦力」が減るので、権力者が脅威に怯えることもなくなるはずだ。

 そうなれば俺が権力者に暗殺される確率も減る。


 魔族の動きについては分からない。

 だが魔王を倒されたばかりである今、うかつに動くようなことはしないだろう。


「聖剣を手放してまで自由を求めたのに、結局暗殺されたのでは意味がない。それよりは聖女様の護衛となって、一大宗教である聖女教会の庇護ひごを受けながら、世界中の人々ために尽くすほうが良いとは思わぬか?」

「申し出はありがたいです……でも俺は中立な立場で、自由にこの世界を生きてみたいんです」


 今まで死亡フラグ回避のためだけに生きてきたからな。

 遊ぶ余裕なんてほとんどなかったし、リディアと話したいことは山ほどある。

 まあリディアが聖女の護衛になりたいというのなら、お別れすることになるだろうが。


「承知した、それが勇者セイン殿の選択なら──それで、リディア殿はどうするのだ?」


 大司教に問われたリディアは、身体をビクつかせた。


「お主ほどの《賢者》であれば、聖女様の護衛は立派に務まるであろう。実力は十分すぎるほどあるし、聖女様と同じ年頃の少女でもあるしな。『聖女様の護衛』という肩書があれば貴族との婚姻はたやすいし、努力次第で王族との結婚もできるぞ?」

「えっと……ご、ごめんなさい。わたしも辞退します!」


 声は震えていたが、リディアの瞳には覚悟の色が灯っていた。


「理由を聞かせてもらえないだろうか?」

「わたしは『王子様と結婚したい』だなんて、一度も思ったことはありません。そ、それにっ!」


 リディアは数瞬の間黙り込んだあと、続けた。


「わたし、実は《魔女》なんです。《賢者》でも《呪術師》でもないんです」

「──なんということか」


 一部の狂信者は、《魔女》の天職を持つ人間を「魔王の尖兵せんぺい」と決めつけ差別をする。

 事実、過去に教会は「魔女狩り」を行っていた。


 だからリディアのカミングアウトに対して、大司教が頭を抱えるのも無理はなかった。

 大司教がどういう立場なのかは別として。


「わたしみたいな女は、聖女さまにはふさわしくありません」

「……いや、そのようなことはない。聖女様はそのような差別をされるお方ではないのだ。むしろ力のある《魔女》の地位向上を目指し、社会の発展につなげようと努力されている」

「もしそうだったとしても、わたしは冒険者として生きていたいです。だって……」


 リディアは俺を見つめ、ニッコリと笑った。

 大司教は「やはりそうか」とつぶやいた。


「リディア殿には良き理解者がいるようで何よりだ」

「はいっ……!」

「セイン殿とリディア殿の意見は承知した。だが魔王討伐の一時金については、王都大司教である私と、アトラ王国国王との連名で支払わせてもらう」


「嫌とは言わせぬぞ」と圧をかけてくる大司教。


 まあ教会とアトラ王国の連名であれば、ギリギリ中立性は保たれるだろう。

 最悪の事態は免れるはずだ。


 俺としてはただ降りかかる火の粉を払っただけだが、リディアを危険な目に遭わせてしまったのも事実だ。

 リディアの頑張りに報いるためにも、もらえるものはもらっておきたい。


 ただなあ……

 アトラ国王って、ゲームでは中盤・終盤に出てくる敵将ボスだったんだよなあ……

 ゲームとはかなり状況が変わっているので国王が敵に回る可能性は低いが、警戒はしておこう。


「翌朝、国王陛下のもとにご案内する」という大司教の言葉を受けて、俺とリディアはひとまず謁見えっけんに備えることにした。

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