第9話 聖剣に祟られた勇者、そして

「おいてめえ! それはオレの聖剣だぞ、返せ!」

「──!? おいっ」


 聖剣を抜いたばかりの俺は、シンにあっさりと聖剣を奪われてしまった。

 興奮したリディアに抱きつかれ、身動きが取れなかったからだろう。


 聖剣を手放したことで、俺を包み込んでいた温かな光が薄らいだ気がした。

 もしかして、さっき俺が聖剣を抜いたのはなにかの間違いで、シンが本来の持ち主だということなのだろうか。


 そう思っていたのだが──


「あ、あがあああああああああああっ! 折れる折れる折れる!」


 シンはなぜか床に横たわり、絶叫していた。


「ゆ、指があああああああああああっ! なんでこんなに重いんだよ、クソッたれがあああああっ!」


 聖剣が重いだって? ふざけてるのか。

 めちゃくちゃ軽いとまでは言わないが、そんなに重くはなかったぞ。


 でもシンの叫び具合が尋常ではない。

 本当に何かあったのかもしれない。

「折れる」だの「指が」だのと叫んでいたが……


「大丈夫か?」


 一応 《ヒール》でシンを癒やしておく。

 それから、シンが「重い」と言い張る聖剣を取り返そうと、手を伸ばす。


 ……それにしても「取り返す」って、まるで聖剣が俺の所有物だと主張しているようじゃないか。

 もう少しうまい言い回しがあればいいんだが。


 あと少しで聖剣に触れられる、そう思ったところで……


「ぎゃああああああっ! アチッ、アチアチアチアチアチッ!」


 突然、シンの身体が青白い炎に包まれた。

 俺の腕にまで蒼炎そうえんが燃え広がっていく……が、全然熱くない。

 さっきからシンはなにをふざけているのか。


 いや、でも聖剣から炎が発生するなんてただごとではないな。

 さっき聖剣チャレンジをしていた観光客は特に祟られていなかったし、リディアだってそうだ。


 そもそも聖剣は炎を発したりなどしない。

『聖典』に描かれていた神話時代ならともかく、少なくともゲームにおける聖剣は「魔法剣」などではなかった。


 とりあえず俺は、聖剣を固く握りしめていたシンの指をほどき、聖剣を取り返した。

 蒼炎が消えたのを確認した後、すぐに《ヒール》を使い、シンの火傷を治した。


 シンは「はあ、はあ……し、死ぬかと思った……」と息を漏らしつつ、ゆっくりと立ち上がって俺の胸ぐらをつかんできた。


「おいッ! なんで勇者であるオレが持てなかった聖剣を、《回復術師》のザコごときが普通に持てるんだよッ!」


 シンの勇者発言を受けて、司祭たちがひそひそと話し始めた。

「嘘だろ……」「アレが勇者ですか?」「もしそうなら、聖剣を引き抜いたあの青年は一体なんだと言うんだ」と。


「セインくんに乱暴しちゃダメ!」

「リディアは黙ってろ!」


 俺とシンの間に割り込もうとしたリディアを、シンは払い除ける。

 リディアが尻もちをついて痛そうにしているところを見て、思わず歯ぎしりしてしまった。


「オレは主人公なんだぞ! なのにセインも! リディアも! そして聖剣ですらオレをコケにしやがって! オレはこの世界の主人公じゃねえのかよッ!」

「シン……」


「コケにした覚えはない」とシンに反論したいところだった。

 だがいたたまれなくなって何も言えなかった。


「──一体何の騒ぎだ?」


 突如、どっしりとした声が聞こえてきた。

 振り向いてみると、そこには豪華な白服を着たオールバックの中年男がいた。


あぶのうございます、どうかお下がりください!」という司祭の声から察するに、彼は大聖堂のトップである大司教なのだろう。

 まあ大司教と言っても、ゲームには一度も出てこなかった人物ではあるが。


 シンは俺から手を放し「てめえが責任者だな!」と言って大司教の男に詰め寄る。

 そして右手の甲を大司教に見せた。


「これを見ろ」

「ふむ、間違いない。勇者の聖痕だな──誰か、彼を《鑑定》して差し上げろ」


 女性司祭が「し、失礼いたしますねっ……」と言って、シンに触れる。

 聞いた話によると、《鑑定士》の鑑定スキルは直接手で触れないと使えないらしい。

 シンが激昂げきこうしないかどうかヒヤヒヤしたが、シンはすんなりと女性鑑定士を受け入れた。


「ほ、本当に《勇者》のようですね……」


 シンの以前の天職は《剣士》だった。

 しかし勇者の聖痕が発現したことで《勇者》に書き換わったようだな。


「だろ? お前らが崇める神に選ばれし人間なんだよ、オレは!」


 吠えるシンをよそに、女性司祭はあごに手を当ててひとりごちた。


「でもどうして彼は聖剣を持てなかったのでしょう? むしろ聖剣に拒絶されていたような……」

「拒絶……? 詳しく話を聞かせよ」

「かしこまりました。実は……」


 現場を目撃していなかった大司教に、《鑑定士》の女性司祭は事の顛末てんまつを語った。

 すると大司教は、顔色を変えることなく「そうか」と返事した。


「聖剣を引き抜いたそこのお主、名はなんと言う?」

「セインです。姓はありません」

「よし。セイン殿、勇者の聖痕を見せよ。この世に勇者が二人もいるなど前代未聞だが、嬉しい誤算だ」

「いえ、聖痕はありません。俺はただの《回復術師》です」

「なんと……」


 さきほどシンの天職を鑑定した女性司祭が「そ、そんなはずは! 失礼いたします!」と言って、俺の両手を握りしめてきた。

 女性司祭は「鑑定」と唱えた後、「こ、これは……!」と驚いてみせた。


「大司教! セインさまが《回復術師》なのは、どうやら本当のようです!」


「おいおい嘘だろ……」「《回復術師》が聖剣持っても意味ねえだろ」「ザコは大人しく引きこもってろよ。つまんね」という、ネガティブなつぶやきが人垣ひとがきから漏れ聞こえる。

 しかし「聖剣が認めたっていうことは、勇者と同じくらい強いってことですよね?」「あいつ魔族なんじゃね?」というような声も、チラホラと上がっていた。


 一方、大司教は冷静な声音で俺に問うた。


「セイン殿。お主が《回復術師》というのなら、その腰に下げた剣……いや刀はなんだ?」

「自分で稼ぐ方法を模索した結果こうなりました。天職を授かってしばらくパーティメンバーに恵まれませんでしたので」


 半分は事実だが、もう半分は死亡フラグ回避のためである。

 だが余計なことは言わないほうがいいだろう。


「そうか……これは前代未聞だな。《勇者》の天職を持たない人間が聖剣を抜くことも、そして《勇者》の天職を持つ人間が聖剣のたたりにうのも」

「おい! さっきから何オレを無視してやがる!」


 大司教に詰め寄るシン。


「オレは神に選ばれし人間なんだぞ!」

「聖剣に祟られておったではないか」

「くっ……あれは『なまくら』がオレの神性を見誤っただけあばばばばばばっ! ──おいセイン、なにしてやがる!」

「何もしてないぞ」


 聖剣がいきなり電気を放出して、勝手にシンを攻撃しただけだ。

 聖剣は多分「なまくら」と罵られて悔しかったのかもしれない。


 聖剣に祟られたシンを見て、大司教は溜息をついた。


「とにかく、《勇者》でありながら聖剣に拒絶されるのはありえぬ。何らかの方法で天職を偽ったか、あるいは──」

「そんなことしてねえよ! てめえ、オレをバカに──」

「大司教。俺から一つよろしいでしょうか?」


 大司教とシンの間に割り込む俺。


「聖剣に選ばれなかったとはいえ、《勇者》はこうして現れています」


「そやつが偽勇者である可能性も否定できないのだが」という、大司教のごもっともな感想。

 俺はそれに対し「シン──彼が《勇者》であることは俺が保証します」と、堂々と言ってみせた。

 だってシンはゲーム主人公なんだし、さっきの鑑定結果だって《勇者》だったからな。


「《勇者》がいるということは、すでに《魔王》が出現しているということです」

「つまり、近いうちに魔王が聖剣を狙って大聖堂に襲撃をかけると申すか」


 大司教の推測に、俺はうなずいた。

 すると大司教は司祭たちに、こう命じた。


「……今の状況を国王陛下に報告し、王都と大聖堂の防衛を急がせよ。聖剣に祟られた《勇者》と、聖剣に選ばれた《回復術師》が現れたことも含めて、な」

「よ、よろしいのですか? そんなことをすれば教会の威信が──」

「もうじきここは戦場と化す。その前に威信も何もあるまい」

「か、かしこまりました! ただちに王宮に向かいます!」


 大司教の命令により、複数人の司祭たちが出立しゅったつの準備を始めた。

 一方の大司教は、期待のこもった眼差しで俺を見ていた。


「セイン殿、お主の活躍を期待しておるぞ。世界と、そして人々の平和のために」

「『みんなのため』というのは少し苦手ですが、自分にできることはしま──っ!?」


 突如、強力な魔力の波動を感じた。

 暗所かつ閉所なダンジョンを安全に攻略するために身に着けた「魔力感知」の賜物たまものである。

 だがここまで強い魔力を俺は感じたことはない。


 他の人々はどうやら気づいていない様子。

 大司祭も「どうしたセイン殿」と俺をいぶかしんでいた。


 今から大聖堂を脱出したとしても間に合わないだろう。

 ならば今取れる対策はただひとつ──


 ──ガンッ! ガンッ! ガンッ! ガンッ!


「な、何だ今の音は!?」


 群衆は騒ぎ立ててしまったが、最悪の事態は回避された。

 なぜなら俺が《バリア》を大聖堂全体に張って、降り注ぐ隕石を防ぎきったから。


 俺の魔術障壁がなければ今ごろ建物全体が倒壊し、俺を含めた全員ががれきの下敷きになっていたところだろう。


 敵の魔術はおそらく、長距離火属性魔術 《メテオレイン》。

 1発でも当たればタダでは済まない高位魔術で、なおかつ射程距離は十数キロにも及ぶ。


 ちなみに弓矢や通常魔術の最大射程は500メートル程度だが、これはあくまで命中率を度外視した場合だ。

 十数キロ先の敵を攻撃できる《メテオレイン》は異世界版『戦略兵器』そのものである。


 しかも魔術障壁からのフィードバックは、「それ」がただの《メテオレイン》ではないことを雄弁に語ってくれた。

 王都エフライム全体に張られているとされる対長距離魔術結界も、全く機能していなかったようだしな。


 ゲームとはかなり展開が異なっているが、もしかして……!


「セ、セインくんっ……あれ、なに……?」


 震え声のリディアが指差す方向を見てみると、そこには先ほどまではなかった濃密な《闇》があった。

 そして何もない場所から、一人の少女が現れた。


 口元には笑みをたたえており、全体的にゆるふわ系ではあるが……


「わたしの《メテオレイン》を防ぎ切るとは、さすがは聖剣に選ばれた《回復術師》ですね」


「わーぱちぱちぱち……」と口にしながら拍手してきた少女。

 奴こそシミュレーションRPG『セイクリッド・ブレイド』のラスボス──魔王アルルガルトである。

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