5話 姉


 俺は邪悪に口角をつり上げ、ネト充どもの深く結びついたご縁に、勢いよくチョップを振り下ろして絆を断ち切ってやった。


 なんという痛快感!

 ザマァァァァアア!



 後ろから、自分たちの紡ぐ愛の形を垂直に断裁されたカップルは、一瞬おどろいてこちらを振り向く。


 だが、遅い。



 光の速さで、俺は天使の微笑みを浮かべる。


 自分の愛くるしい十歳そこそこの容貌をフルにかして、カップル共にいやがらせだ。

 かわいい少女のただのいたずらですよ~。

 VRMMOに初めて入って浮かれてるだけですよ~! アピール。


 これなら何も問題は起きまい。


 大半のやつらは『小さい子のすることだ、仕方ないさ』

 こんな感じの台詞をカップルの片割れ、エセイケメン風の男が言うはずだ。

 俺はチョップをした勢いにまかせて、二人の間にわりこみ、そのまま駆けて抜けていく。


 はぁぁあ、ほほを打つ風も気分も爽快だ。


 為す術もなく、俺に間を裂かれる二人。

 予想どおり、カップルは何もとがめることもなく、ほうけた様子で俺を放置――――してはくれなかった。


「かわいいっ」


 突如、俺の背中にやわらかい感触が襲う。いで両脇りょうわきから侵入し、俺の胸に勢いよく回される二つの腕。そして両脚が石畳から浮く。


「なにこの子! かわいいっ」


 どうやら女性の方に抱きあげられたらしい。

 まさか俺のかわゆさがあだになるとは。


 む、無念なり。





 オンラインゲームですらイチャつく不届き者たちに、天誅てんちゅうを下そうとした俺はとあるカップルに両の手を繋がれて、『先駆都市ミケランジェロ』を案内されていた。


 そう、俺の両手は例のカップルによって握られている。

 男が右手、女が左手と二人の間に入って、和気あいあいと街を見学している。


「ヨシきゅん、私たちに子供ができたらこんな感じかな?」

「エったんやめろよ、恥ずかしいじゃないか」


 おまえらの呼び名の方が恥ずかしいな。

 まぁ俺は俺で、少女姿をいいことになごんじゃってる節もある。


 たまにブラーンって二人との身長差をかして浮かせてくれる、いわゆる仲睦まじい夫婦と幼い子供がよくやる、ブランコお散歩なるモノを体験させてもらっている。


 これがなかなかおもしろ、コホン。



「ここがアイテム屋さんよ」


 いちゃつきながらも、しっかりと案内してくれる女性プレイヤーの名はエリナさん。


「ここは『ミケランジェロ』の中では割高な物ばかりが並べられているけど、効果の方はお墨付きなんだ」

 

 エリナさんの言に、詳しく補足を追加してくれる男性プレイヤーの方はヨシオさんという。

 二人とも、歳の頃は二十代前半と見えるアバターの容姿だ。


 聞くと、このクラ充共はベータテスターだったそうで、今日正式サービスするクラン・クランを1カ月前に2週間だけプレイしていたそうだ。


 だからこの初期の街『ミケランジェロ』の構造に詳しい。



「エリナさんとヨシオさんの説明はわかりやすいです」


 つまり、おれは憎むべきクラ充共に決して屈したわけではない。

 作戦を変更して、このバカカップル共を利用しているわけだ。

 道案内ついでに、いろいろ情報を引き出してやろう。


 これは決して慣れ合いではない。


 っていうか冒険のスタート地点、初期の街なのに『ミケランジェロ』は広大すぎる。

 だがその理由は、二人に案内してもらってすぐにわかった。なぜなら、サービス開始を見計らって、多くの傭兵、いわゆる大量のプレイヤーがこの街をせわしなく行き交っているからだ。


 大量のプレイヤーに見合う大きさが、初期の町には備わっている必要があったのだ。



「それにしてもタロちゃんの髪色、とても綺麗ね。そのきらきら光る青い粒子・・・・・・・・・・みたいのもステキ。なんて装備なの?」


「へ?」



 気の抜けた返事をする俺に、エリナさんは真剣な眼差しを向けてくる。


「初期のキャラクリ設定での髪色項目には、ないはずの銀色・・・・・・・だしさ」



 そう俺の銀髪について指摘する、表面上は温和な笑みを張り付けてるカップルの片割れビッチだが、その双眸そうぼうは笑っていない。


 悪寒を覚えた俺は、とっさに正直に答えてしまった。



「え、いや、外見はその、そのままスキャンで……」


「はぁー、やっぱりリアルモジュールなわけね。道理で初期のキャラクリ設定で、できないはずの髪色してるわけだぁ。ってことはタロちゃんって、リアルも銀髪ってことなの?」


 そもそもキャラクリの項目に、銀髪系統が存在しないことが初耳だった。


 よく見ておくべきだったかもしれない。



「えったん、リアルのことはそう簡単に聞くものじゃないよ。タロちゃんが困ってるじゃないか」


 俺がキャラクリに関して思い出しているのを勝手に勘違いしてくれた、ヨシオさんが庇ってくれる。いいぞ、やさおとこ。



「んーそうだね。ごめんねタロちゃん」


 顔の前に片手おがみで平謝りポーズをとるエリナさん。


「いえ、だいじょぶです」


「でもさ、でもさ、その長髪に反応して光る粒はなんなの? それだけは教えてほしいかもっ。おねーさんに教えてっ」



 そうなのだ。さきほど、エリナさんに綺麗と感嘆されてから気付いたのだが、小さな青い粒子が、俺の髪から散布されているのだ。

 

 極小蛍のように光っては散って、消えていく。

 髪がほぼ後ろに流れているから視界に入らず、指摘されるまで全く気付かなかった。


 ぶっちゃけ、なんで淡く発光しているのか自分でもわからん。



 キャラクリの初期設定とか?

 仕方ないから適当に答えておく。



「これも初めからですけど……こういう風に作れないの?」


「そんな項目なんてなかったわ」


 疑うようにさぐりをいれてくるエリナさん。


 メス豚のくせに、この人すこしうっとうしいな。

 そんなに自分も髪の毛をキラキラさせたいのか。



「そんなに詮索せんさくするなよ、えったん」

「でもヨシきゅん、タロちゃんの髪すごーく綺麗なんだもーん」



「まぁ、そこは俺も否定しないけどな」

「欲しいな……可愛いなぁ、天使なタロちゃん欲しいなぁ」



 恍惚な微笑と共に顔を近づけてくるエリナさんが怖い。


「ん~稀に備わる、レアな称号の効果かもしれないな」


 なんとはなしにヨシオさんが、予想を立てる。


 称号。

 そうだ、おれには『老練たる少女』という称号があったはず。


 もう一度、その称号を確認してみる。



『老練たる少女』


【見た目と中身がそぐわない魔法少女。その幼い器には老練の魂が宿っているため、他の者より遥かに効率の良い行動が取れる。美しさを保ち続けられるほどの膨大な魔力が、髪の毛から溢れ出す姿はまさに魔女そのもの】


取得条件:若返り。

効力:レベルアップ時のスキルポイント取得量が3倍。



 膨大な魔力が髪の毛から溢れだす姿は……魔女そのもの。

 ……これだ。


 この称号が、俺の髪の毛から空色の粒子を散りばめている原因だ。

 言うべきなのか?



「まぁでも、さすがにそんなレアな称号をいきなり初期状態で、所持してる傭兵プレイヤーなんているわけないか……」


 ヨシオさんの自己完結で、俺は称号に関する事は公言しない方がいいと判断する。

 ヒトの嫉妬や羨望は怖い。かくゆう俺もこの二人にちょっかいを出したのはそういった感情があったからに他ならない。


 オンラインゲームではレアな武器をもっていた、というだけでハブられる、なんてことも、親友のネトゲーマー晃夜こうやから又聞きしている。

 ましてやここは、装備やアイテム、お金をプレイヤー同士が戦って奪えるクラン・クランの世界だ。


 黙っていたほうが得策だろう。



「称号ってそんなに価値のあるモノなのですか?」

 

 だんまりは怪しまれるので、称号の詳細を聞いておこう。


「ん、そうでもないんだけどな」

「称号はね、わりと簡単にとれるものもあるのよ」


「うんうん。ただ、ほとんどの称号は、特別な効力を傭兵プレイヤーに付与するとかいう効果はもってないんだ」

「そそ。本当に名前だけ取得するって感じかな。獲得した称号を、他の傭兵プレイヤーに見えるように表示させておくこともできるんだよ?」


 ふむふむ。ジョージしかり、クラン・クランは傭兵同士、フレンドや戦闘状態にならないとお互いの名前も見えない仕様だからな。


 称号を周囲に見せるようにするのは、己の力を誇示したりアピールしたりするようなものかな?



「ただ、稀にだけど傭兵プレイヤー自身に何らかの効果を付与する称号もあるんだ」


「まぁーそれだって、すごく微弱なものよ。それでもないよりは、あったほうがいいから、ベータテスト中はステータスに影響を及ぼす称号持ちは注目の的だったんだよ?」


「どんなのがあったのですか?」


「そだねー、火属性の魔法、武技の威力を2%向上させる『炎皇の知人』とか、鍛冶スキルに補正がかかる『千年鍛冶の大老侯』とかかな?」


「『万物書庫』なんて称号を持ってるやつも騒がれてたな。魔法関係の習得時に、他の奴らより消費スキルポイントが少なくてすむ、なんて噂を聞いたぞ」



「それは、いくら何でも大げさだって。ゲームバランスが、おかしくなっちゃうわよ」


 『万物書庫』より無茶苦茶な、レベルアップ時に取得スキルポイントが3倍の称号を保持している俺だからわかる。

 おそらく、そういう称号はあるのだろう。



「タロちゃんどしたのー? そんな難しそうな顔をして。せっかくの可愛らしいお顔が、あ……美少女が悩んでる表情もそれはそれでそそられ」


「もしもの話ですけど。レベルアップ時、スキルポイントの取得が2倍の称号とかあったらどうなるんでしょう」



 エリナさんを遮り、俺はヨシオさんに尋ねる。


「あはは、そんなすごいスキルがあったら暴動モノだね」

「誰もが欲しがる夢のようなスキルね」


 俺の称号。三倍なんだが。

 

 これは何としても秘匿せねばならない称号だな。



「そういったレアな称号の習得条件って公開されてるのですか?」


 とにかく、エリナさん達から聞いた称号はどれも有用だし、できるなら持っていたい。



「うーん……称号の獲得条件を公表されているものは確かにあるけど、ほとんどは謎だね。あいつら、隠してるからな」


 やはりか。

 渋い表情で語るヨシオさんとは対照的に、エリナさんは快活に説明を引き継ぐ。

 

「称号持ちが意図的に隠蔽してるっていうのもあるけどね、このゲームは奥が深すぎなの。ベータテストでオープンされたフィールド内だけでも、まだまだ謎はたくさんあるし、未踏破エリアだってあるのよ。それこそ、隠しイベントなんて大量にありそうだし」



 確かにそうだ。

 錬金術の一つにしたって、やり込み要素は膨大にありそうだったしな。

 試したい事はたくさんある。



「それにクラン・クランって情報が伝達しにくいっていうのがあるよねー」


「それはどういう意味ですか?」


「運営が攻略サイトとか、それに類似する情報を公式が管理してる掲示板・スレッド以外で公開するのは禁止してるの」



「普通はゲームの宣伝も兼ねて、攻略サイトとかは残しておくものなのに、ことごとく潰してるっぽいんだよな。個人のブログとかも規約違反とかを訴えて、情報封鎖してるらしい」


 まじですか。

 


 確かに利用規約に、当製品に関する情報の共有、流出を一切禁止する。とかパッケージの裏に書いてあった気がするけど、今のご時世にそれって不可能なんじゃ。どんだけ、情報統制に気合い入れてるの運営。



「『剥製の雪姫ブルーホワイト』戦の攻略情報とか速攻で抹消されてたしね……おかげで倒すの大変だったなぁ」


「公式のスレッドや掲示板も規制入ると、コメント削除されてるしな」


「は、はぁ……」



 徹底的だな。


「だからね、どうしても正確な情報が残りにくいの。それでも、攻略サイトの内容を保存してる人とかが、口伝えで他の人に伝えたりね」



「今では公式サイトのスレッドでしか情報が交換できないからなぁ。まさに真相は闇のなか、だ」


 完全に運営に管理されてる部分は否めない。

 だが、人々の口から口へと伝わる噂や伝承。

 それを頼りに突き進む傭兵プレイヤーたち。



「まるで本当に……文明の力を使用する事は許されない異世界みたい」



 謎多き世界。クラン・クランの『ツキノテア』。


「冒険のし甲斐がいがありますね……」


 エリナさんとヨシオさんは、何故か俺を愛おしそうに眺めていた。

 気持ち悪いな。


 エリナさんやヨシオさんと話しながら『ミケランジェロ』探索をしていて、ふと気付けば時刻は午前の11時を回っていた。


 そろそろ、姉と合流せねば。

 姉との集合場所、『教会』の位置を教えてもらうついでに、カップルと話しこんでしまったがなかなか有益な情報を得られた。


「そういえば、おねーさんとは教会で待ち合わせだったよね?」


「そうです」


「ならほら、ちょうどあそこに見えるのが教会さ」

 


 ヨシオさんが指さす方に目を向けると、いかにも中世にあるような教会が建っていた。

 大きな扉の前には教会を守護するかのように、青を基調とした鎧に身を包む兵士二人が立っているのが遠目からうかがえる。名前が見えることからNPCだと判断する。


 

神兵デウスか……君のおねえさんは、集合場所をいいところに指定したな」


「もしかしたら、ベータテスターなのかも?」



 教会の守り手を見据えるカップルの目つきは鋭い。

 

 青鎧の兵士たちは神兵デウスというらしい。

 大層な名前だ。



「あの、えっと」


「あぁ、ごめんねー。つい神兵デウスを見ちゃうと最初のトラウマ・・・・がねぇ」



「タロちゃんは気にしないでくれ。それよりお姉さんはどこだい?」



「あ、いえ。もうここで、けっこうです。教会の場所を教えてくれて、ありがとうございます」


「えーータロちゃんとここでバイバイなの? もうちょっとだけ一緒にいようよ」


 エリナさんは胸部を強調するように、しゃがみこむ。

 二の腕によって胸が寄せられ、目に毒だ。


 いや、女子おれ相手なのだから決して故意ではないとわかるが、いかんせん視線が釘付け。

 大きい。


「いいでしょー? お姉さんにも挨拶したいしさっ」


「あ、いえ。でも……」


 姉には、俺の外見について説明せねばならない。

 リアルが男であるはずの俺が、性別詐称不可のこのクランクランで何故、少女キャラを扱っていられるのか。


 他人の前でこの話をするというのも気が引けるので、できればこのバカップルが傍にいてほしくないというのが本音だ。


「無理を言うのはよくないぞ? タロちゃんが困ってるだろう」


 ナイスだヨシオさん。


「じゃあフレンドだけでもどうかな? タロちゃん可愛いから、変な人が近づいてきたときに、お姉さんが一発で撃退してあげるからさ」


 ニヘラっと笑みをこぼすエリナさんが、現時点での変質者候補ナンバーワン。



「でも、姉にフレンドを勝手に作ると危ないって言われているので」

 

 子供特有の無難な断わり文句で逃げる。

 こんなネト充共と慣れ合うつもりは、毛頭ない。



「ほら、タロちゃんもこう言ってるし、エったんもここらへんでいいだろう」

 

 そうエリナさんをいさめるヨシオさんに、なかなか折れる姿勢を見せないエリナさん。


「ヨッシーは何もわかってない! このクラン・クランという、傭兵プレイヤー同士での殺し合いが常の世界に、こんな可愛らしい天使が居るんだよ!? 殺伐とした世界だから15歳以下の子がただでさえ少ないのに、この子はどう見たって、10~11歳そこらの最年少組よ! おまけに髪が青銀で謎の粒子まで飛ばしちゃってる、美少女ちゃんだわ!? ヨッシーはちゃんと聞いてたの!? この子、キャラクリのとき自分の姿をスキャンしたままだって言ってたじゃない! つまりリアルもこの容姿よ! 外人の美少女ちゃんよ!? それで日本語ペラペラ!? 男じゃない私だってこんなに愛くるしい子を放っておける訳ないじゃない!?」


 エリさんが本音を大声で暴露し、発狂した。


 周囲を歩いていた傭兵プレイヤーたちが、その声に反応してこちらに注目してくる。



「おい、いまの聞いたか」

「あのきゃわゆさでリアルモジュールのままだと?」

「たしかに銀髪なんて項目はなかったな……」

「じゃあリアルもあの容姿……?」

「ロリぃぃぃふおぉふつくしい」



「……エリナ、落ち着け」

 

 あ、ヨシオさんがエったんっていう愛称をエリナさんに使ってない。


「わ……」


 エリナさんはヨシオさんの注意で、やっと周囲の目に気付いたようだ。



「このままではエリナの迂闊うかつな発言のせいで、本当に変態がタロちゃんにアプローチしてくるかもしれない……」


「タロちゃん、ごめんなさい……」


「こんなことになって申し訳ないのだが……やはり、この場で君を一人にするのは危ういと思う。で、提案というかお願いなのだが、せめて君のお姉さんにタロちゃんを送りだすまでは行動を共にしないか? 挨拶とお詫びもしたいことだし」


 俺の事を心配する紳士的なヨシオさんの態度に気圧され、なりゆきで二人を姉に紹介する流れが決定してしまった。


「はぁ……」





 教会の扉。


 積み石にくみこまれた、木製の扉は閉ざされていた。


 高さにして4メートルはあるだろうか。年季を感じさせるが、老朽による脆さは微塵も感じられない。むしろ歳を重ねた者だけが踏み入ることのできる領域、重厚な雰囲気を醸し出していた。


 両脇には青鎧の神兵デウスが守りを固めている。

 その鉄壁の扉を前に、二人の神兵に挟まれるようにして腕を組んで威風堂々と立っている美人さんが一人。


 漆黒の長髪を頭の高い位置で留め、切れ長の目を油断なく周囲に向けている。

 四肢が長く、抜群にスタイルが良いポニーテールなお姉さん。

 初期装備の俺とは違って、マント付きの皮鎧を身にまとい、腰には双剣とおぼしき武器を携帯している。


 姉だ。

 紛れもなく姉だ。


 姉もリアルの姿をそのままスキャンして、キャラクターに反映させているのか。記憶と違う部分といったら、最後に見たよりも少し髪の毛が伸びてるぐらいだろうか。


 バカップルを引き連れた俺は姉の前に立つ。

 ポニテ美人はあさっての方向にひたすら視線をめぐらしている。

 きっと俺を探しているのだろう。



「タロちゃん……あの、キミが言うお姉さんっていうのは……」

「おいおい、これはまさか……」


 エリナさんとヨシオさんがひきつった表情で、姉を凝視しながら語りかけてくる。



『タロちゃん』の一言で姉が反応し、ようやく俺達の方を見る。



 目と目が合う。

 姉はいぶかしむように、俺をジッと見つめてくる。



 さて、なんて言おうか。


 このゲームは性別詐称不可の、VRMMOだ。

 見た目が女子ならリアルも女子。


 俺の見た目は10歳そこらの銀髪外人美少女。どこに、昨日まで普通の男子高校生だった弟が、美少女に変身していると信じる姉がいるだろうか。



「ん、ミシェル? 太郎?」


 あぁ、万人を魅了すると騒がれている凛としたこの美声。

 間違いなく姉だ。

 

 いともたやすく妹か俺だと看破するとは、恐るべき姉。


「姉」


 俺は淡々と返事をする。


「あー、その呼び方は……太郎?」


「うん、そうだ姉」


「え、でも、え? 太郎、いつもより可愛くなってない?」


「俺はもともと可愛くないと思うのだが」


「ばかね、姉からしたら下なんて全員かわいいものよ」


「あーやっぱ姉だな」


「そういうアンタも太郎ね」



 あっさり、美少女がおれであることを信じる姉。

 大学に進学して一人暮らしを始めて、顔を合わせる機会が滅多になくなった姉。ゆえに、いつも通りのやり取りに少し懐かしさを覚える。



「こんな姿なのは理由があるんだ」


「……太郎、その、話は後で聞くとして……」


 さすが、俺の姉。

 美少女モードの俺に対する言及は後にするという判断は、相変わらず気が利く。



「そこの背後にいる二人は?」


 姉はまるで敵を射殺すように、カップル二人を睨みつけている。



「あー、案内人?」


「タロちゃんひどいっ私たちの仲でしょぉーー」


 エリナさんの言葉に、俺は姉の後ろに隠れる。

 これ以上、天敵であるネト充どもと仲良くするつもりはない。


「誰かと思えば盗人バカップルじゃないか。わたしの太郎に何をしているの」


「そういう貴方は『風の狩人』シンさんじゃないか。なんで貴方がこんな初期街に……」


 え、何、風の?

 

「とっくに最前線にむかってると思ったのにぃ……」


「見ての通りだけど?」


 姉は俺を一瞥いちべつすると腰に吊るした双剣に、手を伸ばす。

 その好戦的な動きにエリナさんヨシオさんが一歩下がる。


「まって、まって。神兵デウスがこんな近くにいるのに、PvPとか始めちゃったら、ねじ伏せられちゃうよ?」


「そうだ、シンさん。落ち着こうじゃないか。ここで争っても神兵デウスに鎮圧されて、相互にペナルティが科せられるだけだ」


 姉は、両隣りに立っている青鎧のNPCに視線を一瞬向ける。

 


 神兵デウスとやらは傭兵プレイヤー同士の争いに介入してくるNPCなのか?

 街の警察的ポジションなのかね。


 カップルの警告に耳を傾けたかに見えた姉は、だがしかし——


 不遜な笑みを浮かべていた。



「だからどうした? 私が神兵デウスどもに押さえられる前に、おまえたちを切り捨てるには十分な時間があるだろう?」



 どうやら姉の口ぶりから、互いにベータテスターであり、テスター期間中にカップルと姉の間では一悶着があったことがわかる。

 今にも戦闘を始めようとする姉に俺は一声かける。


「姉、やめて」


「なぜ? 私はこいつらをキルしたいのだけど」


 カップルから視線を外さずに、物騒な返答をしてくる姉。


「うん、あとでにして」



 今、戦闘を始めたら、クラン・クランを全然理解していない俺は足手まといになる。武器も木刀だ。戦力になりそうもない。


 それに、怯えるカップル二人の様子を見て、ここまで案内してくれた人達が姉にキルされるのも、なんだか居心地が悪い。

 リア充は嫌いだけど、ちょっとは感謝してたりします。


 両者の緊張が拮抗、いやカップルはかなり及び腰のようだけど。

 今ならまだ穏便に事を済ますことができそうだ。


「姉」

 

 姉の袖を軽く引っ張って、いやいやを主張する。

 俺の再三のたしなめに、姉はまとっていた剣気をおさめ、観念したように溜息をついた。


 そしてパンと両手を叩き。


「今回は太郎に免じて見逃してやる。次に会った時は――――」


 わかっているな? と無言の圧力を飛ばしている。


「タロちゃんをここまで案内しただけなのにぃ」

「ちょ、えったん。やばいって、退散するぞっ」


「私の太郎をここまで案内してくれたことは感謝する」

「ヨシオさん、エリナさん、ありがとうございました」


「どーいたしましてっ」


「だが、二度と私の太郎に関わるなよ?」


「えっ」


 驚愕するエリナさん。


「わかったか?」


「プレイヤー同士の交流は個人の自由……」


「わかったな?」



「はぁーい。でもタロちゃん、また何かあったら声かけてね~」

「ちょ、バカっ。ほら、早く逃げるぞ」


 しょんぼりした様子で、バカップルたちは街の陰に姿を消していった。



「では、太郎」

「なに、姉」



「太郎の言うことを聞いてやったんだ。次は私の質問に答えてくれるな?」

「あー、まぁ、うん」




「なんで、太郎は美少女になってるんだ? リアル性別と一致しないキャラは作成不可だったはずだけど」


 


 姉はもっともな質問を俺にしたのだった。






キャラクター名 タロ


レベル1


HP30 MP20 力1 魔力14 防御2 魔防8 素早さ18 知力27


所持金 200エソ。


装備品

頭:なし

胴:すすけた外套

腕:すすけた皮手袋

足:すすけた革靴


右手:ローヌの木刀

左手:なし


アクセサリ:なし

     :なし

     :なし

     :なし

     :なし


スキル:錬金術Lv2



称号:老練たる少女


レベルアップ時のスキルポイント取得量が3倍。



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