女装転移者と巻き込まれバツイチの日記

中谷 獏天

1日目

 金髪碧眼の美少女に憧れ、金髪のカツラに青いコンタクトをして女装を楽しんでいた僕は、薄い壁越しの異世界転移に巻き込まれました。


 そして今、隣の部屋の黒髪に黒い瞳の女性と一緒に、品定めをされています


『あの』

「シッ」


 僕よりかなり年上、しかもこう、ふくよかでらっしゃる。

 そして直ぐに事態を呑み込めたみたいで、僕へ喋るなと御した。


 中世の割には衣装が地味と言うか、ガチ中世、特に後期っぽいけど。

 うん、どう見ても黒いオーラ放ってる方が複数人居ますもんね、敵味方が分からないでコッチの情報を撒くのは確かに不味い。

 冷静な人が同行者で助かった。


「言葉が分かっていそうですね」


 うん、向こうだったら北欧っぽい言語ってだけしか分からなかっただろうけど、分かる、恩恵ってヤツだろうか。

 彼女も分かってるだろうけど、無視して警戒し続けてる。


《警戒されてますし、先ずはコチラの手の内を少し見て頂きましょう》


 そう案内をされる事になり、椅子から立ち上がると彼女が手を握って来た。

 コレは、ホラールールかな、分かれたどちらかがどうにかなるって映画の暗黙の了解。


「ホラールール」


 僕が小さく頷くと、彼女も小さく頷いた。

 だよね、偶にホラー映画が聞こえて来る事が有ったし。




 そして服装に見合った中世後期っぽい部屋に案内された。

 あぁ、憂鬱だな、トイレとか入浴の概念がヤバそうな時代じゃん、まだ日本なら。


 ダメだ、室町じゃん、どっちも死ねる。


《そちらの時代や知識とは違うかも知れませんが、ココのルールを記した物を置いておきますから、どうかお読み下さい。では》


 案内人が立ち去った後も、彼女の警戒心は収まる事が無いまま。

 紙とペンを持ち、机の上に覆いをすると僕を手招きした。


 そして書き始めたのは、盗聴等の可能性。

 召喚魔法、そして魔道具が存在しているなら、監視されている可能性が有るとローマ字で記した。

 コレは大昔の暗号にも使われた手法、結構知識人なのかも。


 そして魔法が有るなら詠唱も有るかも知れない、なら喋れないと言う事でどんな反応をするかも見てみたい、もし任せてくれるなら喋る役割を担うけれど、どうだろうかと持ちかけられた。


 僕は大きく頷くと、彼女は紙を丁寧に破りポケットへしまった、そして覆いの隙間から本を差し入れた。


「どれが読めますか」


 マニュアルは言語別に分かれていて、日本語の本を指差した後に英語の本を指差し、少しだけとジェスチャーした。

 それを確認した彼女が覆いを捲ったので、一緒に読む事になった。


 ココは想定通り中世後期だった、そして魔女狩りが横行している状態。

 しかもその一端を担っているのは召喚者と転生者だ、と。


 ―――マジか。


 彼女が呟いた通り、僕もそう思った。

 だって自分達と同じ様な人間を召喚者とするなら、本来は文明の進化や事象の変化が有っても良い筈なのに、時代に沿った行動をしている事に不合理さを感じた。


 けれど読み進めるウチに疑問は解消されて行った。

 医療と科学の発展の為、敢えてそうしているのだ、と。


 だとしても、他の方法が。


 その疑問が解消しないまま、マニュアルを読み終えてしまった。


「疑問を書き出しておいて、この文字で良いから」


 僕は頷き、覆いの中で文字を書く事に。

 彼女は読み終えたらどうしたら良いのかと、扉の前で呟いた。




 その呟きが聞こえたからか、ある程度の時間が経ったからか、案内してくれた綺麗な男性が迎えに来てくれた。


《お読み頂けましたか》

「はい、ですがかなり疑問が有るのと、糞尿をどう処理すべきかなんですが」


《ご案内致しましょうか》

「なら一緒に行きます」


 それは嬉しいけど、男女別とかって概念ココに有ったっけな。


 うん、有った、しかもぼっとん形式の水洗。

 たすかる。


 ―――助かる。


 彼女もそう呟いた様に聞こえた、気が合うかも知れない。

 けど、僕の性別を言えて無いんだよね、何なら名前もまだだし。


《手洗いはコチラで》


 凄い旧型のレバーハンドル水栓の蛇口。

 コレ、本当に中世後期なんだろうか。


「コレ」

《あぁ、ある程度高貴な身分で有れば衛生管理に付き添いが蛇口を開閉しますので、慣れて下さいね。どうぞ、手ぬぐいはコチラです》


 1枚出すともう1枚出る仕組みの手拭き入れ、そして使い捨てかは不明だけどダストボックス的なのが有る。

 思わず顔を見合わせてしまった。

 うん、中世後期じゃないなコレ。


「衛生観念が中世後期では無いですよね」

《そうですね、召喚者様と転生者様のお陰です》


「いつからどんな頻度で出現してるんでしょうか」

《西暦が出来上がる前からだと言われています、そして頻度は年々減少しているそうですが15年おきに、各国に出現していると予想されています》


「何故、予想」

《資源ですから、我が国の統計を鑑みて出されたモノです》


「揉めてる国は」

《やはり近隣国ですね》


「願いは」

《平和、和平。あ、魔王はほっといて良いですよ、どうやら手を出さなければ手を出して来ないそうですから》


「何で他国は手を出した」

《珍しい、利用したい、でしょうね》


「国しか手を出さないのか」

《ウチでは民にも手を出すな、関わるなと言い聞かせています。首都を陥落させられる力が有りますから》


「それ魔女狩りとぶつけろよ」

《既に魔王が対処していますが、宗教や思想は誰かを殺せば立ち消えるモノでも無いですから》


「あぁ、なら触れ無い方が良いか」

《はい》


「それで、具体的にはどうしろと」

《ウチは鎖国してますので他国との交流が無いのです、ですので他国と同程度の力が欲しい、自衛手段になって頂きたいんです》


「交流と侵略をしない理由は」

《それは……》


―――グゥ。


 ココまで一気に聞き出してくれてカッコ良かったのに、彼女のお腹が鳴って、真っ赤になって。


「すまん」

《いえ、立ち話も何ですし、食文化も紹介させて下さい》


「お願いします」


 そして案内された食堂で、暖かくて時代錯誤な食事が出された。


 雑穀パン、しかも発酵パンだから柔らかい。


《白パンは祝い事用、黒パンは病気用ですので、市井でも何処でも基本はこの雑穀パンです》


 本当なら黒パンの筈、しかも無発酵だから固かった様な。


「自分的には程良い固さ」

《コチラだともう少し柔らかいですし、無理なさらずスープに浸して食べて頂いて大丈夫ですよ》


「ジャガイモじゃん」

《はい。小麦かライ麦、トウモロコシかテンサイトウ、ジャガイモかカブと輪栽式で行っています》


「それもか」

《はい、嘗てはジプシーやロマと呼ばれる流浪の民のとして情報を得ていました。そして今は商隊に紛れて情報を得ていますが、最近は魔女狩り狩りも有り、それも厳しく》


「こう、髪や目の色で魔力がどうとかは」

《そうですね、黒目黒髪は非常に魔力が高いとの言い伝えが有る土地も存在してるそうですし、金髪碧眼こそ価値が有ると言われている国も存在していますが、ココでは特に無いですよ》


「無いのか」

《寧ろ使える魔法次第ですが、我々が求めているのは知識、そして免疫》


「あ」

《大丈夫ですよ、ココには先程の人間達は隔離された場所に居ますし、私の代わりは用意して有りますから》


「けど、そう免疫と言っても」

《それは副次的な事ですし、知識が尽きたからと言って処分や過労を課す事はしませんよ。それ相応の事をして頂ければ、国内に限り保障いたします》


「先ずココの知識が知りたいけど」

《お読みになれますかね》


 うん、無理だ。


「覚える所からか」

《それか私に訪ねて頂ければ、普及されてるモノでしたらお答え可能ですよ》


「治癒魔法は病気も治せますか」

《はい、どちらの魔法士でも可能ですし、控えに居ますので病気が移っても大丈夫ですよ》


「知恵熱は?」


《あぁ、それは治さない方が良いと言われてますね、精神的なモノに関わる事はココでは禁忌とされてますから》


 コレって、出来るって事だよね。


「あの部屋の中は秘密が保てますか」

《この城自体がそうなっています》


「あの部屋の中の事は2人だけの空間にして欲しいのですが」


《では魔道具をお渡ししますので、設置をして頂く事になりますが》

「はい」




 渡されたガラスのベルを鳴らすと、シャボン玉の様な虹色の膜が広がり、壁や窓にピッタリと張り付いた。


《どうでしょう》

「試したいので、中でワシの印象を悪い感じで言って下さい」


《分かりました》


 うん、どっちにしても聞こえないよね。


 そして今度は黒髪さんが中で叫んだらしいんだけど、聞こえなかった。


「で、アナタは何と言ったんでしょうか」

《警戒心が高い野生動物》


「あぁ、どうも。何とお呼びすれば良いですか」

森林コドルツ、ルツとお呼び頂いても大丈夫ですよ》


「そうですか、どうも」


 扉を閉めると、どうして名前を言わなかったのかを説明してくれた。

 それと同時に、お互いの本名はギリギリまで知らない方が良いかも知れないとも。

 けど偽名を使うにしても、音が近い方が良いと言う事になって。


―――歯ブラシ有るか聞いてくるから、何個か口に出してみて、決まったら外に来て。


 ラノベとか好きなのかな、凄い慎重で有り難い。


 けど、まだ女の子と思われてたらどうしよう、そも男が有利な時代なのか女が有利な時代なのか。

 あぁ、黒髪さんに聞いて貰わないと。




 そして意を決し外に出ると、涙目の黒髪さんが頑張って木で歯を磨いていた。


《あ、お食事の後にお渡しすべきだったんですが、どうぞ》

「ニームって名前の歯木だって、苦い」


《苦味が苦手なんですね、食事に出さない様にしておきますね》


 それと糸ようじ代わりの糸も、絹っぽい、使い回すんだそうでコップと共に渡された。


「どうも、戻ろう」


 そうして不機嫌な顔で涙目になっている黒髪さんに、名前を伝える事になった。


定規トゥーダ


「ん?それ男性名では」

『ごめん、男なんです』


「あ、あぁ、ごめん、こんなのと巻き込まれて、可哀想に」

『え、あ、いや』


「あ、男が優位か女が優位か聞いてくるね」

『あ、すみません、お願いします』


 そうして聞きに行ってくれてる間に、本名を紙に書いて渡す事にした。

 藤堂とうどう 久利夫くりお、読みは勿論ローマ字。


 あぁ、凄い不安だ。

 このまま見限られたら終わるよな。


「ただいま、本当かどうか分からんがココは女性の方が強いらしい。両方考えておいたら?」

『ありがとう、これ、本名』


「見ないでおく、そうだ、お守りにするよ、作ろう」


 疑ってごめんなさい、凄い良い人だった。




 それから生年月日も書いて、互いの秘密を保有する事になった。

 真名の概念が有るかどうか不明だけれど、コレはお互いの信頼の証だ、と。


 そうして僕の女性名は百合クリーナになり、黒髪さんは。


『あ、名前って』

赤色ローシュ、ルツにはもう伝えて来た」


『そうなんだ、ありがとうございます』

「ご年齢を良いかな、32」


『え、あ、すみません、僕21です』

「いや、うん、年は忘れよう。それよりコンタクトどうする、使い捨て?」


『そうなんですよ、けど非常時用には保有しておきたいから』

「治療魔法が存在してるなら、浄化魔法系も有りそうじゃね?」


『ですよね、けどコンタクトまで分解されたら困るよなって』

「そこか、原材料って何だろう」


『多分、プラスチック』

「あー、同じモノが無いなら保留だよなぁ」


『こう、目の色を変える何かとかって』

「それなー、禁忌っぽそうじゃない、犯罪者が逃亡出来ちゃう様になるだろうし」


『じゃあ、魔道具?』

「だね、複製出来たら安泰かもだし」


『ですね』


「はぁ、にしても良い人に巻き込まれて良かったわ」

『え?ローシュさんの転移に巻き込まれたのかなって思ってたけど』


「あぁ、どっちだろ」


『両方に、しときましょうよ』

「そうね。お風呂どうしようか、一緒に入る気だったんだけど、先が良い?後が良い?」


『え、いや』

「いや、こう言うのは若いの優先で、綺麗好きって事にさせて」


『え、じゃあ、はい、先で』

「おう」


 ぽっちゃりしてて残念だって思って、本当にごめんなさい。


―――コンコンコン。


 そうしているとルツさんが訪ねて来て、浴室にお湯を張ってくれた。

 普通にタイル張りの浴室、洗い場も有る。

 太い鉄のパイプが2本、熱湯と水を混合させるタイプ。


 そしてどう見ても、日本式の木桶。

 なのにタガ無し、互い違いの木組みで接着剤も使用して無さそう、凄い技術力。

 お祖父ちゃん、見たら喜ぶんだろうなぁ。


《コチラをどうぞ》


 石鹸も良い匂いだし、湯上り用にと髪と肌用の乳液、替えの下着や服も渡してくれた。

 記事の織りは機械よりは粗いけど、縫製はしっかりしてる。


 凄い技術力が既に有る、どうしよう、僕は役に立たないかも。




 そして僕がお風呂の間に手が空いているからと、ローシュさんがカツラのお手入れをしてくれると言ってくれて。

 けれども不意に、浴室のドアが開いて。


『どうしたんですか?』

「コレもプラでは」


『あ、確かに』

「浄化魔法、マジで聞くべきかもな」


『ですね』


 そうローシュさんに甘えたまま、髪を乾かしに来てくれたルツさんに浄化魔法について尋ねて貰った。


《ココでは金属にのみ使用が認められています、木や人体に使用すれば腐敗すると言われてますから》

「どうしたら使えますかね」


《そこが難しいのですが、そうですね、クリーナさんの髪を乾かしてから》

「あ、魔法が怖いみたいなので、追々で。また後でソチラに行きますね」


《そうでしたか、では》


『助かりました』

「いえいえ」


 それから髪が完全に乾くまで、窓辺でお守りを作る事になった。


 ポカポカ陽気の窓辺。

 慣れない縫い物をしてるからか、眠気が。




 窓辺で寝てた筈なのに、ベッドだった。

 そしてローシュさんは窓辺で寝てる。


 鍵はして有る筈、なら誰が。


『あの、ローシュさん、ローシュさん』


「んぁ、はい、あ、はい、何でしょう」

『窓辺で寝てた筈なのに』


「あぁ、軽そうだから運んじゃった」

『運んじゃったって』


「体格通り力持ちなのよ、自分より軽ければ持てる」

『え、あ、すみません、てっきり誰か侵入したのかと』


「ごめんね、薄っすら返事が来たから覚えてるのかと」


 あぁ、そうだ、王子様にお姫様抱っこをされた夢を見てた様な。


『あぁ、ごめんなさい、夢だとばかり』

「良い夢だった?」


『はぃ』

「そうか、なら良かった。ごめんね、勝手に運んで」


『今度から起こしてくれれば大丈夫ですからね』

「いやさ、それでイザ寝ようとすると寝れないとか有るじゃん?しかも昼寝って効率が上がるって言うし、けど、ごめんね、もうしないから」


『違うんです、その、軽いと言えど重さは有るので』

「あぁ、うん、腰を痛めない様にするよ、ごめんね」


 何か誤解された気がするけど、これ以上違うって言っても拗れそうだし。

 あぁ、難しいな、コミュニケーション。




 そうして再び窓辺で縫い物をしていると、ルツさんのノック音が響いた。


《フィーカの時間なんですが、如何ですか?》

「小腹減ってる?」


 僕が頷くとルツさんがワゴンを押しながら部屋に入り、見た事も無い蛇口付きの茶器からお湯を出し、ポットへと注ぎ入れた。


《コチラからテンサイトウ、蜂蜜、ヤギのミルクで》

「それ、サモワールでは」


《はい、良くご存知で》

「ぉお、名と姿絵を見た事が有るだけです。中は炭ですか」


《はい、このポットの中の紅茶を少し入れて、好きな濃度に調節するんですよ》

「熱いのが苦手ならミルクですか」


《このまま飲める水を使用してますから、この水差しで薄めて大丈夫ですよ》

「ぉお」


 ローシュさんが茶器にキラキラしているのを見ると、女の子はこう言うモノに興味を示すべきなのかなと、ハッとしてしまった。

 まぁ、女装が好きなだけで、女の子になりたいとは全く思わないんだけど。


《オヤツは糖蜜漬けの野苺です、どうぞ》

「ありがとうございます」


 そして女の子は甘い物が好き。

 うん、ローシュさんじゃ無い反対側の部屋の脳筋爽やか馬鹿野郎だったら、僕は今頃は説教とかされてたかも知れないんだよなぁ。

 本当、ローシュさんで良かった。


《甘い物はお嫌いでしたかね》


 いや、僕にも笑顔を向けられても、僕って男なんですよね。


「しょっぱいのが良い?コレそこそこ甘酸っぱいよ」

《あぁ、暑い国の方は塩味を欲しがる場合も有るんでしたね、気付きませんで》


「あぁ、そっか。塩味が良い?酸っぱいの?このままで良い?」


 そう言いながらローシュさんが指を1本ずつ増やし、どれが良いかと要望を聞いてくれた。

 そして僕は中指と薬指の間と、木苺を指差した。


 正直、僕も甘いのは好き、僕が男だから態々聞いてくれたんだろうな。


《それか、コレは少し大人の味なんですが、松ぼっくりの糖蜜漬けです》

「ぉお、渋そう」


《そうですね、少し渋くてスパイシーですよ》


 ローシュさんが遠慮し、僕も遠慮させて貰う事にした。

 渋いだけなら良いけど、スパイシーって苦手だし。


「渋いだけなら食べたわ」


 その言葉に頷き、共に紅茶を頂く。


 何か、凄い視線を感じる。

 あぁ、マジで女だと思われたらって弊害を忘れてた、どうしよう。

 存在してるのかな、潤滑剤。


《落ち着かれるまでに時間が掛るでしょうし、何か要望が有れば仰って下さいね》

「ありがとうございます。魔法の事をお願いします」


 そうして浄化魔法を見せてくれたり、オーラの様に漂う魔素が適性を示すワケでは無いと説明を受けたり。

 けど治癒魔法は色に関わるとか、ややこしい情報が有ったりで混乱しそうになった。


 けど、潤滑剤の事がどうにも気掛かりで。

 潤滑剤は有りますか、なんてローシュさんに聞いて貰うワケにはいかないし。


《お代わりは如何ですか?》


 あぁ、笑顔が眩しいけど、僕は男なんですよ。




 ローシュさんに任せっきりのお茶の時間が終わり、やっと話せる様になったのは、サモワールのお湯が尽きた頃だった。


『はぁ、実は凄く相談しに難い事が有るんですけど』

「大丈夫、ドンと来い」


『その、万が一にも、どうしようかと思ってて。それで、ココに、潤滑剤とかって、有るのかなって』


「天才か?」

『え?』


「ソレが無かったら発明品ぞ」

『あぁ、確かに』


「確かアレ、江戸時代だと葛とかで、あぁ、片栗粉Ⅹもアリなのか」

『片栗粉Ⅹ?』


「片栗粉オ〇ホ」

『え?あ?え?』


「まぁ、色々あるんだよ。ほいで潤滑剤だっけ」

『あ、はい』


「海藻が真っ先に思い浮かんだんだが、海無しやんな、ココ」

『海藻?』


「ほら、昆布、めかぶとか」

『あぁ!』


「ピュアかっ」

『そんな、原材料まで知ってるもんですかね?』


「口とか体内に入るんやで?自然派志向じゃ無いけど、気にはなるじゃん?」

『まぁ、確かに』


 売ってるから安全だと思ってたし、口に入るって想定外だから僕は考えてなかったけど、女の人はそう考えるって事だよね。


「白粉とか口紅とかも鉛中毒とか有ったし、そこも併せて聞こうか」

『そうですね、お願いします』


 そうしてまたローシュさんに話して貰う事に、もう本当に頭が上がらない。




「化粧品は安全ですか」

《あぁ、植物由来で長期使用も可能なモノは既に存在しています》


「鉱物は使用禁止ですか」

《そうですね、安全性が保証された僅かな品物が出回っている過渡期だそうです》


「あぁ、鉱物の見分けがまだですか」

《そうですね、硬さだけで見極めるには危ない代物ですから》


「なら、潤滑剤はどうでしょう」


《潤滑剤、ですか》

「です、油じゃないヤツ」


《それはどの様に使うんでしょうか》

「夜伽用です」


《ほう》

「有りますか」


《油では無い物は無い、筈、ですけど再度確認させて下さい》

「それに合わせて、簡単に洗い流せるなら使うかどうかも聞いてみて下さい」


《あぁ、利点はそこですね》

「まぁ、今はココまでで、価値の検討もお願いします。どの基準で何年匿って頂けるか」


《分かりました、近日中にはご報告出来るかと》

「ありがとうございます。それと絵本が有れば何冊かお願いします、後は時間が有ればもっと魔法の事を教えて下さい」


《はい、では夕食以降でよろしいですかね》

「はい」


 部屋に戻って、僕は謝り倒す事にした。


『ごめんなさい、女性に尋ねさせる事じゃ無いのに』

「いや、君が安全なら1+1で200だし、大丈夫」


『200?』

「テンコジの定理知らないか、ジェネレーションギャップ」


『もしかして、ヲタクってヤツですか?』

「あぁ、うん、ごめんね。ちゃんとした女の人じゃなくて」


『違うんです違うんです、ネットのヲタクの人って凄く物知りな人が多いから、そうなのかなって』

「基本的には閲覧して楽しむだけのヲタクだから、そう役に立てないだろうから、今だけ恩を売ってるだけと思ってて。趣味が広く浅く薄いだけだから」


 けど潤滑剤の提案を。

 あぁ、もしかしたらそう言う職業の人かも知れないもんな。

 なら、突っ込んで聞かれたら嫌だろうし。


『いえ、でも、本当にありがとうございます』

「いえいえ、後は思い付いたのはもう普通に話そう、食堂で紙を燃やせるし、紙は豊富に有るって言うし」


『はい、ですね』




 そうして夕飯の時間まで何も話さないまま、何か、どんどん僕が壁を作ってしまってるかも。

 最初よりも距離を感じる。


 どうしたら良いんだろう。

 そう女性と関わった事が無い、何なら妹は嫌いだったし、友達も少ない方だし。


 しかもこの趣味に。

 あ、趣味って言って無いから誤解されてる?


《食べ慣れないですかね》


 不意に声を掛けられ声を出しそうなり、思わず横に大きく首を振った。


「リゾットみたいで美味しいよね」


 そう、その通りで、キャベツと刻んだソーセージと豆のリゾット、真っ赤なのに酸味が少なくて美味しい。


《トマトは少しでパプリカの粉末を使っているんですよ》

「あぁ、成程、酸味が少なくて食べ易いよね」


 そう、本当それ。


《お夕飯は消化の良い食べ物が健康を維持する為には良いそうなので、この国では基本的には朝にしっかり食べます。先ずはスープ、ママリガかパン、ミティティかサルマーレか肉詰め、それに目玉焼き。お昼も今日の様にしっかりと、そして夜は麦がゆをベースにしたモノになります。どうしても空腹を感じたら、ヒマワリの種をお出ししますから、いつでも仰って下さいね》


 うん、健康的。

 だけどローシュさんをガン見して言わないでも良いのに。


「あぁ、はい、どうも」


 ごめんねローシュさん、何も言えなくて。


《それで、クリーナさんの喉の事も有りますし、1度健康診断をさせて頂きたいんですが》


「その、医師がするんですか?」

《はい、あ、女性の医師が診ますのでご安心下さい》


「えー、健診の具体的な内容や説明をお願いします」

《分かりました、食後にでもご説明させて頂きますね》


「すみません、お手数お掛けします」


 僕の為なのに、ごめんなさいローシュさん。


《元が少なくよそってありますから、お代わりをどうぞ、よそいますよ》

「あ、いえ、自分でよそうので大丈夫です」


 ココは僕が率先してよそおう、ローシュさんが遠慮しない様に、3人分で割った量。




 夕飯が終わり部屋に戻る直前、ローシュさんがルツさんに喫煙について質問していた。

 そっか、吸ってる人にしたら辛いものね。


 そしてコートを羽織りベランダに出て、キセルをふかしていた。


 自分の事ばかりで全然気を使えて無かった、誤解の事も有るし、ちゃんと謝ろう。


『あの、女装が趣味なだけで大丈夫ですから、すみません、ごめんなさい』


「ん?何を謝ってるの?」

『女性に抱っこされた事が恥ずかしくて、拒絶したみたいになっちゃったのと、潤滑剤の説明をさせちゃったのと。僕の代わりに沢山して貰ってる事が有るのに、僕は喫煙の事にも気が回らなかったので、申し訳無いなと』


「あぁ、いや、流石に喫煙の事は無理でしょう、最初は匂いもさせて無かったし。お互いの為だから大丈夫」


 それと、ぽっちゃりだとか残念な年齢とか色々考えてごめんなさい。


『すみません、ありがとうございます』

「いえいえ、お見苦しい奴に優しくてくれてありがとう」


 あぁ、僕の心の声が表に出てたのかな。

 それもごめんなさい。


『いえ、コチラこそ』

「いや、マジで途中まで可愛い女の子だと思ってたし、凄い可愛いもの、有り難い限りです」


 手を合わせて拝んでくれた。

 こんなに良い人なのに、僕は酷い事を思って、最低だ。


『ありがとう、ございます』

「いえいえ。あ、歯軋りが煩いかも、後で寝室を分けて貰える様にするわ」


『そんなに気を使っ』

「いや、イビキもするって身内にも言われてたから、すまんね、忘れてた」


 コレ、僕が提案すべきだったのに、本当にポンコツで恥ずかしい。


 そうして少しの間、真空状態みたいな時間が過ぎた後、ノック音が響いた。




 絵本と蜂蜜入りハーブティーと共に、ルツさんがやって来た。


《お邪魔しますね》


 健康診断は少しエグかった、下半身の検査が有るらしい。


「性病検査ですか」

《はい、治療は可能ですが広まると止めどなく広まるそうなので、どうしても必要になります。例え処女でも、体液を経由して病気が移りますから》


「防疫か、仕方無い」


 ローシュさんが覚悟したなら、僕も言うしか無い。


『僕には男性医師をお願いします』

「あ」

《やっと言って頂けましたか、助かります。では明朝に私が検査させて頂きますね》


「あぁ、ルツさん医師だったかぁ」

《はい》

『すみません』


《いえ、信用頂けないのも警戒して頂くのも想定の範囲内でしたし、寧ろしっかりした知能と道徳心でしたので、コチラの安心材料とさせて頂けて助かりました》


「絶句、精神科医か」

《ソチラではその様に呼んでいるとは聞き及んでいますが、私は総合的に診させて頂く、ただの医師ですよ》


「どんだけ進んでんだ」

《口頭でのご説明になりますし、明朝でも宜しいですかね?》


「良いけど、大丈夫?」


『あ、いや、ダメです。最初は中世後期だと思ってたのに、色々と全然違って、正直自分の知識んぐふ』

「ごめん、けど付け入る隙を与えるの禁止やで」


『あぁ、すみません』

《知識だけでは無く、アナタ方の経験も勘定に入りますから大丈夫ですよ》


「そう。話は変わるけど、寝相が悪いので寝室を分けたいんだが、どの部屋を使えば良いですかね」

《ベッドだけでしたら、この部屋の隣で宜しければ既に使える状態になっておりますよ》


「ありがとうございます」

《但し使用人用なので鍵が掛からないんですよ》

『え』


「あぁ、別に大丈夫でしょう、妊娠には死が付き物だと知ってるでしょうから、そう容易く妊娠させての拘束はしない筈」

《信頼頂けて光栄です。その信頼に背く事が無い様に徹底させますので、これからもどうか宜しくお願い致します》


「どうする?」

『あの、僕が部屋を』

《妊娠しない方が危ない場合も有る、と心得た方が良いですよ》


 怖い、笑顔が怖い。


「そう脅さないで下さいよ、少なくともココは違うでしょう」

《はい、牢獄での話です。失礼しました、つい面白くて》


 ドSだ。


「ほいで、他に知るべき事は無いですかね」

《周辺国にしても東洋人は非常に珍しいので、諸外国へ向かう事は、特に黒髮に黒い瞳は非常に危険です》

『え、でも』


《魔王が黒髪で紫の瞳だそうなので、間違って襲われる危険性や、魔族として魔女狩りに遭う危険性が有るので、該当する国は出国を厳しく制限しているんです》

「紫色の瞳って」


《善悪は別として、その地で稀な色を持つ者は総じて神霊と同等だ、と覚えて下さい》


「アレか、絵画だと半裸は女神って事と同義か」

《はい、仰る通り。しかも危険性が有る者や高位の存在で有れば有る程、人からは離れた外見を持つそうです。例えば、誰もが見惚れる顔だとか、抗えない蠱惑的な魅力が有るとかだそうです》


「無知ですまん、この国の神霊にはどんな方が居るのか、会えないのかね」

《かなり情熱的な方々なので、下手に気に入られてしまうとお困りになる事の方が多いかと》


「あぁ、木の精霊とかですかね」

《それに非常に近いかと》


「地味に詰んでるなコレ、確認が難しい事ばかりじゃんか」

《方法や手順は有るには有るのですが、怯えて出国された先で死なれては寝覚めが悪いので、先ずはゆっくり休んで頂ければと》


「だから独りなんですか、大変でしょう食事とか」

《このカバンのお陰で空間魔法が使えますので、何とか》

『おぉ、魔導具っぽい』


《はい、正に魔導具ですが、ココに有るランプも魔導具ですよ。熱く無いですから触ってみて下さい》

「たんま、ワシがヤる」


 つい止まってしまった直後、ローシュさんがランプに触れた。


『あっ、大丈夫ですか?』

「平気、マジだった」

《火事になってはと、光源だけが抽出されているんです》


「ほう。どんな魔法が使いたい」

『んー、それこそ空間魔法的な』


「ですよねー、移動とか楽そう」

《残念ですが、空間と言う概念の定着が未発達でして、司る神々が居られないとの噂です》

『えー、あぁ、うん?』


「まだ振れ幅が有るから人其々で概念が確定して無いか、定着人数が少ないか、又はその両方か」

《はい、その両方です。話が早くて助かります、それだけでも既に十二分に価値が有ると思いますよ》

『そんなに?』


《より幅広く定着する事が魔法行使への一歩かと、神々が根付いた様に、広まりと定着こそが新しい魔法を発生させると考えられています》


「広めるべきでは無い知識や概念の管理は」


《我々現地民と神々次第かと》

「科学者なる者や科学なるモノの知識を持って居る者が現れたら、最悪は殺す事がコッチが協力する最低条件にします」

『ローシュさん?』


「少し飛躍し過ぎかも知れないけど、念の為よ、後世の為」

『それってどう言う』


「ルツさん、少し出てて」

《はい、では隣で待たせて頂きますね》


「原爆、最初から無ければ良い、最初から製造と使用禁止なら良いと思わん?」

『あぁ!すみません、そうですね、確かに』


「他の大量殺戮破壊兵器もよ、そも知識を定着させない、禁忌の存在って事にしないと知識の持ち込みがヤバいじゃない、いずれ誰かが無双出来ちゃう」

『ですね、すみません、本当に役立たずで』


「いやいや、ヲタクだし、マンガとかラノベのお陰よ」

『それ本当に悪い意味じゃ無いですからね、マジで凄いって意味で言っただけなので』


「いやいや、コレからの事を考えると君の知識が活かせるかもだし、今後も気になる事が有ったら聞いておくれ、独善も良くないから」

『はい』


「よし、他に有る?」

『コレ、部分的に浄化魔法を試して貰いましょう』


「だね」


 ブラッシングで抜けたカツラの毛。

 コレで今後の方針が変わる筈だし。




 分解され無かった。


《コレは、作られたモノですね》

「おう。つかそれ会得したい」


《素質さえ有れば神々から賜われる事は可能ですが、明日でも宜しいでしょうか》

「宜しくお願いします」

『あの、髪の色を変える方法は存在してますか?』


《あぁ、ローシュさんの髪でしたら、追々神々から言及が有るかと。その時にお尋ね下さい》

『はい』

「魔導具は何を消費してる?」


《疑似魔石です、耐久性に問題が有るので消耗品なんですよ》

「よし、早寝しよう」


《ありがとうございます、私もそろそろ睡眠を取らせて頂きますが。くれぐれも外には出ないで下さいね、魔獣は本当に存在してますから》

「あ、寝れる薬か魔法は?」


《お掛けしますか?》

「寝れそう?」

『僕は大丈夫ですけど』


「じゃあコッチだけ頼みますわ」

《はい、では》


 人が大丈夫だと認識した事が大丈夫とは限らない。


 それを明朝、僕が実感する。

 この時にもっと深く考えていたら良かった。

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