奔放すぎる狐狸先生の特別授業-妖怪問題児は今日もまた心と身体に叩きこまれています-

ののあ@各書店で書籍発売中

落ちこぼれハーフは悪い先生に出会う 編

第1話:ツッコミどころいっぱいの転校生

 まるで、古い御伽噺に登場する人物のようだった。


 そこは月光に照らされた淡い緑の草花の上であり、大きなご神木の下であり、少女の目の前にいるモノが自分が主役だといわんばかりに妖しく輝いていた。

 白を基調とした和装に身を包み、少しばかり袖を振れば蛍火の如き光が舞い上がる。堂々たるその姿は「我、ここにあらん」と世界を平伏させかねない力強さがあった。


 この世ならざるそのモノから、少女は目が離せない。彼の美しい金色の瞳に魅了でもされたのか、身体が固まってしまっている。


 彼が少女に凛とした声で話しかけてくる。「お前らしくて良い」と認めてくれている。ピンチに駆けつけた正義の味方のように。


 ただ、この例えだと誤解が生まれるかもしれない。

 目の前にいるモノは“正義の味方”なんてものではなく。


「さて、ついでだ。特別授業をしてやるから……大人しくしろよ?」


 少女よりもずっと綺麗でずっと強い、ずっと危険な化物で、

 いきなり服を脱がしにかかる正真正銘のくそやろうなのだから。



 ◇◇◇



 有真ナルは、山奥の坂道を登りながら荒い息を吐いていた。


「ハァ…ハァ…」


 周りを木々に囲まれた坂道は、人間が歩けるように多少整備はされている。しかし、都会で暮らしている者からすれば「ないわ~」と愚痴るレベルで、一歩道から外れた瞬間にサル・シカ・イノシシ等の野生動物のテリトリーたる森だ、山だ。


 そんなところをよろよろフラつきながら歩くナルの姿は、周囲の緑と半ば同化している。着ているのが芋っぽい緑色のジャージで、持っている学生鞄も古びた茶色だからだ。


 本当なら初登校日までには新しい制服が届くはずだったのだが、運が悪いのか未だに届いていない。仕方なく手元にあった体操着か私服に着替えるハメになったが、どちらも他の生徒達から奇異の視線を向けられる可能性が高い。ゆえに、なるべく目立ちたくなかったナルは違う学年の生徒に見てもらえそうな地味なジャージ姿をセレクトした。


 さらに、あえてボサッとさせた金髪は飾り気のない二つの三つ編みに。赤い瞳は分厚いレンズのメガネでカバー。

 本来なら自然と目立ちそうな要素を全力で排除にかかったその姿は、地味度MAXの田舎娘に少なからず近づいた自信ありありのコーデ。


(……結局、あんまり意味はなかったけど)



 マイナスな努力が徒労に終わった原因。

 それは結局はジャージ姿が目立ったからではない。そもそも周囲にそれを気にする者が誰もいないからだ。


 不思議なことにナルが歩いている道には誰の姿もいない。友達同士で談笑していたり、「よっ、おはようさん!」なんて気さくな挨拶も交わされていない。たまに吹く風でさわさわと山の息吹を感じるだけだ。

 

(だ、大丈夫かなぁ。わたし、遭難なんてしてないよね?)


 ナルは段々不安になってきた。

 だが、それもしばしの辛抱。きっと校舎が見えてくれば、そこには明るい雰囲気のちょっと変わった学校が――――。


「……ないじゃない!」


 青春を謳歌している学生達のにぎわう姿を妄想しながら、ふらつきそうな足をふんばって坂を上りきった。ナルの第一声は大きな愚痴だった。


 これまで心の中だけで声をあげていたナルだったが、今回はさすがに文句をつけたい気持ちが外に漏れ出た。


「これはどこまでが校庭なの!」


 手作り感あふれる木製の看板に“校庭”と書かれている。だが、そこから先には少しだけ手を入れた原生林しか見えない。


「アレが校舎!?」


 石垣という名の校門から真っ直ぐのびる道の先にある建物は、肝試しにはもってこいな感じの木造建て。ちょっとした拍子にくしゃ♪ と潰れそうな程にボロい。更にざっと教室1つ分程度の小ささ。



「なにより……なんで人っ子ひとりいないのーーーーー?!」


 ナルの大きな叫び声があがっても、何の反応も返ってこない。

 まさかまさかと思いながら、ナルは急いで校舎(?)へと猛ダッシュした。

 昇降口(玄関)→廊下(短い)→教室(とおぼしき部屋)へと走っていき、ガラガラと立てつけの悪い扉を開ける。


 外観に比べれば幾分整っている内部には、いくつもの机と椅子が並んでいる。前の方には教壇と黒板がある。


 一度教室を出たナルは廊下の窓を開けた。大変広大そうな庭――林が広がっている。右に進めば昇降口なので、逆に左へと進む。即座に突き当たった場所にあるドアをオープンしたら、トイレだった。


 他に誰かいそうな場所も見当たらないため、再度教室へと戻る。

 だが、誰もいない。

 しーんと静まり返って、寂しさが半端なかった。


「な、なんでぇ……?」


 へなへなと膝から崩れ落ちていくナル。

 いくらココが《変わった学校》だからといって、初日に誰もいないなんて有り得るのか。次々に浮かぶ疑問の果てに彼女が辿りついた答えは、


「……学校単位で転校生ドッキリを仕掛けている?」


 そんなわけない。

 しかし、そんな頭が残念な子のように考えてしまう程度には、今のナルは意気消沈していた――のだが。 


「ジャージ姿でへたりこむなんて……あなたはそんなに体育の時間が待ちきれなかったんですか?」

「はうっ!?」


 気配もなくいきなり背後から声をかけられ、ナルの心臓がドキーンと跳ねた。ついでに跳び上がりながら勢いそのまま声の主へと振り返る。


 そこにいたのは、Yシャツ&スラックス姿のメガネ男だった。

 若く見えるが、ナルよりは年上で、成人はしているように見える。全体的にパッとしない――地味な雰囲気だ。ただ、じっとナルを見つめる眼鏡の隙間から覗く黒い瞳は印象的だった。


 まるで心の奥底まで見透かすような、不思議な瞳だ。


「無反応……ああ、もしかして生徒を装ったドロボーでしょうか? それなら警察に通報しないといけませんね」


 ひどい勘違いにナルは反射的に答えた。


「ち、違います! わたしはちゃんとした生徒です!!」

「冗談ですよ。本気にしないでください」


 スマホを片手に持ちながら言われても信じられるはずもないが、とりあえず男がスマホを耳から遠ざけたのでナルは一安心する。


「それで、どうして有真ナルさんはココにいるのでしょうか?」

「え、なんでわたしの名前を……?」


「その意外とゆた――胸のトコに名前が書いてありますから」

「……いま、“豊かな”って言いました?」

「イタズラ狐か狸の戯言ですよ。きっと僕にあらぬ罪を着せようとしてるんです」


 口元だけで微笑む男の態度に「なにそれ……」とナルが極小ボイスで呟く。


「それより、えっと、先生……ですよね?」

「ええ、そうですよ」


 おそるおそるとしたナルの質問に対して、彼はあっさりと応じた。



「初めまして、夢中狐狸(ゆめなか・こり)です。よろしくお願いしますね、転校生の有真ナルちゃん」



 いきなりのちゃん付けに対して好意的になれるほど、ナルはフレンドリーでも陽の者でもない。

 とはいえ差し出された手を無視できる程スルースキルも高くないため、おずおずとその手をとる。


 狐狸の手は思ったよりも温かかった。

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