第3話 おっかいもの、おっかいもの

 五月も末日に近づき、着々と締め切りの影が私の足を掴みに来る今日この頃。連日の作業で心が荒んできているので、リフレッシュも兼ねてアリスと一緒に機材を買いに出かけることになった。


 学園の近場に電気屋は流石になかったので、学園前でアリスと待ち合わせをし、一緒に電車を乗り継いで大きな街にやってきている。現在、アリスは私の横で「おぉ~」とちょっぴり間抜けで可愛い声を出しながら都会の景色を眺めていた。金髪碧眼で胸も大きい……と、ぱっと見だとギャルにすら見える容姿なので、都会に慣れていないのはちょっと意外に思える。


 何気に休日にちゃんとアリスとお出かけするには初めてかもしれない。普段は学校で一緒にいるし、ちょっと出かけるくらいなら放課後に学園の周りで遊べば済むからだ。


 私立第三魔法学園も都心に近い学園なので人通りは少なくないのだが、やっぱり大きな店が沢山ある場所に出ると圧倒されるものがあった。どの建物も五階以上の高さがあるし、学園の周りとは違うどこか薄暗さが根底に感じ取れる整備された道路は、絶えることのない車と人によって汚れているように見える。


 がやがや、がやがやと人の声と電子音が混ざり合った喧噪はザ・都会って感じで、肌に触れる空気感が違うというか、そもそも空気そのものが違う感じがした。改めて私は人込みは嫌いなんだと思う。


「これからあのお店に行くんだよね? おっきいけど、こういうのって専門店に行かなくても平気なのかなぁ」


 休日ということでなかなかオシャレにキメている私服姿のアリスが、目的地の大型店を指さしながらそう言った。は~、何そのちょっと高級感のあるカーディガンは? 柔らかそうな白色がアリスの身体の柔らかさを際立てていて抱きしめたら超気持ちよさそうなんだけど、何事なの? ゆったりしたパンツも併せてふわふわとした魅力がやばい。思わずふらふら無意識に近づきたくなる香りは香水? それともフェロモン? フェロモンなのか? 清楚系大学生なのか? (混乱)


「専門店なんて私だってどこにあるのか知らないし、とりあえず電気屋でいいと思うわよ。ネットで調べた感じだとここで一通り揃うらしいし、店員に聞いていれば何とかなるでしょ」


 まあPC買うなら電気屋はやめとけ、いろいろ抱き合わせさせられるぞとも書かれていたけどね。


「そっか~。ユウが調べてくれたなら安心だね!」


「そ、そう……? ええ。まぁ、そうね?」


 無条件の信頼パワーが私の心の影を消し飛ばしに来る。こわ、なにこの子。光属性が強すぎない? 私の身体消滅しかかってない? 困るんだけど、そういう突然の死。都会がトラウマになっちゃったらどうするの。私ももう引き篭もりにしかなれなくなるじゃん(もうなってる)。これ私が単に専門店とか場所調べるの面倒くさいし、ちっちゃいところだと店員とちゃんと話せないといけないから避けたかっただけだってバレたら、失望されない?


 というか、さっきから道端の男たちがデレデレしながらアリスを見ているのがバレバレでイライラしてきた。あぁ? はっ倒すぞコラ。うちのアリスになにエロい目線向けてんじゃボケ。このふわふわ可愛いアリスは私が独り占めするためにあるんじゃ。貴様らの目の保養のために存在しとるわけちゃうぞオラァン!?


「ユウ? どしたの?」


「なんでもないわよ。ほら、とっとと行くわよ」


 苛立ちを隠して、アリスの手を握るとそのまま店に向かうことにした。こんな野獣だらけの環境に無菌室兼温室で育てられたアリスをいつまでも立たせてはいけない。一刻も早くこの都会という心の濁ったやつらが集まる環境から逃げださな――あ、ちょ、アリスさんなぜ突然そんな恋人繋ぎをされるのですか? なんか距離感さらに近くなってませんか? あ、めちゃくちゃあわわわわわ(バグ)


   §


 瀕死である。アリスの柔らかさと香りと時折当ててんでしょとしか思えない胸の感触で瀕死である。助けてほしい。


「えへへ~、でぇっと、でぇと~」


 天使かな?


 無事に店に入った後、店内の中心にあるエスカレーターを横向きに乗りながら私たちは目的の階に向かっている。段差があるのでべったりくっついているわけではないけれど、手は未だに繋いだままだ。


 右斜め下を見れば、アリスがとてもかわいい。


 そして何よりも、にっこにこしながらデートだと口ずさむアリスがちょっと高火力すぎてまずい。私このままだと思考能力が落ちてしまう。アリスに勝てなくて、デート(デートではない)に勝てない。


 ――その思考ほんまに限界まで使いこなしたん?


 ――JK力開放+五くらいしてみろよ。


 これ以上開放したら、クール系美少女JKになってしまう。いや、もうなってたな。私は紛うことなきクール系美少女JKだった。


 まあそんなしょうもない思考はさておき。


「ここだね、目的のフロア」


「あっ……うん」


 無事にPCなどを取り扱っている階に着いた。エスカレーターを降りるときについでに手を離したら、ものすごく寂しそうな声が聞こえてきてしまった気がするが、気にしていたら動けなくなる気がするので聞こえなかったことにする。なんかものすごーく罪悪感に襲われてるけど、聞こえなかった。うん。


 さて、まずはPC本体から見ていかないといけない。設置型有線接続式魔法デバイス(PCの正式名称。何がどうなってPCと略されているのか、これがワカラナイ)はどこかなっと。


「あ、そういえば有線はちゃんと引いてるの?」


 当然ながらPC本体だけがあったところで、魔力ケーブルで接続しなければ意味がないし、そもそもネットを家に入れてなければPCなんてただの箱みたいなものだ。


「有線?」


 なんだ、けど……。この反応は。


「ネット。家に無線飛んでる? ワイファイってやつ」


「むむ? わ、わかんない、かも?」


 ま、マジか~。そこからなのか~? そこすら把握してない状態で、配信とか言い出したのかこのふわふわ~!?


「とりあえず、確認。それが最優先。もし引いてないなら契約を新しくしないといけないし、工事だってすぐにできるわけじゃないんだから」


「う、うん。ちょっとママに連絡してくるね!」


「いや別に連絡くらいここで……はぁ」


 別に確認の連絡くらいちょっとメッセージを送れば済むというのに、私の声が聞こえていないのか、スマホを取り出してお手洗い前の空間にアリスは早歩きで進んでいった。


 仕方がないのでその後ろを付いていきながら思う。私はアリスの無知っぷりを少々舐めていたのかもしれないな、と。


   §


 確認をしたところ、ネットは問題なく引いてあるらしい。マンション備え付けのやつもあれば、自腹で入れているのもあるそうだ。か、金持ち……!


 というわけで、特にネット環境周りは心配しなくて良いどころか、使おうと思えば母親からPC自体もらえるとのこと。性能は一世代前ではあるが十分だし、ネット会議用に周辺機材もそこそこ持っているらしい。これ私いらなくな~い?


 流石にキャプチャーボードなどはないとのことだが、PCでのゲームだけなら特に問題はないし、オーディオインターフェースやマイク本体にこだわる段階でもないだろう。まじで買うものないんじゃないかな。


「ん~。そしたら、今日はもう解散かな」


「えっ、ま、やだ!」


「やだ、って……だって無理に新しいもの買う必要ないでしょ」


 私はアリスがVtuberを長くやれるとは思わない。やること自体歓迎してないし、あくまでも依頼を受けたから仕事をしているに過ぎないんだ。


 親友として最低限手伝うくらいなら自分を誤魔化せるけれど、お金を節約できる機会があるのなら逃す理由なんてない。無理に出費を嵩ませたところで無駄になってしまうだけだろうからね。


 けれど、アリスから大変強い圧力のある目線が私の横顔に突き刺さりまくっている。こめかみがひりひりしてくるんだけど、なんか魔力込めたりしていらっしゃいませんかお嬢様?


「……はぁ、じゃあヘッドホンでも見に行く?」


 圧に負けてそう言うと、パァっと光り輝く笑顔をアリスが見せる。いやあの、マジで輝いてない? ちょっとまぶしいんですけど、笑顔だけで私浄化されちゃいそうなんですけど!?


「デート継続だ~!」


 デートじゃないです。


※作者による読まなくてもいい設定語り

 スマホ→携帯用無線接続式魔法デバイス。

 PC→設置型有線接続式魔法デバイス。

 西暦2023≒魔法歴2023。

 技術の発展具合はかなり近く、名称に関しては同一になる傾向がある。

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