第13話 (Vtuver)初めまして、初配信です!


 やってきてしまった初配信当日。私は朝から食事も取らずにベッドの上でイヤホンを付け、スマホを弄っていた。茜はいつも通り朝から外に出ている。前は私から逃げるために外に出ているんだと思っていたけど、ちゃんと用事があるみたいだった。


 美智から送られてきたURLをまた開く。朝から何度も何度も開いては閉じてを繰り返している。枠を立てる操作などきっとアリスは知らないのだろう。初配信がいつ始まるのかが一切わからない。


 ここにきてアリスにSNSはやらないように言ったことが響いてくる。友人間のメッセージアプリとしてのSNSはあるが、未だに既読を付けることすら出来ていない。こんな時間を過ごすのならメッセージを確認した方が明らかにいいのに、赤丸の通知があるアプリに触れることが怖い。


「なんか、私ネットストーカーみたいじゃん」


 チャンネル登録して通知をONにすれば配信が始まった時に見れる。でもまだ登録者が二人しかいない(たぶん、美智と誰か)チャンネルに登録なんてしたら誰が登録したのか予想出来てしまう。メッセージは読まないのに配信だけ見に来るとか、コソコソしてる感じしてよくないと思うんです(現在進行中でやってる)。


 もしかしたら夜にやるのかもしれない。そう思いつつまたチャンネルを開いて――Liveと表示されている真っ黒なサムネイルを見た。



   §



(Vtuver)初めまして、初配信です!

宙才エリス [チャンネル登録]


『あ、これで始まった……のかな? は、初めまして宙才てんさいエリスです。これで、テンサイって読みます』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>声、可愛い!


『わ、わ、わ。あ、ありがとうございます! えっと、冷やし鍋ラーメンさん!』


   §


 た、タイトルがあまりに下手……。


 初配信のVであることは伝わるけど、他が何一つ伝わってこない。あと括弧は丸括弧()じゃなくて隅付き括弧【】にしなよ……。


 私が描いたアバターが、マイクを通して少し変化しているアリスの声を発しながら動いている。普段の魔画とは違う感覚――きっと、本来ならもっとワクワクした光景。


 視聴者数三人。私と、美智と、誰か。この冷やし鍋ラーメンって人が美智なのかは分からないけど、事前告知もなく、なんの情報もないサムネで一人来ただけでも凄いと言える。一応チャンネルにアバターの姿はあるから、見た目で気に入ってくれたんだと思う。そう考えれば私の力と思っても良いのかもしれない。


   §


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>もっとメスガキっぽさ全開だと思ってたけど、ほわほわしててこれもいいね!


『メスガキ……? え、えっとありがとうございます。友達……じゃなくて、ママが天才に見えるようにって描いてくれました』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>そうなんだ! でも描いてくれたって言うより生んでくれたって言った方がいいかも!


『あ、ごめんなさい。ママに生んでもらいました』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>いいね! 流石天才!


『えへへ……ありがとうございます』


   §


 こいつ、美智か? どっちだ……? でも気の良いリスナーが見つけ出してくれた可能性も、あるにはあるか。人の少ない所に来るリスナーなんて悪口書き込んでるやつしか居ないと思ってたけど(偏見)、少人数しかいない俺だけが知ってる優越感を求めて彷徨ってるタイプだったか(これも偏見)。


 どうせ美智じゃないなら、中身は暇を持て余して自分に構ってくれる女探してるオッサンだろうし(偏見祭り)。


 だがコンセプトはちゃんと伝わっているようだ。


 そう、アリスのVtuberとしての姿”宙才エリス”のコンセプトはずばり――メスガキだ。


 金髪のツインテール。背丈は小さく、胸は本人とは違ってかなり小さ目。いたずらっ子のような表情に、どこか不遜な目はこちらを見下すメスガキっぽさがある。しかし、本物の天才が持つ一種のオーラを纏っていて、決して侮ってはいけない存在だと理解するしかない――そんなイメージで私は彼女を描いた。


 アリスは天才であり、自分の気持ちを隠さずに貫くわがままさがある。テンプレートなメスガキのように人を煽ったりする性格ではないが、自分が天才であることを一切の謙遜なしで誇るし、わがままとなればメスガキ成分は十分にあると言えるだろう。


 そしてそんな天才だから大丈夫、なんて言っている子がゲームが全然うまくできずにわーきゃー言っているのは面白い。リスナーが直接わからせるわけではないが、ゲームを通して間接的にワカラセが成立するから見ている側としても一種の快感があるだろう。


 人は王道に安心感を覚える。テンプレートにすら感じたとしても、彼女がどんなオチを持ってくるかが想像しやすいからリスナーとしてもコメントがしやすい。しかも本物の天才でもあるから、そのギャップがまた魅力を生む。


 我ながら良い仕事をしたと思う。これで私がネット嫌いではなく、アリスと喧嘩していなければ万々歳だったんだろうけど……。


 というか……なんていうか、何だこの気持ち。見知らぬ他人に褒められて笑っているアリスを見てるとあの時とは違う、でもどこか似ている気持ちになる。


   §


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>それでエリスちゃんはどんな事するの?


『あ、そうだ。私……じゃなかった。エリスはゲーム配信しようと思ってます。今日も準備してきたんです』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>お、いいね! 何やるの?


『この……なんて読むんだろ。FPS? ってゲームです』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>いいねいいね!


   §


「……FPS?」


 ――マズイ。これはかなりマズイぞ。


 手間取りながらゲーム画面を映すアリス。そこで表示されているゲーム名を見て絶望した。チーム制カジュアルFPSの人気作”AULG”だ。よりにもよってのゲームチョイス。


 確かにAULGは人気だ。Vtuberも良く配信しているし、FPS自体が一定の人気がある。きっとアリスはVtuberがどんなゲームを配信をしているかを勉強したんだろう。初心者が先達たちから学んで模倣していくことは決して悪いことじゃないし、むしろ常套手段だ。それは、良い。


 けれど――。


   §


『えっと、これで飛び降りるのかな? あ、出た。あれ、他の人たちも一緒に落ちるんだ』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>え


『え~と、降りたらどうすればいいんだろ。なんだろこのマーク。チームの人から?』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>エリスちゃん! とりあえず道具拾いながら走って! ここからだとゆっくりしてたらエリア外になるよ!


『あれ……』


   §


 マズイマズイマズイ。


 これ、ほぼ間違いなくアリスは事前にゲームをやってない。ただでさえアリスはゲームが致命的に下手くそ・・・・・・・・・・・・なのに、全く知識もなく操作もおぼつかない状態でチーム戦でリーダーを引いてしまった。最悪だ……!


 彼女のあまりにおぼつかない操作を見かねたのか、チームメンバーがボイスを繋いで指示を出しだした。けれどアリスはテンパっているのか何一つ上手くいっていない。コメントの方も全く読めていないのだろう。この冷やし鍋ラーメンのコメントにも何一つ反応を返せていない。それどころか無言になってきている。


   §


『わ、わ、わ、なにこれなにこれ、ダメージが!?』


コメント

・<冷やし鍋ラーメン>エリア内に逃げて!!!


『あ、待ってどこいけば。チームの人たちがいない!? あっ』


   §


 チームメイトを見失い、迷子になったまま体力がなくなってダウンするアリス。


 ……やっぱり、こうなってしまったか。


 予想はついていた。せめてアリスがボイスを繋いで初心者であることをメンバーに説明してコミュニケーションがとれていればもう少し違ったかもしれないが、テンパっているアリスは自分のボイスをONにすることすら気が付けていなかった。ひたすら何もできず、チームメンバーを不利な場所に下しただけという最悪な初プレイだ。


 これは、アリスの傷になるかも――。


   §


『――足引っ張ってんじゃねぇよザコ』


『……ぇ』


   §


 ――懸念は確信に変わる。


 ボイスを繋がずに単独プレイをしていたチームメイトの最後の一人が、アリスが離脱する直前にボイスを繋いでそう言った。アリスは言い返す時間もなくロビーに戻され、茫然とする。


「――ざっけんな!」


 思わず叫んだ。今まで何一つ手伝いもせずに、お前だって好き勝ってやってたでしょうが! 協力もせず馬鹿にすることしかできない人間のくせに、アリスを傷つけるな――ッ!


 しかし私の怒りはどこにも届かない。コメントを打つことも出来ず、ただ叫び散らすだけ。


 ショックが抜けていないのか、ただただ無言で、ロビーのBGMだけが流れる配信事故状態。コメントしてた人は必死に慰めてくれていたが、アリスは一切の反応がない。そして。


   §


『……ごめんなさい』


   §


 涙に濡れた謝罪の言葉を最後に、配信は終了した。





 彼女のVtuberデビューは、最悪だった。




※作者による読まなくてもいい設定語り

 プロット段階では喧嘩していなかったので、元に戻そうと早く仲直りさせようとしたが、主人公が思った以上にヘタレだったために発生してしまった悲しいイベントである。別に作者が趣味でついヒロインをいじめてしまったわけではない。

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