第9話 嫌うこと、嫉妬すること、荒れること、少女であること

 僅かな敗北感を残した魔法の授業を終え、現国、数学というちゃんと学生じみた授業で苦心した後はお昼休みだ。


 日本人なのに、国語が難しい……漢字ってなんで覚えにくいんだろうね。ネット小説は変換できるからって何でも漢字にするんじゃなくて、ルビを振るか平仮名にしよう。


 因みに英語と社会はもっと苦手です。数学は壊滅。馬鹿では無いから。そこは違うから。


 今は学食に来ている。軽食を貰って教室で食べることも可能だけど、何となく今日はこっちがいい。アリスも私がいなければ友達と一緒に食べるだろうし。


 うどん、ラーメン……麺の気分じゃないし、揚げ物も違うかな。カレーは匂いつくし、サンドイッチセットでいいかな。


「ふふんふーん、お昼から豚骨をキメる背徳〜」


 ポチリと押したボタンが反応し食券機が食券を吐き出した所で、聞き覚えのある声がした。顔を向ければ赤髪ポニーテールをゆらゆらさせながら歩く変態――もとい、美智である。


 傍から見れば、元気っ子な美少女。健康的に焼けた肌は溌溂さを感じさせるし、すらっとしているが決して痩せ型には見えない体型は多くの人にとって魅力的だろう。そうして外見に騙されて近づけば変態発言に度肝を抜くことになるのだ。


 そんな彼女が持つトレーの上には、紅しょうががたっぷりと乗っている豚骨ラーメンが湯気を出していた。学食でそのスタイルってマジか。


「さすがに紅ショウガ大盛りは、どうなのよ。美智」


「げっ、ユウさん」


「げ、とはご挨拶ね」


 逃げ腰全開の美智は、しかし豚骨ラーメンを持っているが故に走れない。女子高生としても、移動にしてもデバフだらけじゃない、豚骨ラーメン。


「だって頭を割るって……」


 ……言ったっけ、そんなこと。


「あー……そういえばそんなこと言ってたわね。スイカ割りの準備は進んでる?」


「墓穴――ッッッ! 圧倒的墓穴――ッッッ!」


 思い出した。こやつがアリスに要らないことを吹き込んだせいで、色々と面倒になりだしたんだった。よし、逃す手はないわね。


「じゃあ、お話を、しましょうか。み・ち・さ・ん?」


「ひぇ……」



   §



「「いただきます」」


 学食の端で私達は席を取った。陽射しが入らなくて少し薄暗いために真夏以外では不人気の場所だが、私には心地よいポジションである。周りに人も少ないから、コイツと会話している内容が漏れる可能性が低いの良い。


 知ってるかアリス、陰キャは陽の光を浴び過ぎると溶ける。


「で――そもそもなんで配信者なの? お金が欲しいのであればアルバイトなり、魔法使いの短期派遣なり請け負えば良い話じゃない。アリスに勧めるなら断然そっちでしょ」


 サンドイッチを手に取りながら改めて美智に問う。


 本日の日替わりサンドイッチはBLTサンドらしい。ふわりと抜ける甘いバターの豊かな香りと、みずみずしく食感も楽しいレタス。酸味と甘みが丁度よく、熟れすぎていないトマトに、油っこくもなく、かと言って薄味でもない存在感のベーコン。


 まとめて頬張れば、口の中で広がる旨味が脳を幸せにしてくれる。


 無難でありながらも上品な味わいがあるのは流石お嬢様だらけの学食と言ったところか。いやラーメンある時点で普通の学食か? いやいや、だがしかし、今どきのお嬢様ならラーメンでもおっけいなのかもしれないし。


 まあ、そんなことはどうでも良い。美智の返答を聞かなければ。


「いやそのぅ、そうなんですけどね、はい。その件に関しましてはユウさんのおっしゃる通りでございまして……はい。ただぁ、そのぅ、ですね、お金稼ぎのお話ではなかったと申しますか……前提にスレ違いがあったと、ワタクシとしましては認識しておりましてですね」


「その都合が悪いこと聞かれている記者会見のお偉いさんムーブ辞めなさい」


 ペコペコするな、出してもない汗をハンカチで拭くな。そして私をそのノリに巻き込むな。


「へへっ、ども、すいやせんでした」


 どこからともなく取り出した帽子を見せながら謝る美智。イラっとさせられる野球少年の三下ムーブである。


「…………マジで割るわよ?」


 私は忍耐強いクール系慎ましJKではあるが、物には限度というものがあるのだ。


「ユウさん! 待って! お慈悲を!」


「ならチャキチャキと吐きなさい。どうして配信者なんてネットキャバクラをアリスに教えたの」


「いや流石にそれは偏見が過ぎると思うんですけど……確かにお金貰って話し相手になってるっていう意味じゃ似てるのかもしれないっすけど、求めているところが違うと思いますし。活動してる人にもファンの人にも失礼っすよ……というか、ユウさんってネット嫌いだったんすね。語録とか通じるからこっち側だと勝手に思ってました」


 ……知らないわよ。私が嫌いだから、嫌いなの。失礼だとか言われたって変えられないんだから、いちいちそんなこと言わないでよ。なんでみんなネットなんか好きになるんだ。意味がわからない。イライラしてくる。


「うるさい。話、そらさないでくれる? 大体友人との会話の中で見知らぬ他人への気遣いとか知ったことじゃないわよ」


「それ、知らない内にその話し相手の友人を傷つけるから止めといた方がいいっすよ」


「――――」


「あと、すみません。どうしてそういうことをアリスさんに伝えたかに関しては言えないっす。約束があるので」


「……そう。そうなんだ」


 魔法使いにとって約束というものは重い。ならば、これ以上問い詰めることは出来ない。でも共通の友人であるはずなのに、私には明かしてくれないという事実が私の胸に小さなトゲを刺す。


「えっと〜、悪いことでは無いと思います……っすよ?」


「……何が」


「アリスさんが隠してることっす。別にユウさんのことが嫌いだから隠してるとか、そういうんじゃないんで」


「……わかってるわよ」


 美智が私のことを励まそうしていることだってわかる。たぶん、すごく嫌な人間になっていた私に優しくしてくれる彼女が、面と向かってはっきりと忠告をしてくれるような彼女が、私を傷つけようと内緒にしているんじゃないって、それくらい予想だって付く。


 アリスだって一つや二つ隠し事はあるだろう。例え親友にだって言えないことはある。私だってアリスに何もかも話してきたわけじゃないし、今後も話せないことだってあるだろう。


 でもじゃあ、なんで美智には話したの?


「………………いやになるわね」


「ユウさん……」


 自分の嫉妬深さに嫌気が差す。多分、私の方が可笑しいんだ。


 みんな当たり前のようにネットを楽しんでいるし、友達に多少隠し事をされても気にしないんだろう。結局私なんかに居場所なんてない。


 ……やめだ。こんなこと、考えてたって仕方ないじゃない。


「ねぇ、美智の魔法研究ってどんななの」


「へ? あぁ、えっと。話したこと無かったすかね〜。拙者、感度三千倍にする魔法を研究しているでござる」


 あえて話題を切り替えたことを美智も察したのか、テンションを変えて私の話に乗ってくれる――がしかし、コイツなんて言った???


「お前正気か?」


「無論」


 うーん、ダメだこれは、何とかしなければ。


「ネタでも何でもないっすよ? 感度が良くなれば色んなイイコトあるんすから」


「だとしても三千倍はネタでしょ」


「それはそうっすね。そこまで行くとさすがに感覚バグりそうなんで……って、あ~、一応確認しておくんすけど、もしかしてこの手のネタもNGでした?」


「別に、人並み程度に大丈夫よ。ネット語録だって好きに使えばいいわ」


 変態じゃなくてネットかぶれでもない美智なんて、違和感が凄くて鳥肌が立ちそうだし。


「……にひひ、そういうとこ、好きっすよ」


 うるさいな!



※作者による読まなくてもいい設定語り

 キャラクターに対してある程度テーマを持たせていたりする。

 ユウの場合「不安定」や「矛盾」といったものが当てはまる。

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