第2話 記憶消去魔術

 記憶消去魔術。読んで字の如く、使用対象の記憶の一部を消去する事が出来る魔術。


 消せる記憶量は直近一時間程度の記憶のみ。力加減次第で実際に消す記憶量は調節出来るが、一時間以上を遡ることは出来ない。


 加えて、連続で同じ相手に使用したとしてもそれ以上の記憶を消すこと(一時間分消した後に再度使用して一時間分、実質二時間分消すとか)も出来ない。


 等々、色々と制限が多い魔術でハッキリ言って対人に使う魔術としては下の下だ。副作用で対象の昏倒を引き起こせはするが、わざわざこの魔術を使わなくてもそれは出来る。


 しかしこの魔術は第二種禁止魔術の一つ、いわゆる禁術に分類されている。制限は多くとも人の記憶に干渉する魔術は倫理的、道義的な観点からどうなんだという理由からだ。


 もし使ったのがここらへんに詳しいヤツにバレ、しかるべき場所にチクられたら一発で処刑を喰らってもおかしくない。


 だがまあ、色々と便利な魔術だ。使った事がバレるリスクも少ない。もし使用の現場を見られたのならいいのだから。


 俺は何をしてでも自分の夢を叶える。隠し子とはいえ王族の記憶を消去するのだって、必要であればな。




 ☆




「そうですか……私、早速迷惑をかけてしまったんですね……」


 場所は変わって各自に割り振られた宿内の部屋の中。


 王族にも関わらず俺含む他の面々と国が用意した筈の部屋のグレードが特に変わらない事からガチでヘレンが軽く見られているのを実感しつつ、俺は落ち込んだ様子のヘレンに相槌を打つ。


「慣れない馬車の揺れが御身体に障ったのでしょう。仕方の無い事です」


 記憶の消去での解決は万能じゃない。ヘレンの認識では馬車での道中からいきなりここまで記憶が飛んだような感覚を感じているだろう。


 そこのカバーは必須。今回は馬車の揺れで気分を悪くし気絶するように眠ったという体で行く。


「私以外の面々も露程も気にしていませんので、どうぞお気になさらず」


「そ、そうですか……?」


 この嘘はヘレン専用だ。この後、他のヤツらに謝罪でもされたら一瞬でボロが出る。だから王族らしくふんぞり返ってもらうのが一番好都合な訳なんだが。


「ええ。王族たる御身こそが最優先事項です」


「……止めてください。私はこれっぽっちも偉くなんかないんです」


 これだよ。権力者ポジションに居るようなヤツがこういう事言い出すとダルイんだよな。


 魔術研究の前には身分差も年齢差も無いとかなんとか言ってた教授に対して、馬鹿正直に砕けた態度で話しかけて除籍されたバカが居たのを思い出す。権力ってのは怖いんだよ。


「いえ、王族は王族です。その御身は尊ぶべき――」


「お願いします。私の事を特別扱いするのは、止めてください……」


 ヘレンは項垂れながらどこまでも卑屈な態度を崩さない。


 クソ。ここまで言われてしまったのであれば、今から俺は選ばなければならないだろう。


 王族である事を尊重しヘレンの意向を無視するか、受け入れるか。


「……分かりました」


 少し考えた後、俺は答えを出した。


「ではこうしましょう」





 ☆





「提案がある。この旅中の間、俺達が持つ立場や身分は無い物としたい」


 宿内のとある一室。解散していた面々を招集し、テーブルを前に座らせた上で俺はそう言い放った。


「恐らく旅は長丁場になる。戦闘が発生する機会もあるだろう。それを踏まえるとコミュニケーションを阻害するような気後れは出来るだけ取り除きたい」


 俺の答えは、ヘレンの望みにもっともらしい理由を付けメンバー全員での規則にしてしまう事。王族相手に俺だけリスクを背負うなんてのがあってたまるか。


「はい!私もそれに賛成します!」


 すかさずヘレンが手を挙げ提案に賛同してきた。これは打ち合わせ通り。


「あの、私は王族として皆さんに敬われるような人間じゃないんです……あ、だから賛成です!」


 これを相変わらず王族の意向として捉えるか、馬鹿正直に言葉通り捉えるかはそれぞれだ。


 リスティアは落ち着かない様子で、ミカエルは手を組み何事かを思案している。黒づくめに関してはそもそも席に座らず、壁に寄り掛かり俺達を静観している。


「良いのではないでしょうか」


 思考を終えたのかミカエルはにこやかな笑顔を浮かべた。相変わらず何を考えているのか掴めない表情だ。


「ウィンザー殿の意見には十分な理がありますし、ヘレン様までそう仰るであれば断る理由はありませんね」


「ほ、本当ですか?」


「ええ。それぞれの立場はあれど私達は同じ使命を背負った者同士……という事ですね」


「はい!」


 色々と腹の底は見えないがミカエルは肯定的。


「リスティア、アンタもそれで構わないな」


「っ、あ、ああ。問題無い」


 どこかホッとした様子でリスティアは頷いた。ここに集合する前にコイツにもこの提案の話は通してある。


 そもそもこのバカが原因でヘレンの記憶を弄るハメになったのだが、もしコイツがヘレンに謝罪でもしようとすれば全部終わりだ。


 ヘレンからすればそれは記憶にない出来事に対する謝罪、一瞬で話が食い違う。

 だからリスティアには。


『ヘレン様はお前の失態を無かった事にしたいようだ。自分とお前が原因で仲間の輪を乱したくないとな。分かるか?ヘレン様への謝罪は不要だ。これ以上のミスを重ねるな。……ヘレン様の厚意を無駄にするなよ』


 こんな風に釘を刺しておいた。ヘレンが何事も無かったかのように話しているのはただただ忘れているだけなんだが、コイツの目には俺の言葉通りの光景に映っているだろう。とりあえずはこれでコイツが余計な事を言うのは防げる。



 そしてもう一人、黒づくめは意見を挟むつもりが無い。他の三人もそれは理解しているらしい。


「決まりだな。では改めて自己紹介をした後、今後の――」


「魔獣だッ!魔獣が入って来たぞッ!」


 話を進めようとしたその瞬間、外から物騒な声が聞こえてきた。そして何かが壊れるような音がそれに続く。


「ただ事ではないようですね」


「魔獣?ここは王都から間近だぞ」


「どっ、どうしましょうか?」


 反応はそれぞれだった。


 ミカエルはそれまで変わらない調子。リスティアは疑問を浮かべながらも一変した表情で身構え、ヘレンは上ずった声で俺達に問う。黒づくめは既にこの場から消えていた。


「各自戦闘準備を整えるぞ。――俺達で対処するべきだ」


 丁度良い。この機会にコイツらの能力を確認させてもらおう。

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