ギャルと連絡先交換

 早朝の風はとても気持ちが良い。

 清々しいほどの微風。

 春の終わりを告げる前の風だ。


 一瞬で通り過ぎる街並みの先――鎌倉高等学校が見えてきた。


 さすがにバイクともなると、早すぎたくらいだ。

 校門こそ開いているが、生徒は一切見かけない。



「誰もいないね、春風さん」

「わたしも、こんな時間帯に来るの初めてだよ。でも、たまにはいいじゃん」


 そんな微笑まれてはな。


 ……って、笑うところ初めて見たかも。


 いつもクールで表情を崩したことないのにな。どういう風の吹き回しだ?


 気になりつつも、俺と春風さんは校内へ。

 三年の教室に辿り着いて扉を開けた。


 生徒は誰もいない。早すぎたんだ。


 でもいい。春風さんと二人きりの時間を僅かでも過ごせるのなら、それはラッキーだ。


 俺は窓際の一番後ろの席へ。

 隣はもちろん、春風さんだ。


 椅子に腰かけ、俺はなんとなく昨日見たニュースの話題を振った。



「そういえば、昨日のニュースで暴走族の抗争があったとか報道されていたね」

「そんなこともあったね」

「ん? まるで見てきたみたいな口ぶり」

「生徒会長には関係ないよ。そんなことより、今日も付き合ってもらうよ」


 今日もっていうか、もう今朝から拉致られているけどね。

 でも正直、悪い気はしない。

 新鮮味さえある。


 今までバイクに興味がなかったけど、俺も乗ってみたいと思えてきた。だから、断らなかった。



「分かったよ。いつでも声を掛けてくれ」

「それなら良かった。でも、一応ということもある」


 そう良いながら春風さんは、スマホを取り出した。

 なんだかド派手な装飾がなされたスマホケースだなぁ。キラキラしている。


 それを俺に向ける。



「ん? スマホ?」

「連絡先を交換して」


「……え? 連絡先? 誰の?」


「生徒会長に決まってるでしょ。いつでも拉致れるようにしたいの」



 あー…、そういうこと。


 ――って、えぇッ!?


 春風さんと連絡先交換だってぇ!?


 そんな風にお願いされるとか想定外。俺はここ一ヶ月で一番ビックリした。というか、女子から連絡先を求められたのは、人生でこれが初めてだ。



「いいけど、俺でいいのか。誰かに勘違いとかされない?」

「大丈夫。誰にも文句は言わせないし。言ったら、ボコるし」

「そ……そこまで言うのなら。メッセージアプリでいい?」

「うん。それでいい」



 無料通話・メッセージアプリ『スカイライン』は、リアルにメッセージのやりとりが可能だ。スタンプとか絵文字を送り合ったり、なにかと便利だ。


 しかし、俺の送る相手なんて精々家族くらいしかいなかった。


 だが、ついにギャルの春風さんが追加されるという事態になった。これは素直に嬉しいな。


 登録を済ませ、これで通話や会話が可能になった。

 俺は試しにスタンプを送った。



「どうだい?」

「ばっちり。これで電話もメッセージも送れるね」

「いつでも連絡してくれ」

「ありがとう、生徒会長」


 バイクに乗ったウサギのスタンプが送られてきた。なんだこれ。グラサンかけていてガラが悪いな。おまけにクギバッドも持っているし、なんて暴力的なウサギだよ。


 連絡先の交換を終えると、他の生徒が登校してきた。


 二人きりの時間もこれでおしまいか。残念。


 だけど、春風さんは足を組んで俺の方を見ていた。ふとももまぶしいな。


 その瞳は俺の姿だけを映し出しているような――。


「春風さん……」

「……」


 あれ、なぜか前を向いた。

 頬がちょっと赤いような。

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