第4話 転生後


 神を名乗る少年と別れた全一は眩しい光に包まれたと思った瞬間、産婆にとりあげられて、無事に異世界へと転生することができた。


「……生まれたか、よし属性鑑定を急がせよ! このレイクウッド家の第二子がどのような色を見せてくれるのか楽しみだ!」

 抱き上げられてどんなところだろうと思った全一の耳に興奮交じりの男の声がした。


 どうやら貴族の男性がすぐに産婆とメイドに指示をしていた。

 おそらく彼がこの世界での全一の父親のようだ。


 産湯に浸かり、身体を綺麗に洗われたこの世界の赤ん坊は生まれてすぐに属性鑑定が行われる。

 用意された水晶玉に触れることで、その者が持つ属性を色で表すのだ。


「さあ、早く触れさせるのだ!」

 手慣れた産婆が赤ん坊の全一をやさしく抱きかかえ、水晶玉に手を触れさせていく。


「っ──なっ、なんだこの色は!?」

 息を飲みながら驚いた全一の父親のその目には、真っ黒な水晶玉が映っている。

  

「あ、あぁ、なんてことなの!」

 ベッド上で上半身を起こしている女性、恐らく全一の今世での母親であるが、汗だくで疲れ切った表情をした彼女は口元に手をあてて大きなショックを受けていた。


(これは……あまりよくない状況のようだな)

 この反応を見る限り状況が芳しくないことは世界観を知らない全一でもすぐに察することができた。


 結果が出てからというもの、なにやら大人たちが不穏な話し合いをしているのが耳に入って来ていたからだ。


「──おい、あれはどういうことだ! なぜ我が家に黒が生まれるのだ!」

 納得がいかないと男性は怒りに満ちた声で怒鳴り散らしていた。


「あ、あなた……そんなことが……!」

 信じられないものを見たかのようにか細く怯えるような、悲しむ声。

 出産を終えたばかりで疲れ切っているはずの母は口元を押さえて、酷いショックからか青い顔をしている。


「まさか、我が家に……魔族が生まれてしまうとは!!」

 信じられないものを前にしたような父の怒鳴り声と同時に、外で大きな雷が一つ轟いた。

 天気の悪い日だとは言われていたが、まるで彼の怒りがそのまま雷となって表れているようだった。


「あなた……うぅ、ごめんなさい……!」

 魔族を生んでしまったと思っている母は申し訳なさから涙を流している。


(魔族? 俺って魔族なのか?)

 動かないながらもなんとか視線を動かして、自分の身体を視界にいれようとする。

 一瞬だけ見えるが、それはどう見ても普通の人間の色合いにしか見えなかった。


 赤ん坊ならではのぷくぷくとした肌色の素肌。

 髪はわからないが、手や足に力をいれても異常はなさそうだった。


「あなた、どうすればいいの!?」

 悲痛に泣き叫びそうになる気持ちを抱えた母は困惑して、夫に尋ねる。


「うむ………………」

 硬い顔をした父は腕を組んでしばらく考え込む。


 時間にしてみれば数秒程度ではあったが、母にはそれがまるで何時間も経過したかのように長く感じられる。


「──この子は産まれなかったことにする」

「えっ……!?」

 まさかの提案に、さすがに母も驚いてしまう。


「もちろん殺すというわけではない。私には弟がいるのだ。家を出て商人をやっているのだが、あいつにこの子を任せよう。ちょうどいいことにあちらの夫婦には長年、子ができてないという。厄介者を押しつけるにはちょうどいい。人のいいあいつならきっと、断ることはないはずだ!」

 既に父の中でこの案をとおすことは決まっているため、顔を引くつかせながらも自分自身を、そして周りを納得できる条件を絞り出して列挙していく。


「そうね! 私たちにはレオがいるもの! 死産になったことにすれば……えぇ、名案だわ!」

 黒の魔力を持つものを生んでしまったというショックで正気でなかった母親は、全一より先に生まれていた子を抱きしめて生まれたばかりの全一を見ようともしない。

 きっと夫の提案なら間違いない、と強く信じている。


 殺すことは憚られる。

 しかし、秘密裡に養子に出して死産ということにすれば、一部の人間に口止めをすればばれることもない。


 こうして、全一はこちらの世界で名前をつけられることもなく、即座に布にくるまれると籠に押し込まれ、そのまま叔父の元へと養子に出されることになってしまった。


(地球で運が悪くなかったか? と聞かれたけど、今のほうが不運じゃないか!!)

 赤ん坊の彼には抵抗することはできない。


 そしてそんな思いすらもちろん口にできるはずもなく、ただただ泣き声となって部屋に響いていた。


 結局彼はそのまま両親から愛を受けることなく、秘密裏に貴族家から追い出されたのだった。

 泣きつかれた全一はいつのまにか寝てしまったようで、嵐の中、馬車にしばらく揺られて運び出された。


 話は夜のうちにすぐ叔父夫婦へと届く。


 叩き起こされたにもかかわらず、叔父夫婦は父の目論見通り子どもがいなかったことで、二つ返事で全一を養子として受け入れてくれた。

 もちろん、彼の水晶玉の結果を知ったうえで、家に迎え入れている。


 全一が次に目を覚ました時、明るい日の光に一瞬驚いたが、それよりも優しい顔立ちをした夫婦らしき男女が彼に笑いかけているのが視界に飛び込んできた。


「ああ、目を覚ましたみたいだ! なんてかわいい子なんだろう……そうだ、名前をつけてやらないと」

「えぇ! すごく可愛くて利発そうな子だから、素敵な名前をつけてあげましょう!」

 目を覚ました全一を見て嬉しそうに慈愛に満ちた表情で全一を優しく抱き上げる女性。

 そして我が子可愛さに顔を緩めている男性は仲睦まじい様子だ。


「(よかった……! 殺されずに生きててよかったっ……!!)」

「あらあら、もう怖いことはなにもありませんからね。大丈夫ですよ」

 生まれなかったことにする──といわれ、新しい人生がどうなることかと不安に思っていた全一は泣き声を上げるが、女性は元気な様子に目を細め、頬を寄せて優しい声音で抱きしめた。


 彼らは、本当の両親の分もこの子に愛情を注ごうと決めており、全一のことを心から受け入れているのが雰囲気から伝わってきていた。


「昨日はひどい雷だったから怖かったのかもしれないが、今日は見事な晴天だ! あぁ、ならば──カイル、なんていうのはどうだ? 古代語で太陽、という意味なんだが……」

 いいことを思いついたように笑った男性は、そういって妻と全一の顔をうかがうように提案する。


 どうやら叔父は読書家であり、多くの本を読んでいたため、このような言葉も知識として持っていた。


「ええ、あなた、すばらしい名前だわ! えぇ、カイル。うふふっ、カイル」

 ぱあっと花が咲いたように頷いた彼女が愛しさを込めて何度も優しく名前を呼ぶと、自分が心から受け入れられたのを感じてうれしい気持ちになったカイルはキャッキャと笑って返していく。


(この二人は、すごく俺のことを愛してくれている)

 心の底から愛されることがこんなに幸せなのかと実感したカイルも自然と笑顔になっていた。

 

 三人で仲良く笑いあっている姿は本当の親子のようだった。


「コホン……あー、私がお父さんだぞ。一応自己紹介をしておくか。名前はデミオ=フレイフィールド、商人をしているんだ」

 念願の子どもを迎えられた感動と緊張からか、デミオはそれをごまかすようにかしこまった様子でカイルに挨拶をしていく。


 眼鏡をかけた優しい顔立ちで、兄よりもやや薄いオレンジ色の髪を後ろで結わえている彼はカイルのことを殊更大事に想っているように見える。

 子どもという存在に慣れていないようだが、それでも自分から関わっていこうとしている。


「うふふっ、そんな風に他人行儀に自己紹介してもわかるはずがないじゃありませんか……あら? わかっているの? 賢い子ね」

 じーっと二人を見ながら大人しくしているカイルが頷いているように見えた彼女は、偶然だったとしてもいいと優しく笑いかける。


「ふふ、私の名前はクレア=フレイフィールド、あなたのお母さんですよ」

 ほんわかとした優しい微笑みを浮かべるクレアは穏やかな雰囲気を纏っている。


 彼女は茶色の髪を編み込み交じりでゆるく右に寄せて下で緩く結わえている。

 歳も二十三歳と若く、十代といっても差し支えないほどの若さを保っていた。


「ふふっ、カイルは本当にとても可愛いですね。見てください、ほっぺがぷにぷにです」

 楽しそうに笑うクレアは抱きかかえながら、カイルの頬を軽くつついてみる。


「きゃっきゃ!」

 それに対して、カイルは好意的な反応を示す。


 中身は木山全一、二十五歳ではあるものの、身体は0歳時カイル=フレイフィールドである。

 そのため、母からの愛情を持ったコミュニケーションを受けて反射的に笑顔で反応していた。


 こうして全一はカイル=フレイフィールドとして第二の人生をデミオとクレアという優しい夫婦のもとで始めることになった──。 






 それから五年が経過。


「ほら、カイル。行きますよ」

 外着に着替えたクレアが優しく声をかけてくる。

 彼女の時間もあれから同じく五年が経過しているはずだったが、カイルが来た時と同じ若さを保っている。


「うん、母さん。今行くよ」

 元気よく返事をしたカイルは美しい銀髪が、太陽の光をキラキラと反射させている。


 同年齢の他の子と同じように優しい両親のもと心から愛されながら大事にそだてられ、心身ともに健康に成長していた。

 本当の父よりも、デミオに似た優しい顔立ちなのは家庭環境が大きな要因であると思われる。


「さあ、二人とも。そろそろ海辺の街アーラスへと出発だ」

 先に馬車に乗りこんでいるデミオが笑顔で声をかけてくる。

 今日は年に数度行われる家族旅行の日であり、いつものように護衛の騎士を二人連れて出かけていた。


「エルさん、マックスさん、よろしくお願いします」

 カイルが声をかけると、騎士たちはニコリと笑いながら手をあげて馬車の前方と後方に配置してくれる。


「お任せ下さい!」

「みなさんの安全は我々がお守りします!」

 普段からカイルの家に従事している二人は、カイルのことを大事な家族と思っていた。


 家のことは執事長に任せ、いつものように出発し、ただただ旅行を楽しむ──出発した時は、そんないつもの旅だと誰もが思っていた……。


 去年までは近隣の別の街まで旅行に行ったが、カイルが五歳になったことで少し遠出をしようということになった。


 これにはカイルも喜び、海の街アーラスへ向かうことを楽しみにしていた。


 しかし、その想いは道中で覆されることになってしまう……。


「っ──父さん、馬車を停めて!」

 嫌な気配を感じ取ったカイルはいきなり大きな声を出して制止を促す。


 それはアーラスへ向かう道中にある森の中を半分ほど進んだところだった。


「ちょ、ちょっと止まってくれ!」

 何事かと思いながらも、カイルの真剣な表情にデミオが慌てて御者に声をかける。

 理由は不明ではあるものの、息子が必死の形相で言うからにはただごとではないと感じとっていた。


 この家に来た時から賢い子だと思っているデミオは、ただわがままでカイルが馬車を急停止させたわけではないと信じているからだ。


「どうしたんだ?」

「カイル? どうかしましたか? まだ森は抜けていませんよ……?」

 真剣な顔のデミオが真意を問いただし、不安そうにカイルの顔を覗き込むクレアもなぜこのような場所で停まったのか疑問に思っていた。


「この先、魔物がかなりの数いるみたいだ……」

 警戒するような顔で身構えたカイルはそっと馬車の扉を開けて外を見ていた。


 それに合わせて、デミオとクレアも一気に周囲への警戒を強め、静かに馬車から顔を出して前方に意識を集中させてみる。


 すると、まだ距離はかなりあるようだったが、確かにかすかではあるが魔物の声が聞こえてきた。


「……あ、危なかったな。このまま進んでいれば、魔物と遭遇するところだったな」

「カイル、よく気づいてくれましたね。ありがとうございます」

 危険を回避できたと思った二人はホッとして、礼を言いながら笑う。

 カイルが魔物を回避するために停まらせたと考えている。


 しかし、危険を回避したはずのこの状況で、いまだにカイルは険しい表情で前方に視線を送り続けている。

 まるでなにが起こっているのかが見えているようだった。

 

 よく気配をたどってみると魔物の声だけでなく、人の声も混じっているようだとカイルは気づいた。


「っ……父さん、母さん、この先で誰かが魔物たちに襲われているみたいだ。助けないと!」

 何かに気づいたカイルはそんな風に言うと、危険を顧みず馬車から飛び出そうとする。


「待ちなさい! 急に何を言い出すんだ、魔物がいるのならカイルも危ないだろうっ」

「そ、そうです。あなたは子どもなのだから……それに、大量の魔物がいるとなればエルとマックスでも対応するのは難しいでしょう……」

 焦った様子のデミオは慌ててカイルを引き留めようとし、クレアは悲しそうな表情で現実を口にする。


「……大丈夫だよ。僕だったらきっと止められるから」

 

 ここまで大切に育ててくれた両親のいうことだとしても、カイルは引かなかった。

 そして、確信を持った表情で再度馬車を降りようとしている。


「待ちなさい、カイル!」

 普段わがままを言うことのないカイルに戸惑いながら、咎めるようにデミオが再度止めようと手を伸ばそうとするが、今度は手がなにかにぶつかってカイルに届かないことにハッと驚かされる。


「──父さん、母さん、黙っていてごめんね。僕、本当はもう魔法が使えるんだ」

 内緒にしていたことを申し訳なさそうに、困ったような笑みを浮かべたカイルと、困惑にくれるデミオたちの間には薄い風の障壁ができあがっていた。


「こ、これは風の……」


 生まれてすぐに判定されたカイルの属性は闇だと思われていた。

 一人が持ちうる属性は基本的に一つ。ゆえに風を持っているとは知らなかったデミオは呆然としていた。


「とにかく僕は行くよ。父さんたちはここで待っていて。エル、もう少し前方まで僕を送って下さい!」

 振り切るようにカイルは外にでると、護衛のエルに馬にのせて送ってくれるように話す。


「い、いや、しかしカイル様。それはデミオ様の許可が……」

 頼まれたエルは困惑した表情でチラリとデミオの顔色を窺う。


 彼にとっての主人はデミオであり、主人の意見が最も尊重すべきものである。

 もちろん、そんな危険な場所に息子を向かわせるわけにはいかないため、デミオは無言で首を横に振った。


「そっか……なら仕方ないよね」

 この言葉を聞いて、誰もがカイルが諦めたと判断する。


「ごめんね、エルさん──風弾」

 一瞬力を抜いたあと、すぐに手をエルへと向けて風の魔法を放つ。

 もちろん攻撃の意志はなく、ただエルを馬上から落とすためのものであった。


「わ、わあああ!」

 あまりに突然のことであったため、エルはなすすべなく落とされてしまう。


「……うえっ?」

 しかし、落下した先で予想していた痛みを感じなかったため、変な声が出てしまった。

 そこにはいつの間にかカイルが創り出した風のクッションが用意されていた。


「連れて行ってくれないなら、僕一人で行くことにするよ。僕には困っている人を放っておくことなんてできないから!」


 カイルは全一として生きていた人生でも本当の両親に捨てられるという運命をたどっている。

 だがようやく産まれるべきだった世界に生まれ、これまであきらめてきたものをあきらめなくてもいいのだとデミオたちに心から愛されて育った。


 そんなカイルには全一だったころから持っている他者を心から思いやる気持ちとカイルとして生まれ直して身に着けた助けるための力があった。

 だからこそ自分にできるすべてをもって、これから死の運命に飲み込まれようとしている、この先にいる誰かを救いたいと考えていた。


 いつも、両親の言うことを素直に聞いているカイルが、これほどまでに自分の意志を貫いている姿にデミオとクレアは驚いている。


「それじゃ馬くん、お願いします」

「ヒヒーン!」

 そうして、カイルは魔物に襲われて困っているであろう人たちのもとへと急いで飛び出していったのだった──。

 



 魔法を色でとらえる仕組みのある世界に生まれ直し、闇属性の魔族が持つ色──黒を持って生まれたカイル。

 闇属性だと思われていた彼がわずか五歳で風魔法を自在に操る、その訳。

 優しい両親に支えられて幸せいっぱいに異世界生活を楽しむカイルの先に待つ運命とは──。



―――――――――――――――――――――――


【あとがき】

原作の漫画は隔週『火曜日』に【異世界ヤンジャン様】にて更新されます。


詳細は下記近況ノートで!

https://kakuyomu.jp/users/katanakaji/news/16817330650935748777


※注意

こちらの内容は小説限定部分も含まれております。

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