【異世界ヤンジャン連載】世界に一人、全属性魔法の使い手

かたなかじ

第1話 はじまり


 木山全一、二十五歳はいわゆるブラックと呼ばれる企業に勤めている成人男性だ。

 

 高卒で働き始めて、七年目。

 連日徹夜でやっても舞い込む仕事は確かにきつかったが、基本給はそれなりによかったことが唯一の救いだ。

 趣味もなく、安アパート暮らしであるため貯金だけはたまっていく。


 家族を大事に想っている全一は一定額貯金がたまったら、なにがなんでも有給申請を通して両親を旅行に連れて行こうと決めていた。


 そして、抱えている仕事がひと段落したところで上司へと有給申請を持っていった──。



「やった、やったあああ! 休める、休めるぞおおお!」

 全一の強い意志と徹夜続きでギラギラした真っ赤な目に恐れおののいた上司は、頬を引くつかせながら彼の申請を許可する以外の選択肢をもっていなかった。


 いつぶりかわからないほど久々の休みがとれたことと、徹夜明けのテンションがあいまって、誰が見てもご機嫌だとわかるほどに全一は喜んでいる。


 普段はしないようなスキップまでしているため、これから出勤するサラリーマンや、登校中の学生たちは奇妙なものを見る視線を送っていた。

 だが完全に舞い上がっている全一はそれに気づかずに家路を急いだ。



「──は……?」

 しかし、全一はそんな喜びの絶頂から地獄へと突き落とされる事態に陥ることとなる。


「な、なんでこんなことに……」

 数日ぶりに家に帰ると、玄関の扉が開け放たれており、嫌な予感に飛び込むと部屋が荒らされていた。


 あちこちに物が散乱し、畳には靴のあとがついて、乱雑に開け放たれたタンスの引き出しは全て空いている。


 無防備だといわれかねないが、預金通帳をハンコと一緒に置いていたため、そっくりセットで持っていかれている。

 それ以外にも父からもらった時計、母に買ってもらった外出用のメガネまでとられてしまった。


「ここ最近、このあたりを荒らしている空き巣がいるらしくてさぁ、他の部屋もやられたみたいよ。ほんと、災難だったわねえ」

 そんな声をかけてきたのは、隣の部屋に住む噂好きのおばさんである。

 心配してくれているのかもしれないが、どこか非日常を目の当たりにして興奮しているようにも見えた。


「そう、なんですか…………ちょっと、頭、冷やしてきます……」


 連日の徹夜仕事による疲労、大事な物を盗まれたショック、両親を喜ばせられない現実。

その三つによって心が崩壊寸前になってしまった全一は、荒れ果てた部屋を後にし、通報する気も起きずにふらふらと歩き始めた。


「そ、そう? 気をつけていってらっしゃいね」

 彼の様子に戸惑いながらも、他人事のようにおばさんはそう声をかけて自分の部屋へと戻っていく。


 生気が抜けてふらふら歩く全一の様子は、まるで亡霊のように見えた。

 すれ違う、これから一日を始めている人々とは対照的な全一。

 周りの人たちは忙しい朝の時間帯に差し掛かっているのか、力なく歩く全一に目もくれない。


(思い返すと、いいことなんてない人生だったなあ……兄貴ばっか優遇されて、大学の金出してもらえないから高卒で働くことになったし。入った会社もそれこそブラックってやつで……まあ、仕事は楽しいけどさ。でも、連日帰れなかったせいで泥棒に気づくのも遅れて……)


 本来だったら、警察や銀行に連絡したりなどの対処をするべきではあったが、そんなことを考えられるほどの余裕がなくなっていた。


「あれ……?」

 そんな時にふと前を見た全一の視界に入ってきたのは、小学生ほどの子どもの姿だった。


 何で子供が一人でいるんだ? とも思ったが、登校時間であるこの時間帯なら不思議でもないのかとぼーっと考える。


 しかし、おかしなことに気づいてしまう。


(小学生なら、ランドセルは? なんで手ぶらなんだ? それにそっちは……)


「っ……おい、おいおいおい!」

 歩道から道路へと差し掛かってもその子どもは歩みを止めない。そこは横断歩道もない場所で交通量もそこそこある。


 周りには通勤中の大人の姿も、登校中の高校生の姿もあった。

 普通、小学生くらいの子供が危なげに歩いていたら誰かが気に留めそうなのにもかかわらず、誰一人としてその子どもを助ける行動はもちろん、気づいてすらいない様子だ。


「ばっ──なんで!!」

 焦りに突き動かされるように、全一は疲れた身体に鞭打って走り出す。


 彼の性質は一言で言って、善。


 とにかく人当たりの良い人間であり、学生時代には誰もやりたがらないボランティアに自ら参加することも珍しくなかった。

 家族からはあまり良い扱いを受けなかったが、それでも家族は大事にしたいとも考えていた。

 してあげることで何かが返ってくることを期待しているわけでもないのに、彼は人に尽くすタイプだった。


 そんな彼が、目の前で事故にあいそうになっている子どもを見捨てるなどという選択肢をとるわけがない。


「まに、あえ──ッ!」

 ただひたすら必死になって走る。交通量の多い道に飛び出す自分のことなどなにも考えていない。

 とにかく子どもを助けたいという一心だけが彼を突き動かしていた。


「あぶっないぞ!」

 子どもが変な方向へ動かないように、必死に手を伸ばして全一は大きく声をかける。


「……えっ?」

 その目論見は成功して、男の子は振り返った。


 二人の目と目が合う。互いに見ているということがわかる。

 その瞬間、時が止まったのかと思うほど、全一はその子供の姿に見入った。


(なんだ、この子は……?)

 男の子の目は金色に輝いているように見えた。普通の子どもとはどこか違うような感覚がよぎる。


 周囲の人間が誰一人としてこの子どもに意識が向いていないのも、考えてみればおかしなことである。


 そんな考えが浮かぶものの、すぐにハッと我に返った全一はそのことよりも今は助けることを優先する。


「まに、あった! ……ッ」

 車がぶつかろうかという瞬間、全一は子どもを抱き寄せ、衝突から庇うように身をかがめながら目を閉じた。


「──まさか、僕のことが見えていただなんてね……」

 嬉しそうな、少し困ったかのような子供の声を聞いたところで、全一は身体に強い衝撃を受けてそこでぷつりと意識が完全に途絶えた。

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