カウントレス・フィクショナルバレット

Cosmic Dark Age 0.4



 H遠心第三分類、〈高円寺藍アウイン〉。

 再試験を開始します。


 

 短い警告音ののちに、金属製の筒からボールが射出される。H遠心能力の受験者は、自分めがけて飛んで来る球状のオブジェクトを遠心能力で弾くか、あるいは空中で制止させる。いずれにせよ、受験者の身体に当たらなければ試験は継続され、当たってしまった時点で試験終了――スコアに応じて判定が下される。

造成create――干渉波Visionary架空飾Hoody

 らんの言葉で、無数の黒羽が舞い上がる。その一つ一つが刃のように鋭く、艶やかで美しい。そんな黒曜石にも似た羽は、漆黒の銀河でも生み出さんとするように、らんに引き寄せられては、パーカーを形成した。

 射出される第一分類CategoryⅠ疑似弾矢Fictional-bulletらんはそれを難なく空中で制止させると、何をするでもなく、退屈そうにただポケットに手を突っ込んだ。続いて射出される第二分類CategoryⅡ疑似弾矢Fictional-bullet。射出される質量、数量、速度はともに倍増する。多くのH遠心能力者は、一つのオブジェクトを空中で制止させる――すなわちオブジェクトに働く運動エネルギーと遠心力を均衡させる――ことは出来るものの、それが二つ三つとなると苦しくなる。したがって、多くの受験者は、疑似弾矢を遠心能力で弾き飛ばすことでクリアする。だが、らんは虚ろな瞳のまま、自らに襲い掛かる飛翔物を五つ六つと宙に制止させ続ける。やがて、運動エネルギーを殺された疑似弾矢が音をたて転がる。


 ―― H遠心第三分類、〈高円寺藍アウイン〉……S合格。

 ――第四分類CategoryⅣ疑似弾矢Fictional-bullet、射出。


「――なんだ。思ったより軽いな」

 顔先七センチ。四方から迫りくる疑似弾矢を、ギリギリまで引き付けては制止させる。そして、疑似弾矢が持つ運動エネルギーの死に際に、ふっと息を吹きかけてはトドめを差す。らんは遊んでいた。それでいて退屈そうだった。防護窓の外側から再試験を見守る教官たちは、「やはりインチキしていたか」と第三分類の文字を消して、第四分類のチェック項目に印を入れる。

『しかし、別人みたいだな』

『それにあの干渉波Visionary架空飾Hoody……。あの色は……』

『〈ダスクDusk〉……。やはり血は争えないか』

 教官たちの隣で試験の様子を見守っていたすみれは、彼らの目の色の変化に悪寒が走った。生徒を見守る目ではない。貴重な実験動物を見つけた。そんな目をしていた。さあ、君の可能性を見せてくれ。〈ダスクDusk〉が残した遺伝子の覚醒。英雄の復活祭だ!!

「もう……。もういいよ、らん。やめよ……。もう、真面目にやってなんて言わない。だから……いつもみたいにヘラヘラ笑ってよ」


 ――第五分類CategoryⅤ疑似弾矢Fictional-bullet、射出。


「――くだらない」

 らんは笑わない。笑ってよだって? 冗談じゃない。顔を見たくないと言ったのは君だろう? だからボクはもう笑わない。どこにも行かないで。置いて行かないで。知ったことではない。好きにすればいい、どっか行っちゃえと言ったのは君の方だ。さよなら、大好きな人。いままでありがとう。心のなかでそう言って、らんは静かに瞳を閉じる。


 ――第六分類CategoryⅥ疑似弾矢Fictional-bullet、射出。


 目を開ける必要性は無かった。どこから飛んで来ようと、H遠心は水平方向三六〇度に影響を及ぼす。第六程度の試験オブジェクトなら弾くなんて造作もない。むしろ、全力で弾き飛ばせば壁に穴が空いてしまう。だから飛翔物の運動エネルギーを遠心力で吸ってやる。やり方は簡単。小さい頃にやったみたいに、すっぽ抜けないように水風船を振り回す。……なるほど、その程度のことがボクに課せられた卒業試験らしい。


 ――第七分類CategoryⅦ疑似弾矢Fictional-bullet、射出。


 八方向から迫る弾丸の雨。

 らん欠伸あくびを一つ。


 ――第八分類CategoryⅧ疑似弾矢Fictional-bullet、射出。


 ほんとつまらないよ。 


 ――第九分類CategoryⅨ疑似弾矢Fictional-bullet、射出。

 

 茶番だな。


 ――分類限界Countless疑似弾矢Fictional-bullet発射ファイア


 らんの周囲だけ時が止まる。最後は疑似弾矢と呼称するには無理があった。迫りくるのは正真正銘の実弾。垂直方向を除く全方向から放たれた6.8×43mm SPC弾は、らんによって金属製の壁に変えられてしまった。転がり落ちる弾丸の音。らんを殺す気か。そう叫ぼうとしたすみれが防護窓の向こう側に見つけたのは、フードを脱いで退屈そうに頭を掻く少女。もうそこに、すみれが知る妹の姿は無かった。


 ―― H遠心分類限界、〈高円寺藍アウイン〉、測定不能。


「……誰?」

 闇に沈んだ黒曜石の双眸。そこには、何も映っていなかった。第十分類――それは、もはや人の形をした神。全ての真理に至った、超越的な存在。遠心力が強くて良いことなどない。架空飾パーカーによって、恐怖と畏怖によって人を遠ざけるだけだ。もし、いいことがあるのだとすれば――

「――人間やめたし、世界でも滅ぼすか」






 距離にして二十メートル。

 そこに自分と同じ顔をした神が一柱。

 無限にも思える壁が隔てられていた。



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