死神のマリアージュ

桜木エレナ

第1話 入学式で、9年ぶりに再会

「ホントに大丈夫か?」

「たぶん」


父さんとにらみ合うこと、およそ二秒で決着がついた。

今回も、娘には甘い私の勝ち。


「まー!そろそろ学校行く時間ギリー!」という、いとこの忍の声が聞こえる。

忍がそこまで言うってことは、本当に行く時間が迫ってるのだろう。


「父さんも来てくれるんでしょ」

「もちろん!こうなったらおまえがイヤっつっても俺が連れてってやる!」

「・・ありがと」


私は、父さんから母さんのほうへ向きを変えると「行ってきます」と言った。

「真希。俺たちの愛娘は今日から高校生だ。成長早いなぁ」

いくら父さんや私が話しかけても、写真の母さんは、私たちに微笑んだままだった。

けれど天国にいるであろう母さんは喜んでいるはずだ。

たぶん・・・きっと。








父さんは「入学式に出る」という私の意志を尊重して、一緒に行く(一応親や保護者も入学式には出席するから)と覚悟を決めたはずなのに。

車に乗ってからも父さんは、運転しながら「ホントに大丈夫か」と聞いてくる。

これで何度目だろ、「大丈夫」と答えたのは。

その前に「たぶん」をつけてるけど。


でも父さんが心配するのも良く分かる。

というのも、私は人混みが苦手で、人が多く集まる場所にいると、気疲れしたり、人混み酔いする体質だから。

それはおそらく、持って生まれた霊力(神谷家では霊感のことを「霊力」と言う)の高さが起因していて、私の場合、父さんみたいにオーラからその人の記憶が読めることもなければ、同居している叔父さんたちみたく、他人の思考も読めない。

だからもちろん、テレパシー(念話)もできない。


私の場合、他人の気や念を受けやすい「受信機体質」の気が強く出ているそうだ。

そのために、人が多い場所に長くいると、気分が悪くなったり、高レベルでグッタリと疲れる。

ひどいときには倒れてしまう。


慶葉の初等部(小学校)に通い始めてから、気分が悪くなる回数が「さらに」増した私を見かねた父さんは、父さんのいとこにあたる、頼人らいと大伯父さん(神谷家の中でも霊力がトップクラスに高くて強い)に視てもらった。


『雅希ちゃんは、常に気のアンテナが立っているような状態だから、周辺にいる人たちの気や念を、その分常に、その都度、受け取ってしまっているのでしょう。それでは気疲れするのも当然ですよ』


それ以来、私は頼人大伯父さんに、自分の気をコントロールしたり、制御する方法を教えてもらい始めた。私が6歳のときの話だ。


そのおかげで私は、1か所に30人まで集まる場所なら平然としてられるようになり、50人以上なら「どうにか」持ち応えることができるようになった。

100人以上だと、時と場合と私自身のコンディション次第によって、結果はまちまち・・いや、気分が悪くなる(人混み酔いする)確率のほうが、今も高い。


そして今日は高等部の入学式。

だから父さんは、私が「また」、気分が悪くなるんじゃないかと心配してるのだ。

それこそ「実は気が気じゃない」レベルで。

というのも分かってるんだけど・・・。


「入学式と卒業式は気の種類が違うから」

「卒業は別れ。だから悲しい、寂しい気が多いのに対して、入学式は喜びの気に満ちている。新たな始まりや、出会いの期待ってのもあるしな」


期待と同時に「不安」も入り混じってることは、お互いに分かってる。

けど父さんと私は、あえて口には出さなかった。


「だから吐くまでには至らないと思う」


そう。

中等部の卒業式、例によって私は生徒たちから発せられる「別れる悲しさの気」に酔った私は、隣に座ってた忍にゲロしてしまったという、「黒い歴史」の持ち主だ。

吐かれた忍は「気にしてないぜ~」と言って、普段どおりにあっけらかんとしてたけど(もちろん制服はすぐ洗って、それ以降忍は、父親の栄二叔父さんが持ってきていた体操服に着替えてた)、忍の制服のボタンというような「卒業記念品」をもらいたがってた女子たちから、ものすごく敵意に満ちた視線を受けまくった私は、吐いた後、とうとう気絶してしまった。


確かに、あのときは迷惑かけたよね、私。

それでも入学式は出ても大丈夫だと思う。

出席する生徒は卒業式より少ないし(それでも100人は集まるけど)、式の時間もそれほど長くかからないと、理事長のめい大伯母さん(頼人大伯父さんの妻)から聞いてるし。

入学式で気分は悪くなっても倒れたことは一度もないし、まして吐いたこともない。

吐いたのは中等部卒業式のときだけだ。

それに今回、他人の気を受け取り過ぎないよう、同時に他人からの受ける念を、できる限りブロックするため、水晶のブレスレットをつけている。

浄化対策は万全、準備は万端。


だから大丈夫、大事には至らないはずだという、一応根拠のある自信が、私にはあった。

それなのに・・・・・・。


「まー。まー?大丈夫か?」

「う、うん。だいじょうぶ・・・」と言いながら、実際のところ、私の気分はすこぶる悪い。


入学式の間は全然大丈夫だったのに、式が終わって教室に向かっているときから、だんだん気分が悪くなってきた。

人混みに酔った?

いや、それだけじゃないみたい。


「あの人だよっ。ほら、卒業式でゲロッたっていう・・・」

「あぁ、あの有名な・・・」

「しかも“私の”神谷くんに向かって吐くとか!」

「絶対ありえないよねぇ」

「私たちの忍くんにあんな汚いことするなんて。マジで許せない、あの女!」


「あの人が神谷さん?いつ見ても神秘的な美人ねぇ」

「スタイル抜群だし。足とか細くて長っ!」


「神谷さんっていっつもムスッとしてるし口数少なくて陰気で。なんか、いるだけで残念な女」

「そおか?神谷って、アイドルみたいにカワイイじゃん。しかも中等部のときからめっちゃイイ体してるし!」

「“イイ体”って。おまえ、あいつとやったことあるのか?」

「残念ながらない。まだ。でも俺は、あいつに俺の“初めて”を捧げるって決めてんだ!その代わり、俺はあいつの“初めて以降”をガンガン受け取るってことで」

「もうここまで来ると、救いようのないどアホとしか言いようがないな」


「あのデッカイちち!」

「たまんねぇ!見るだけで俺は“癒される”わ~」

「“そそられる”の間違いじゃね?」

「エロ」「キモ~」

「大体、神谷くんも神谷くんだよ。いくらいとこだからって、あの女に寛容過ぎだし優し過ぎるぅ!でもそこがまた、神谷くんのステキなところなんだけど」


慶葉けいよう学園は大学(一部の生徒のみ)までエスカレーター式だから(もちろん中学や高校から編入することもできる)、初等部から生徒のメンバーは、ほぼ変わらない。

だから中等部卒業式で、私が忍にゲロってしまったことは、ここにいるほぼ全員――およそ生徒の9割――が知っている。

高等部の入学式では、私の予想どおり吐かなかったけど、一度でも作ってしまった過去の黒歴史は、そう簡単に消えやしないし、みんな忘れようともしない。

それを作った人が、特に同性には疎まれている場合はなおさらだ。


私の黒い歴史を掘り返したり、あることないことウワサしたり。

人を“お気に入りの”おもちゃか道具のように、ヤラシイ目つきでチラチラ見る。

周囲から、そんな想念や視線を受けるたびに、私の気分はどんどん悪くなっていく。

頭もズキズキ痛みだした。


もうダメだ。耐えられそうにない。

私、倒れそう。いや、倒れる。今、すぐ・・・。


薄れていく意識の中で、私は「まーちゃん!」という低い声が聞こえるほうへと、自然に体が倒れていた。


あれ?今「まーちゃん」って聞こえた。


私のことを「まーちゃん」と呼ぶのは、一人だけしか知らない。

でもその子はこんなに低い声じゃなかったはず。

それに引っ越して疎遠になって、ずっと・・9年は会ってない。


「俺に寄りかかって」

「え、あの、ごめ・・・だ、誰」

「トイレ行く?それとも保健室に行く?」

「・・・ほけんしつ」

「了解」

「え?あ、ちょっと・・・!」

「忍くんは頼雅さんを呼んできて!」

「オッケー!まーのことよろしく頼むっ!」

「あ、りが、と・・・」


初めて見る顔・・・のはず。

おそらく高等部から慶葉に編入した「入試組」なのだろう。

ということは・・この男子、頭いい。


そしてこの人は、私と同じ列にいた。

ということは、私と同じ、特進クラスの男子生徒なのだろう。

てことは、やっぱり頭いいんだ・・・。


その男子生徒は、私を軽々と姫抱っこすると、列を抜け出して保健室のほうへ歩き出した。


「ぁの・・」

いくらこんなに近くても、声が聞こえてないかもしれないと思った私は、男子の注意を引くために、私の顔近くにある、制服のネクタイをギュッと引っぱってみた。

それもあまり力が入らなかったけど、気づいてくれたようだ。良かった・・・。


彼は私に「なに?まーちゃん」と答えながら前を見たまま、一定のテンポを保って歩き続ける。

力、あるんだ。体力と筋力のバランスがとても良く取れてる感じ・・。

それに必要以上に揺れなくて快適だ。

この人なら私を落っことしたり、きつくてもうこれ以上は無理・・ってことはないと確信できる安定さがある。

だから寝ても安心・・・あ、その前に、言っておかないと。

確認もしておきたい。だから呼んだのに。


「保健室、どこか分かるの」

「分かるよ。学園案内のパンフレットに地図が載ってたから」

「そ、か・・。えっと、じゃあ男子保健室に行ってくれるかな。私の叔父が校医で・・・」

あらたさんだよね?今は高等部の校医なのか」

「うん」と返事をしながら、私は確信した。


やっぱりこの男子生徒は・・・。


「もしかしてあなたは、魁界人さきがけかいと、くん?」

「うんっ、そうだよまーちゃん!」と言った界人くんが、ここで立ち止まった。


「こんな形だけど。久しぶり、まーちゃん」と言った界人くんの声は、とても嬉しそうな響きがあって、私を見ている顔は、実際、ニコッと微笑んでいるのが分かる。

そして界人くんは、安定したリズムを保ちながら、再び歩き出した。


「うん」

「まーちゃんとまた会えて、ホント嬉しい」

「界人くん、かなり変わったね、見た目が。最初見たとき誰か分かんなかった」

「さっき“誰“って言ったよな?」

「ホントに分かんなかったから。でも“まーちゃん”で、もしかして・・と思った。背、伸びたね。私よりも高くなってるし、声も低くなってる」

「そりゃあ9年の間に俺も成長するって。今も成長期だし」

「私はこれ以上伸びないみたい」と私が言ったとき、界人くんがまた立ち止まった。


いつの間にか男子保健室に着いている。

他に「患者」がいなければいいんだけど・・・。


界人くんは、私を姫抱っこしたままで器用にノックしてから、男子保健室のドアを開けた。

「失礼しますー。えっと・・急患です」

「どうぞお入りなさいませ~。話はここにいる頼雅パパから聞いてるよー」と新叔父さんが言ったとおり、すでに父さんは男子保健室ここに来ていた。


忍はもう、父さんに連絡してくれたのか。

思ったより早かったな。


「そこのおまえ。俺の娘を返せ」

「父さん。倒れかけた私を運んでくれた界人くんを脅さない。それから界人くんをにらむのも止めて」

「俺は脅してないしにらんでない。これが父さんの“地”だ。“素”でもいいが・・・」

「まあまあとにかく。そこの運び屋カイトくん」

「はい」

「まずは、雅希ちゃんをここに寝かせて」

「あ、はいっ。じゃあまーちゃん、ここに降ろすよ」


そう言うと、界人くんはそっと、私をベッドに座らせてくれた。

その手つきはまるで、壊れやすくて脆い、繊細な物を扱うかのように、とても優しくて。

私をベッドに寝かせてくれたときには、一瞬、自分がとても・・・大切な存在なのだという錯覚を抱いてしまったくらいだった。


でも「はい、どうもありがとう」と言った父さんの声で、私は我に返ったというか、現実に引き戻された気がした。


さっきから父さんが界人くんに取ってるぶしつけで失礼な態度は何?

まるで私から邪魔者を排除するみたいな・・・大人気なさ過ぎ。


それにさっきの言いかたは、まるで「これでおまえの役目は終わりだ」とでも言ってるみたいだったし。

でも・・・私を保健室まで運んでくれた時点で、確かに界人くんの役目は終わったと言える。

現に界人くんは、私たちに一礼すると「じゃあ俺は教室に行きます」と言った。


「おぅ。じゃあな」

「界人くん、どうもありがとう」

「どういたしまして。また後で・・」

「忍が来るんだよな」

「来るって言ったの?」

「言わなくても来るだろ」

「そう」

「俺も一緒に来ます。忍くんとも同じクラスになったから」

「あ、そう。じゃあ“たぶん後”でな」

「はい。まーちゃん、お大事に」

「うん」


保健室を去る界人くんの後ろ姿を見ながら、私は思った。

父さんも界人くんのことは知ってるのに、なんで父さんは界人くんを敵対視するのか。

それに「おまえ」呼ばわりしてるし。ヘンなの。


「雅希、これ飲んどけ」

「あ、うん。ありがと」


もしものときは、家で飲むお水に、ひとつまみの塩を入れて飲む。

自宅で使っているお水はとても清らかなので、霊力高い人が飲むと浄化作用が働く。

それにお清め効果のある天然塩を加えると、効果はさらに増える。


神谷家ではいつも、この神聖なお水を飲み、塩もこれしか使わない。

忍や私、とにかく神谷の子どもたちは、学校にもこのお水と塩を持って行く。

けど今日は入学式で、式が終わればすぐ帰宅するから、お水は持ってこなかった。


「やっぱり気分悪くなったじゃねえか」

「式の間は大丈夫だった」

「どうした。念、受け過ぎたか?」

「そんなところ・・・あ。石にヒビ入ってる。これ波動がキレイで気に入ってたのに」

「うわ。こりゃすごいな。それは外しておけ。浄化の気がなくなってるぞ。父さんが持っといてやるから」

「ありがと。それで今、気づいたんだけど。浄化の塩を持ってくるの忘れてた」

「マジか!水は忘れても塩だけは忘れんなっていつも言ってるだろ?」

「ごめん・・」

「ほら。これ持っとけ」

「父さんは大丈夫なの?」

「新から分けてもらうから大丈夫だ」

「やっと俺再登場!?てか雅希ちゃーん、なんか思ったより元気そうで。何よりだったね」

「うん。たぶん石と界人くんのおかげ」

「ほう?」「“界人くん”ねぇ?」


そう。

私にとって界人くんは、なんというか、「浄化」の作用が働く“気がする”人、なのだ。

一緒に遊んでいた4歳から6歳のころからずっと、界人くんと一緒にいても、界人くんから雑念や悪い気を受け取ることは、一切なかった。

むしろ私が気分が悪くなったとき、界人くんと一緒にいると、早く快方に向かう。

9年経ってもその「威力」は衰えてないようで、倒れそうなくらい気分が悪くて、割れそうなくらい頭痛かったのに、界人くんが男子保健室へ運んでくれた間に、私の症状はかなり良くなっていた。

それでいて、界人くん自身は一向に平気で、平然としているのも相変わらず。

だから界人くんはとても強い男の子だと、いつも思っていた。


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