ユージ、一日帰省編

第1話 「2年ぶりの実家」

 車で片道3時間。

 これが、実家までの距離だ。



 当日になるまで、事前に連絡するべきか、迷った。

 いつ行くか言っておかなければ、迷惑になるだろうし、母さんも陽菜ひなも出掛けている可能性だってあるから。


 だけど、それ以上に自信がなかった。


(僕は、本当に実家に行けるんだろうか)


 いざ顔を出して、邪険にされたら……と考えるだけで、気分が沈んでいく。


 特に、妹の陽菜には歓迎される気がしない。

 受験勉強中で神経がすり減ってるだろうし、家を出る時、「私にはもう構わないで」とも言われてしまったし……。

 今すぐ帰れと言われてもおかしくない。


 事前に連絡すれば猛反対されて、そもそも行けなくなる可能性だってあるのだ。



 悩みに悩んだ末、僕は連絡しないまま実家に向かった。


 運転を始めたら、ネガティブな妄想をすることはなかった。

 怖気づいてUターンすることもなく、

 寄り道することもなく、

 行きづらかったはずの実家に、なんなく辿り着くことが出来た。


(まあ、本番はここからなんだけど……)


 遠慮がちにインターホンを鳴らす。


『はい、どちら様でしょうか?』


 懐かしい声。

 母のものだ。


「あの、母さん。僕……だよ、僕。

 ええっと、僕っていうのは僕で__」


 変に緊張してしまって、言葉が上手くまとまらない。

 ワタワタしていると、プツリと切れてしまった。


 オレオレ詐欺ならぬ、ボクボク詐欺だと思われたのかもしれない。


 慌てて、再度インターホンを鳴らそうとすると__


 ガチャッ


 玄関のドアが開いた。


「雪路っ! どうしたの、突然」


 出迎えてくれたのは母さんだ。

 身につけている薄いピンクのエプロンは、妹が母の日に贈った物。

 懐かしいな。


 ……母さん、ちょっと小さくなった?


「ごめん、事前に連絡できなくて」

「とりあえず、入りなさいな」

「うん」


 母さんに促されるまま、家に足を踏み入れる。

 久しぶりに来たような感覚だ。

 もう、何十年も時間が経ったような……。

 たった2年、帰ってこなかっただけなのに。


 ……いや、2年も帰っていなかったと言った方がいいか。


「陽菜、お兄ちゃんが帰ってきたよー!」


 2階に向けて母さんが叫ぶ。

 これも懐かしい。

 毎朝、1階から大きな声で呼ばれて起きるんだ。

 おかげで、僕はただの1度も遅刻したことがない。


 しばらくして、ドタドタと大きな音が聞こえてくる。


「お母さん! お兄ちゃんが帰ってきたってほんと!?」


 階段から降りてきた陽菜と、目が合う。


 大きな目が零れそうなほど見開かれたかと思うと、陽菜は僕に向かって一直線に走り始めた。


「お兄ちゃん!」

「ぐえっ」


 凄いタックルだ。

 よろめきながらも、何とか受け止める。


 倒れるわけにはいかないのだ。

 陽菜の身体に障るといけないから。


「そんなにはしゃいで、大丈夫なのか?」

「うん、私もう元気だから!」


 真偽を確かめるため、母さんに視線を送る。


 頷いた。

 なら、本当に大丈夫なんだろう。


 目を細める。

 ……あれから、順調に強くなったんだな。


 陽菜は生まれつき、身体が弱かった。

 すぐに熱を出してしまうせいで、中学生まで行事には参加出来なかったくらいだ。


 幸いにも、僕が家を出る前から体調は落ち着いてきていたけど……まだ、いつ高熱を出してもおかしくないような、そんな状態だった。


 実家を離れてからも、ずっと陽菜のことが気になってたんだけど……そうか、安定したのか。


「お兄ちゃん、こっち座りなよ!」

「うん」


 陽菜に手を引っ張られ、ソファに座る。

 ベージュのソファは変わっていない。


 っていうか、陽菜が僕のことを歓迎してくれている。

 嫌われてると思ってたんだけど……まあ、嫌われてないのなら、よかった。


 「お昼ご飯は食べてきたの?」と、母さんが言う。


「いや、まだだよ」

「なら雪路の分も作るね」

「ありがとう。……ごめんね、急に押し掛けて」


 そう言うと、肩をバシッと叩かれた。


「何言ってんの。あんたは家族なんだから、いつでも帰ってきなさいな」


 母さんは優しく微笑んだ。


「そうだよ! ずっと家にいたっていいだからね!」


 陽菜が続く。

 弾けるような笑顔だ。


「家族……」


 そう呟いて、陽菜に視線をやる。


 こうして見ると、目元が母さんに似てるなぁ。

 鼻の感じは父さんに似てる。

 ……僕とも、よく似てる。



 そうか。

 僕らは、家族なんだ。

 ……僕の居場所は、最初からここにあったんだ。


 1人暮らしをしてから、ずっと、ここには帰っちゃいけないと思ってた。

 母さんはパートと家事、父さんは海外出張、陽菜は受験勉強と家事の手伝いで、みんな忙しい。


 だから、僕に構っている暇はないのだと、たいして役に立たない僕は必要ないのだと、そう思ってた。


「……おかしいな」


 涙が溢れてくる。

 2年前と変わらないところや、変わったところを見て、嬉しいはずなのに。

 自分の居場所を見つけられて、幸せでたまらないはずなのに。


 拭っても拭っても、涙が止まらない。


「お兄ちゃん、大丈夫……?」


 陽菜が心配そうに顔を覗き込んでくる。

 そこには、2年間も帰らなかった兄を気にかけてくれる、優しい妹の姿があった。


 僕を見た母さんが、「あら」と目を見開いた。

 それから、ゆっくりと優しい微笑を浮かべて言った。


「おかえりなさい、雪路」


 視界がぼやけて、すぐに母さんの表情が分からなくなる。


 陽菜にとって僕は、お兄ちゃんで。

 両親にとって僕は、我が子なのだ。

 忙しくて構っていられないとか、役に立たないだとか、そういうことで僕の存在価値は変わらない。


 家族っていうのは、無償の愛を与え合えるんだ。

 生きているだけで、互いを想える。

 それが、家族なんだ。





 ……よかった。

 死ななくて、本当によかった。


「ただいま」


 僕は、満面の笑みをたたえて言った。





 こうして僕は、2年の時を経て実家にのだった。



✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼••┈┈••✼



次回 2023年1月17日18:00

第2話 「陽菜の苦悩」



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