第9章 狙われる石松

 ネット社会の功罪でもある。石松が失踪した時、情報を求めるためにSNSで呼びかけていたことで、石松が交通事故に遭い、その瞬間忽然と消えてしまい、戻ってきたと思ったら、事故の後遺症もなく以前よりも増して活発に走り回っていることから、どこの病院で治療を受けたのか?本当に石松?など、色々な憶測話がネット上では飛び交っていたのだ。

 幸にも、石松がタイムスリップしたこと、新型コロナで30年後に人類が滅亡の危機になること、また彼が未来で高度な医療を受けたことは、関係者だけの機密事項としてあるので漏れてはいなかったが、石松の体内には今の時代には存在しないはずの高度な技術が埋まっているので、万が一また事故にでも遭ったり、石松が捕獲されるようなことがあったりすれば、第三者の目に触れてしまい、機密事項が公になってしまうという危険性はあった。

 そのため、石松にもそのことは十分自覚してもらい、念のために彼が散歩するときは武闘派の舎弟猫で脇を固めてもらうようにしていた。


 アクコム先進医療研究所の岩川研吾は医学部を出て研究員として入社したものの、大した業績を上げられずに今は営業をさせられていた。その日は、新たに開発されたAIによる診断支援機能付きの電子カルテシステムのデモソフトをもって、タムラ動物病院を訪れていた。院長室に通された時、たまたまモニターに映し出していた石松の人工関節のレントゲン写真を見てしまう。流石に専門家は見逃すことはなかった。彼は多村の目を盗んでしっかりと写真を盗み撮りし、その上で質問をした。


「多村先生、この写真は・・・。何か次世代の治療法でも御研究なさっているのですか。多くの人工関節を診ていますが、このような精巧な出来栄えは見たことありませんし、レントゲンの微妙な不透過性は既存の金属ではないような気がするのですが、当たりですか。」


「ああ、これかい、よくわかったね、私が未来を意識して作ったCGだよ。

 よくできているだろ。はははー。」


 すぐに多村は動揺を見せないように誤魔化したが、岩川はプロである、最後まで疑いのまなざしが消えることはなかった。

 彼は事務所に帰り隠し撮りしたレントゲン写真をじっくりと見ながら、人工関節に関する文献について医療情報解析ソフトを駆使して検索したが、何ら納得のできるものは得られなかった。それでもあの画像がCGであるとは100%は信じていなかった。

 そこで彼は当然違法行為と分かってはいたが、自社の電子カルテを使用しているタムラ動物病院のシステムから何らかの情報が盗めないかと考え、遠隔操作でログインし、遂にレントゲン画像はCGではなく石松のもので、特殊な材料を使い人工関節の置換手術を受けていたことをつきとめてしまう。しかも飼い主は松原優希であるという情報も。

 これで岩川のたくらみは一層広がっていき、石松を何とか捕獲し、実際に彼から人工関節を取り出し、大きな仕事に結びつけようと考えたのだ。

 彼の計画では、散歩中の石松を捕獲するのは困難と考え、石松が家にいる時、しかも松原家の住人が不在の時間を見計らい侵入し、捕獲することだった。下見調査で周辺の防犯カメラの位置と、家が警備会社のSAKOMで24時間監視されていることを確認したうえで、庭のリビングの窓を割って開錠し、侵入して石松の捕獲まですべて10分で終える計画であった。

 彼は闇サイトで2人の共犯者を集め行動に移すことになる。決行は松原家の住民が外出したことを確認してから石松が室内にいることを確認しなければならないが、石松はよく2階の優希の部屋の出窓から外を眺めたり、昼寝することが多かったので、彼らはそれを確認してから行動に移した。

 彼らが庭に侵入しリビングの窓の開錠に取り掛かった時、想定外のことが起きた。周辺で24時間警戒していた石松の舎弟猫2頭が彼らに襲い掛かった。それによって彼らはかなりの手傷を負うことになる。

 舎弟猫らの咆哮や物音で異変に気付いた石松は出窓から庭先を見下ろし状況を確認し、万が一侵入された場合の態勢を整えた。そして、ベッド下の人が入り込めない隙間に身を潜めた。

 彼らはようやく室内に侵入したものの、年取ったとはいえ百戦錬磨の石松をそう簡単に捕まえることはできなかった。手間取っている間にSAKOMが駆けつけて、すぐに不法侵入罪で捕まることとなる。その後、タムラ動物病院へのハッキングでも罪を問われることになった。

 優希や多村らは石松が間一髪のところで助かったことに一先ず安堵したが、彼のセキュリティをさらに強化する必要があると決心せざるを得ない事件であった。

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