第三章 召喚阻止編

第39話 「主人公」召喚を阻止せよ!

「……陛下、お待ちください。──その召喚、中止出来ませんか?」


「……何?」


 全てを射抜くような王の視線を受けながら、リラは立ち上がった。


 足が震え、手は冷え切り、早鐘を打つ心臓の鼓動が思考を鈍らせる。

 ──落ち着いて、落ち着いて、考えなくては……。


「……神から、天啓を受けました。『黒き聖女』召喚は、災いを呼びます」


「ほう。──災いとは?」


「お告げは、『災い』としか……」


 過去、サクラによって死に追いやられた人々は数えきれないが、ループによって誰が死ぬかは変わってくる。

 それに前回までと状況が変わっている現在、過去と同じようにサクラが動くとも限らない。


 間違ったことを「天啓」と言えば、リラの首が飛ぶばかりでなく、神の信用を落とすことにもなりかねないだろう。

 

「……質問、してもよろしいでしょうか」


 王がゆっくり瞬きをするのを承諾と捉え、リラは続ける。

 

「そもそも、なぜ召喚の儀が行われるのですか?」


「……ヨハン、説明してやれ」


「ハッ!……先の大地震で、王国中に魔獣が大量発生しているのはご存知ですよね?」


 ヨハンの言葉に、リラは黙って頷いた。

 三月に起こった大地震の影響で、王国の各地に魔獣の被害が出ているということは、以前アレクから聞いていた。

 

 領地内で対処出来ないものには王立騎士団が派遣されているため、見習いのエドまで大忙しとなっているらしい。


「魔獣の各個体は、それほど強力なものではないのですが……。とにかく、数が多いのです。特に魔境の森では、倒しても倒しても、無限に魔獣が湧いてくるという話です」


「無限に魔獣が……」


 魔獣が無尽蔵に湧いてくる──これは、アメジスト領のジーフ山で起きた事態と同じだ。

 あの時は、大鹿のような魔獣が聖石の力で浄化され、ピタリと発生が止んだというが……。


「王国の歴史では、このような事態になった時、異世界から『黒き聖女』を召喚してきました。その膨大な魔力で、魔獣を討伐していただくためです」


 ヨハンは軽く咳払いをし、リラを見つめながら続ける。


「今回ライラック様を含めることで、強力な魔術師10名が集まるため、召喚条件を満たす形となりました。魔獣討伐後の国力強化の為にも、『黒き聖女』が必要だという判断です」


 自分の魔力が仇となった結果に、リラは唇を強く噛み締めた。

 

 前回までは「少し魔力の強い」程度の子供だったため、もちろん召喚の儀に声はかからなかった。

 魔石作りは密かに行っていたが、あくまで「趣味」程度で、家族以外に知られることはなかったのだ。


 召喚の儀には、10人の強力な魔術師が必要となる。リラが数に含まれなかった前回までは、人員探しにもう少し時間がかかっていただろう。

 皮肉にも自分の存在が、サクラの召喚を早めることになってしまったのだ。


 王は頬杖をつき、もう片方の手で髭を撫でながら言った。


「召喚の儀を取り止めたいと言うのならば、『災い』などという根拠を示すが良い。加えて、魔獣を倒す別の方法を考えるのだな。──聖女。お前が魔境の森に乗り込んで、森全体を浄化してくれるとでも言うのか?」


「それは!危険です!」


「発言を許した覚えはないぞ、ノワール。……それか、お前でも良いのだぞ。『血の契約』の力の見せ所ではないか?」


 王は真紅の目でノアを威圧しながら、口の端を僅かに上げた。


 他国との戦争に駆り出され虐殺を強要されるノアの姿を思い出し、リラはゾッとして声を絞り出す。

 

「……少しだけ!少しだけ、お時間をいただけませんか?災いを生む根拠と、魔獣への対策を考えて参ります」


「……召喚の儀は、一ヶ月後の予定だ。それまでに根拠と対策が用意出来れば、延期してやっても良い。出来なければ、儀式は予定通り執り行う」


「……ご厚情感謝申し上げます、陛下」


 リラは再び跪き、深く首を垂れた。


 

・・・・・・・・・・・・・・・


 

「……リラ、リラ!」


 謁見室から足早に立ち去るリラの肩を、追いかけてきたノアが掴んだ。


「ねえ、大丈夫?顔色が真っ青だよ」


 額に触れようとした手を振り払い、リラは伏し目がちに呟いた。


「時間がありません。何としても、儀式を止めなければ……私は図書館に、」


 言いかけた所でグラリと体が傾き、地に触れそうになった所をノアが慌てて受け止める。抱き起こしたリラの顔には血の気がなく、体中が汗で冷え切っていた。


「ちょっと、無理しないで!……テディに言われてたんだ。教皇庁で魔力をかなり使ったから、リラのこと気をつけて見ていてって」


「私なら、大丈夫です。とにかく早く、黒き聖女のことを調べないと……」


 ノアが止めるのも厭わず、リラは力の入らない体を何とか動かそうとする。

 

「落ち着いてってば!リラらしくないよ、図書館は元気になってから出直せば……」


「駄目です!もう……もう私の大切な人たちを、失いたくはないんです!!」


 召喚の儀の話を聞いてから、リラの頭には過去のループの記憶が次々に蘇っていた。

 

 大切な人達を腕の中で看取ったことが、何度あったか。変わり果てた色の無い身体を、何度見送ったか。

 

 魔力が枯渇しぼんやりとする頭では、それが過去の記憶なのか、今起こっている現実なのか、判断がつかなくなっていた。


 リラは両目からボロボロと涙をこぼしながら、ノアの腕に縋る。


「行かないでください、ノア様……その戦地で、貴方は……」


「……リラ、僕はここにいる。どこにも行かないよ」


 呆然とするリラの身体を、ノアの腕が包み込んだ。

 肌に触れた部分から、温かい体温が伝わってくる。ドクン、ドクンと力強く鼓動する心臓の音を聞いているうちに、次第に気持ちが落ち着いていった。


「……先見の力で、何かを見たんだね。黒き聖女が召喚されると、僕らは死んでしまうの?」


 リラはぼんやりと腕に抱かれたまま、こくりと頷いた。ノアが生き抜いたループもあるが、大半は戦地や国内で亡くなっていた。


「……わかった。でもリラ、それはまだ起こった事じゃない。未来は変えられるはずだよ」


 両の手のひらに頬を挟まれ、ノアと目線が合わさる。真紅の瞳は吸い込まれるように深く赤く、底の見えない力を湛えていた。


「僕も手伝うから。一人じゃない、大丈夫だよ」


 ノアはリラの額にキスをして、そのまま頭を抱えて優しく撫で始めた。


 ・・・・・

 

 接触によって魔力が補給されているのだと分かったのは、それからしばらく経ってのことだった。

 だんだんと我を取り戻して状況を理解すると、体が固まり顔に血が昇ってくるのを感じる。


 ──大泣きして取り乱した挙句、子供みたいにキスされて、ハグされて、撫でられてます……!!いくらなんでも、恥ずかしすぎます……!!


「ノ、ノア……ごめんなさい、落ち着きました……」


「え?よく聞こえないな、まだ魔力が足りないんじゃない?もう少しこのまま……」


 両手で弱々しくノアの体を押し退けると、僅かに抵抗されながらも腕から解放された。いつの間にか、回廊の脇に座らされている。


「あの、ありがとうございました、ノア……。お恥ずかしい所をお見せして……」


「ふふっ、泣き虫リラちゃんはもうおしまい?」


「なっ……!!」


 真っ赤になる顔を隠しながら、小さい拳でポカポカと叩いて非難していると、ノアは笑って立ち上がった。


「良かった、少しは元気になったみたいだね。とにかく今日は一度、帰って休んだ方がいいよ。……テディたちの所に行こう」


 ノアはリラの膝の下と背中に手を置くと、そのままヒョイと体を持ち上げた。


「えっ……え!?ちょっと待ってくださいノア!歩け……自分で歩けますから!!」


「だーめ、大人しくしてて。暴れると、二人とも倒れて怪我しちゃうよ?」


 ピタリと動きを止めたリラを見て、ノアは優しく微笑む。

 両親の元に無事に送り届けられたリラは、先程とは違う意味で、気を失いそうになっていた。

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