第38話 今再び、原作へ

 王城に着くと、遠くから赤い塊が走ってくるのが見えた。

 いつもの習慣で両手を広げて待ち構えるが、ノアは目の前で立ち止まった。


「リラ!いらっしゃい!」


 行き場のない両腕を恥ずかしそうに閉じ、リラはもごもごと呟いた。


「ノ、ノア……お久しぶりです」


 花祭りから一ヶ月半ほどしか経っていないが、目の前のノアはまた背が伸びたように感じる。

 目にかかる前髪を煩わしそうに掻き分けた腕には、以前よりも筋肉がつき逞しくなっていた。


「見ない間に、また大人っぽくなりましたね?」


「そうかな……色々と頑張ってるんだ」


 庭で待つと言う家族と別れ、謁見室へと並んで歩き出す。

 ふと、いつもなら出会い頭に握ってくる手が空いていることに違和感を覚え、慌てて首を振った。


 ──手を繋がれるのが、当たり前になっているなんて!あまつさえ、寂しいと感じてしまうなんて……!


 ふるふると首を揺らすリラを不思議そうに見つめた後、ノアは「あ!」と声を上げる。


「そうだ。……リラ、少し血を貰っても良い?」


「え?血ですか?」


「うん。ほら、この前みたいなことがあった時、すぐ血の契約の力が使えるように練習しておきたいんだ」


「そうですね、でもどうやって血を出したら……?」


「ごめん、ちょっと痛いかもしれないけど……」


 おもむろに手を取られドキリとしていると、カプリ!と指に噛みつかれた。同時に、指先に熱い痛みが走る。


「え!?え……ええ!?」


 驚きで目をグルグルとさせている横で、ノアは静かに口を離し、僅かに血の出た指先に杖をかざす。


「『吸引〈サクション〉』」


 杖がゆっくり上がるのと同時に、シュルシュルと渦を巻きながら、赤い血が空中に吸い上げられた。

 ノアは懐から小瓶を取り出し、慣れた手つきでその血液を中に入れる。


「ありがとう。血を貰っちゃったけど、フラフラしない?」


 小瓶の蓋を閉めながら冷静に言うノアを、リラは困惑の表情で見つめた。


「え、ええ……?これ、水属性魔法の高等操作じゃないですか?この前、水属性は初めて使ったって……」


「練習したんだ、なるべく痛くないようにと思って……ほら、これを使って」


 ノアの耳には、誕生日にプレゼントした紫色のアメジストが輝いていた。


「あれ?それ、イヤリングではなかったでしたっけ……?」


「パーツだけ替えて、ピアスにしてもらったんだ。絶対に落としたくないからね」


「ま、まさか……そのために、耳に穴を……?」


「え?うん、そうだよ?」


 さもないことのように言うノアを見て、リラはサアッと青ざめる。


「そ、そんなことになるなら、もっと水に特化した魔石とかを……」


「やだよ!リラの髪色と一緒の、アメジストが良かったんだから」


 返さないからね、と膨れるノアを見て、少しいつもの調子に戻ったようでホッとしてしまう。


「そういえば、あの人攫いのことだけど……手紙にも書いたように、まだ首謀者が分からないんだ」


 再び歩き始めながら、ノアは話す。


「仮面を被っていたから、依頼者の姿は誰も見ていないんだって。何とかして見つけ出したいんだけど……」


「遅い!何をやっていた!」


 廊下の先に、腕を組んだアレクが立っていた。待ちくたびれたようで、明らかにイライラとしている。


「到着の連絡があってから、ずいぶんと待ったぞ。何かあったのかと……」


「ごめんなさい、アレクさま!お元気でしたか?」


「まあまあだ。……そちらは?洗礼式の後は、大変だったそうだな」


 目を合わせないながらも、こちらを気遣う気持ちを温かく感じる。


「こちらも、まあまあでした!おかげさまで、元気ですよ」


「そうか。まあ、それはそれとして……」


 アレクが前を向きながら、手を差し出してくる。


「……え?」


「手を!繋ぐんだ!一応婚約者なのだから、父上の前では仲が良さそうにしていた方が、都合が良いだろう」


「ええ!ずるいよ!僕だって我慢してたのに……」


「ええい!お前までごちゃごちゃ言うな!行くぞ!」


 強引に手を掴まれ、足早に引っ張られる。顔は見えないが、耳まで赤くなった様子にクスリと笑ってしまう。


 手を引かれ歩いていると、その手のひらの大きさに気がついた。初めて握手した時の柔らかさと違い、所々ごつごつと固く、指も長くなっている。


「……大きくなりましたね、アレクさま」


「……お前はいくつだ、親戚の大人のようなことを言って」


 初対面の時はピョコンと小動物の尻尾のように結ばれていた髪も、背中の真ん中あたりまで長くなって揺れている。肩幅も広くなり、何故だか少し寂しさを感じてしまった。


 謁見室に着くと、ドアの側に執事のヨハンが控えていた。お互いにお辞儀をしてから、ヨハンが扉をノックする。


 王の許可の声と共に、ゆっくりとドアが開いた。



・・・・・・・・・・・・・・・



「久しいな、ライラック=アメジスト」


「……黄金に輝く王国の宝石、国王陛下にお目にかかります」


 リラがお辞儀カーティシーをして跪くのを見て、王は満足げな笑みを浮かべて髭を撫でる。


「何でも、聖女と名乗り石を配布しているようだな」


「はい。つきましては、国王陛下にこちらを献上致したく……」


 リラが差し出した小箱をヨハンが受け取り、王の元へと届ける。


「こちらが、私が神聖力を付与した聖石です」


 王は箱の中から大ぶりな指輪を取り出し、鋭い目つきで眺めた。金の台座には、マーガレットから収穫した特大のダイヤが嵌っている。


「ダイヤだな。通常のものより、輝きが強く見えるが」


「はい。こちらを肌に触れるように身につけることで、ヒールがかかった状態になります。体に不調があれば、徐々に治っていくかと……」


「……ほう」


 王は指輪をはめ、黙って手の甲を見つめている。


 ・・・・・


 過去のループの際、王は突然死を遂げた。

 

 あまりに不自然な死に方に暗殺の疑惑が生まれ、当日たまたま謁見にきていたマシューが容疑者となってしまった。


 その判決は覆されないまま、マシューは獄死することになる。弑逆者の家族として、リラが処刑されたループもあった。


 ──病気なのか、誰かの策略なのか分かりませんが、お父さまは絶対に殺させません……!!

 

 記憶によると、この頃から王の部屋に神官が出入りするようになっていたように思う。持病があるならば、この指輪で治すことが出来るはずだ。


「効果が切れた場合、一度お返しいただければ、再度神聖力を付与してお戻ししますので……」


「……ハッハッハ!つくづく面白い小娘よ、ライラック=アメジスト!」


 王が額に手を当て、大きな笑い声を響かせる。リラはビクリと体を震わせ、王を見つめた。


「これはもらっておこう。役に立つかはわからんがな」


 王はゆったりと椅子に腰掛け直し、威圧感のある真顔に戻った。燃えるような真紅の目が向けた視線が、リラを貫く。


 

「今回呼び出した本題だが……ライラック=アメジスト。──お前にも『黒き聖女召喚の儀』に参加してもらう」


「聖女……召喚の儀……!?」


 心臓がドッと大きな音を立て、聴覚を麻痺させた。視界が歪むようにグニャリと曲がり、姿勢を保っているのが難しくなる。


「異世界から、無尽蔵の魔力を持つ黒髪の乙女を召喚する儀式だ。国でも有数の魔術師達が参加する。お前も魔力操作に長けていると報告が……」


 王が話し続ける言葉が、ワンワンと耳に響いてよく聞き取れない。


 ──知らなかった。サクラさんが、こんな時期に召喚されていたなんて……!


 前回までのループが、走馬灯のように頭に蘇ってくる。殺された父、マリー、涙を流すノア、高笑いをするサクラ…………。


「……聞いておるか?」


「リラ、大丈夫……?」


 隣にいるノアの囁きで我に返り、ハッと一気に息が吸い込まれる。過呼吸になりそうなところを小さな呼吸で整え、ゴクリと唾を飲み込んでから、顔を上げた。


「……陛下、お待ちください。──その召喚、中止出来ませんか?」


「……何?」


 一同が目を見開いて見つめる中、リラは拳を握りしめて立ち上がった。


 



 ◯◯◯◯◯◯◯◯◯◯


 あとがき

 

 これにて第二章、白き聖女の誕生編が完となります!お付き合いいただきまして、ありがとうございました。


 ここから物語は、原作のゲーム開始時へと動き出します。

 二章も終わったのに、まだライバルのサクラちゃんが登場していなくて、ヤキモキしている方もいらっしゃるでしょう……!ごめんなさい……!!


 第三章は、召喚阻止編となる予定です。どうか引き続き、お付き合いいただけますと嬉しいです。


『神推し令嬢』は、カクヨムコン8に参戦中です。

 一次選考は読者選考となり、皆さまからのフォロー、⭐️評価で通過出来るかが決まります。


 もし…少しでも面白いな、続きが読みたいな、と思っていただけましたら、フォローと⭐️評価をしていただけますと、大変嬉しいです…!


 最後になりますが……どうかこれからも、リラたちの物語にお付き合いいただけますと幸いです。どうぞよろしくお願いいたします!


 きなこもちこ

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