第24話 洗礼式へ

「で……できました〜!!」


 満面の笑みのリラの腕には、白いマーガレットの鉢植えが抱えられている。それぞれの花の中央には、直径2cm程のダイヤが輝いていた。


「本当に大きいダイヤが出来るなんて……。これで大怪我も治せるくらいの神聖力が付与できますね!」


「つぼみからの付与でこのサイズなので、種を植えた時からヒールをかければ、もっと大きくなるかもしれません……!ちなみに白以外のマーガレットでは、ヒールをかけてもダイヤは出来ませんでした……」


「うん?……お姉さま、ぼくに内緒で他の鉢にもヒールを……?」


「ハッ!……そ、それよりもテディ、ダイヤを収穫してみましょう!」


 ジトリと睨むテディの目線に冷や汗を流しながら、リラは花からプチリとダイヤをもぎ取る。

 陽にすかして見ると、角度によって色とりどりの光が次々に輝く。聖石の証だ。


「なんと、もう聖石になっていますよ!神聖力を付与して育てたから、それが栄養になって蓄えられたとか……?」


「お姉さまが毎日ヒールをかけたから、その分が全部貯まっているのかな?この輝きだと、相当な神聖力ですよ!」


「じゃあ実験は成功ということで、次はこの花壇に……」


「ちょっと待ってください!確かに大きいダイヤは出来ましたが、毎日ヒールをかけ続けるのは負担が大きすぎますよ!大きいダイヤの需要を見てから、作り始めても遅くありません」


 テディに止められ、リラは無言で大きな目に涙を溜めて訴えかける。


「うっ……そんな顔をしても駄目ですよ!……それに、明日はもう洗礼式じゃあないですか」


 洗礼式という言葉が出た途端、リラは体をびくりと大きく跳ねさせ俯いた。先ほどまでのハイテンションと明らかに違うその様子に、テディが心配そうに声をかける。


「……もしかしてお姉さま、現実逃避しようとしてます?」


「な……何のことでしょうか……」


「緊張してるんですか?」


「…………あたりまえじゃないですか〜!!そんな、みんなの前で、聖女だなんて!」


 突然座り込み、頭を抱えて泣き出したリラを、テディは温かい目で見守る。

 

「やだーー!目立ちたくないーー!!…………な、なんですか、その目は!」


「こんなに可愛いお姉さまが、真っ白で綺麗な洗礼服を着て髪を結えば、街を歩いているだけで目立ちます。あきらめてください」


「そんな、お世辞を言ってなだめようとしても無駄ですよ!」


 リラは顔を真っ赤にしながら、長いまつ毛に涙を光らせて拗ねたようにテディを睨みつける。そんな姉の頭を撫でながら、お世辞じゃないのになぁ……とテディは思うのだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 洗礼式当日。


 リラはガチガチに緊張した面持ちで、王都へと向かう馬車の中で揺られていた。横にはサフランが、目の前の座席にマシューとテディが乗っている。


 リラの腰まである長い髪は、三つ編みに編まれて花柄の白いレースのリボンで結ばれている。

 メイドのマリーはツインテールにしようとしていたが、ふわふわの髪が密かにコンプレックスだったリラは断固拒否した。


「両耳の上で結ぶと、トイプードルみたいで可愛いですのに!」と粘るマリーを何とか説得し、ふわふわが目立たない三つ編みに落ち着いたのだった。


 服装は、今日のために仕立てた白い礼拝用のワンピースだ。襟は聖歌隊の服のように前後に大きく、裾には金の糸でマーガレットの花が刺繍されている。上質な生地を使用しており、厚みはあるが初夏でも暑くない。

 

 首元には花の形のダイヤのネックレスが揺れており、リラはそれを冷えた手のひらで握りしめながら、ぶつぶつと何か呟いている。

 

「この服も、領民の皆さんが汗水垂らして稼いだ税金……。わたしも恩に報いらなければ……」と言っているようだ。


 あまりのリラの様子を憐れに思い、サフランは娘の肩に手をかけた。


「あの……リラ、ごめんなさいね。そんなに緊張するとは思わなくて……」


「だ、だ、大丈夫ですよ、お母さま。全ては国民のため……そしてアメジスト領の発展のためです」


 真っ白な顔でぎこちなく笑顔を作るリラを抱き寄せて、サフランはため息をついた。


「……ごめんなさい。私が熱を上げすぎましたね。そんなにプレッシャーを感じずに、楽しんできてくれたらそれで十分です。あなたが十歳を迎える、大切な記念の行事なのですから」


 サフランは娘の前髪をかき上げ、いつも通りに額にキスをした。リラは幾分か落ち着き、コクンと頷く。


 ──そういえば以前までのループでは、洗礼式の時にはもう、お母さまが亡くなっていたのでした……。


 前回までは大地震後の討伐時にサフランが亡くなっていたため、その数ヶ月後の洗礼式の記憶はあいまいだ。

 

 領主が亡くなりバタバタの邸宅で、十分に準備も出来ずに間に合わせの服で参加したような覚えがある。

 その時は神聖力の適性も無かったため、何事もなく式を終えて、マシューと二人静かに帰った。


 以前までと違い、今は隣に母が居て、目の前には祭りにはしゃぐかわいい弟がいる。幸せな光景に、リラは気持ちを持ち直す。


 ──そうです、未来を変えるためにも、今出来ることを全力でやらなくては!えい、えい、おーです!


 決意を新たにし顔色の戻った娘を見て、サフランとマシューは胸を撫で下ろすのだった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「わあ!見てくださいお姉さま!あれは何でしょうか!?」


 興奮気味に馬車を飛び出すテディに手を引かれ、リラも馬車を降りる。

 街はマーガレットの花で飾り付けられ、花祭り一色になっていた。抜けるような青い空に、白い花型のガーランドが眩しくはためいている。


「遠くまで行っては駄目ですよー!……11時から洗礼式ですからね、リラはパレードに参加しなくては」


 不満そうなテディに手を振り、リラはパレードの集合場所である広場の入り口に向かった。

 

 花祭りでは、洗礼式を迎える子供たちが列を組んで王都の街を一周する風習があるのだ。白い礼拝服を着た子供たちのパレードは「天使の行列」と呼ばれ、祭りの名物となっている。


 リラが広場に着くと、すでに十数人の子ども達が集まっていた。


「リラー!会いたかったよ!」


 いつものように飛び込んでくる赤い塊を、リラはしっかりと受け止める。


「ノア!……お誕生日、おめでとうございます!」


 リラは服から下げていた白いポシェットから、リボン付きの小さな箱を取り出す。


「わあ!ありがとう!……開けていいの?」


 リラが頷いたのを確認し、ノアはリボンを解いて小箱を開ける。中には、アメジストがついた小ぶりなイヤリングが入っていた。


「わたしが魔力付与した魔石なんです。紫なので、これがあれば水魔法も使えるようになるはず……わぷっ!」


 リラが少し照れながら言い終えるのを待たずに、ノアが首に抱きついてきた。すかさず頬にキスをしてくる。


「リラの髪と同じ色で、すごくすごくうれしい!肌身離さず身につけるからね!……あとはキスをもらえると、もっとうれしいんだけど……」


「もう!お誕生日だからって甘やかさないですよ!」


 リラは顔を赤くしながら、ノアを両手で押し退ける。ノアは鼻歌を歌いながら、イヤリングを耳につけた。


 ノアも洗礼式に参加するため、バルーンスリーブの長めのシャツに白い半ズボンと、全身真っ白の服装をしている。ヒラヒラとしたスタンドカラーの首元には、金色のリボンが輝いている。


 ノアの薔薇の花のような赤髪が、花祭りの今日は一際目立って眩しいな……と眺めていると、屈託のない笑顔でリラの指の間に自分の指を滑り込ませてきた。


「花祭りのパレード、2人1組で手を繋いで歩くでしょう?……ぼくと繋いでくれますか?」


「ええと……アレクさまは?今日参加されるんですよね?」


「兄さまは王太子だから、パレードには出ないで教会からだって。……ねえお願い。今日、誕生日なんだよ?」


 ノアのキラキラした瞳に押され、リラは承諾するしかなかった。どうにも免疫が無く、押しに弱いようだ。


 この上なく上機嫌なノアと列に参加すると、周りからの視線が痛い。ノアが王族だということは広まっていないが、それを除いても目を引く容姿をしている。

 

 ──ああ、目立ってます、目立ってます……!ノアはとっても綺麗な赤髪だし、お顔もすごく整っているから……。


 リラが目をぐるぐるさせて周囲の視線に縮こまっていると、ノアが耳元に顔を近づけて囁いた。

 

「……今日のリラは、一段と綺麗だね。ぼくのお姫さま」


 リラは赤くなった顔を両手で隠そうとしたが、満足そうに微笑むノアが手を離してくれない。仕方なく片手を頬にあてると、燃えるように熱かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 パレードが街の大通りを歩き始めると、道沿いに並んだ観客が歓声を上げた。先頭を歩くマーチングバンドのラッパが高らかに響く。

 

 子どもたちが通ると、観客達は手に持った籠から白いマーガレットの花びらを撒いてきた。よく晴れた太陽の陽射しが、風に舞う白い花びらをキラキラと照らして眩しい。その光景に、リラは思わず目を細めた。


 先導する神官達のスピードに合わせ大通りをゆっくり歩いていると、観客の中から小さな女の子が声をかけてきた。

 

 女の子は「どーぞ!」と言いながら、リラの三つ編みにマーガレットの花を差し込む。これもパレードの風習で、十歳に満たない子ども達はパレードに参加している人達に花をあげるのだ。


 リラが「ありがとうございます」と言いながら微笑むと、女の子はしばらく目を大きくして見惚れた後、頬を染めて親の影に隠れてしまった。

 横を見ると、ノアはもらった花を花束のようにまとめて手に持ちながら、にこやかに観衆に手を振っている。


 王都の中心の教会に着く頃には、どの子どもも髪や服、両手を花でいっぱいにしていた。

 ノアは自分の首元から金色のリボンを引き抜いて、花束に結びつけるとリラに差し出した。


「リラが一番お花が似合うから、あげるね」


「もう、ノアはいつも恥ずかしいことばかり言って……」

 

 顔を隠した花束の隙間から、教会の前で待っていた家族の姿に気が付いた。リラが手を振ると、テディが駆け寄ってくる。


「洗礼式おめでとうございます、お姉さま!」


 テディが髪に花を差すと、リラは額に軽くキスをした。


「ありがとうございます、テディ!」


「あー!ずるい!ぼくはしてもらえなかったのに!」


 テディとノアが言い争っているのを見て、緊張が解れたようだ。リラはサフランと目を合わせて頷く。


 いよいよ、洗礼式だ。リラはドキドキと高鳴る胸を押さえながら、教会に足を踏み入れた。


 


 

 

 

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