第16話 脳筋茶会へようこそ!
パドマが家庭教師としてアメジスト家に来てから、1ヶ月が経った。
その間も、リラはパドマからの王妃教育の課題を難なくこなして行く。王国の歴史、貴族社会における会話術、お茶会のマナーに至るまで……。
リラをいじめながら、長期間仕えて高いお給金を貰い続けようとしていたパドマの目論みは、あっさりと打ち砕かれた。
パドマは今や、テディに感謝していた。リラが質問に対して完璧に答えてしまうため、もっぱら授業はテディに向けたものになっていたからだ。
テディは覚えたての文字で必死にノートを取りながら、よく質問しよく考え、飲み込みも早い模範的な生徒だった。
──これこそが、教え甲斐があるというものでございますよ!
パドマの教師魂に、火が着いた瞬間だった。
パドマは元々熱心な教師だったのだが、やる気のない貴族の坊ちゃんやお嬢様ばかり相手にしているうちに、教育への熱意が失われていった。
彼らをスパルタ教育で泣かせることだけが、パドマの楽しみとなっていたのだ。
その心がテディという生徒によって、純粋に教師を志していたあの頃の初心に戻されていく。
・・・・・・・・・・・・・・・
夜、アメジスト家からあてがわれた一室で、パドマは報告の手紙を書いていた。
○・○・○・○・○・○・○・○・○・○
謹啓 黄金に輝く王国の宝石、国王陛下にご報告申し上げます。
以前お伝えしました通り、ライラック嬢は大変優秀です。私が教えると、歴史やマナー、魔法知識、操作に至るまで、完璧にこなしていきます。
それだけでなく、魔力付与術にも長けております。魔石への魔力付与はもちろんのこと、魔力のない彼女の弟にも直接付与を行なっております。
弟であるセオドアさんにしましても、大変熱心な生徒でその上可愛らしく……(略、褒め言葉が永遠と書かれている)。
私はもう少しアメジスト家に滞在し、内情を探らせていただきたく存じます。 かしこ
○・○・○・○・○・○・○・○・○・○
「ふう……こんなところでございますか。それにしても、季節の変わり目は腰が痛みますこと……いたたた」
パドマが筆を置いたところで、控えめなノックの音が鳴り響いた。どうぞと声をかけると、パジャマ姿のリラとテディがドアから覗いていた。
「先生、最近腰が痛むと仰っていたので……具合はいかがですか……?」
「ぼく、魔石カイロを持ってきたのです!温めたら楽になるかなと思いまして……」
パドマは驚いて立ちあがろうとするが、その拍子にまた腰が悲鳴を上げ、うめき声を出しながら座り込む。
「先生!大丈夫ですか!?──テディ、『治療〈ヒール〉』は使えますか?私よりもあなたの方が、神聖力が高いので……」
「初めてですが……やってみます。お姉さまが、魔力付与をしてくださる時の感覚で……」
パドマの腰に当てたテディの手のひらがぼんやりと光り、痛みがスウ……と引いていく。
「上手ですよ!そう……言い方は悪いですが、手から汗を出してゆっくり染み込ませるようなイメージで……」
「え!?お姉さま、いつもそんなイメージでぼくの治療をしていたんですか!?」
「し、仕方ないじゃありませんか!ゆっくりじんわりと染み込ませるイメージが、あまりにぴったりだったものですから……」
二人のやり取りに、パドマは思わず微笑んでしまう。腰の痛みはいつのまにか消えて、温かな温もりだけが残っていた。
・・・・・・・・・・・・・・・
「お母さま、行って参りました!」
パドマの部屋を訪れた直後、リラとテディがサフランの執務室にパタパタと走り込んでくる。
「王への手紙を盗み見ましたが、大したことは書いてありませんでした。いつも通り、テディの褒め言葉ばかりでしたが……仕方ないですね。テディは本当に良い生徒ですから……」
「お姉さま、からかうのはよしてくださいよ!」
テディは両手を振って非難しているが、大好きな姉に褒められて満更でもなさそうだ。
サフランは二人の頭を撫でながら言った。
「二人とも、良くやってくれていますね。もはやパドマ先生は、こちらの陣営と言っても過言ではないでしょう」
サフランは口元に手を当て、うふふっと笑って続ける。
「最短で帰らせる予定でしたが……テディの良き先生となっているので、続行させましょうか。別のスパイを手配されるよりも、よほど操りやすそうですし」
そう、全てはサフランの手の平の上なのであった。
──我が母ながら、敵には回したくないですね……。しかし私も、神曰く「悪役令嬢」が板についてきたものです……と、リラは心の中で呟く。
一度死んだあの時、神とは「能力や過去の記憶・人脈など全てを利用して幸せになること」を約束した。
パドマを利用するようなやり方には気がひけるが、これも「バッドエンド」回避のためだ。──何としてでも、大切な人達を守り抜くために。
「……それにしても、テディのヒールは上手でした!初めてとは思えなかったですね」
「お姉さまがいつも魔力を流し込んでくれる感覚を真似したら、上手くいきました!先生を実験台にしたのは、ちょっと申し訳なかったですね……」
メイドのマリーが、二人にマシュマロの浮かんだ温かいココアを淹れて持ってくる。
筋トレ終わりの父マシューもやってきて、家族団欒の夜は更けていくのだった……。
・・・・・・・・・・・・・・・
王城にて。
パドマからの手紙を読んで、王は笑っていた。
「ハッハッハ!面白い娘よ、ライラック=アメジスト!血の契約を奪い取っただけではなく、魔力付与まで行えるとは!……頭の足りんお前には、もったいないぐらいの婚約者だな」
王は色とりどりの魔石の指輪がついた大きな手で、グシャリと手紙を丸めた。おもむろに放り投げられたそれは、真っ赤な炎を上げて一瞬で燃え尽きる。
「お前のその、ぞんざいな計画に助言をもらったらどうだ?大人の意見を入れず、その辺の小娘や小僧と話し合うが良い。──おままごとのようにな」
王の視線の先には、悔しそうに涙を滲ませるアレクの姿があった。
アレクは小声で「……そういたします」と呟くと、足早に謁見室を出て行った。
・・・・・・・・・・・・・・・
翌月、リラの元に王家の印が入った手紙が届いた。
アレクからの手紙で、子供らしい筆跡で「テディと一緒にお茶会に参加してほしい」という旨が書いてあった。
時期は2週間後、王家にしては珍しい余裕のあるスケジュール感だ。
王家主催のお茶会ということで、パドマが目を輝かせながらマナーを叩き込む。そのおかげで、テディも二週間後には基本マナーを完璧にこなせるようになっていた。
「……これで、お腹が破裂しそうなくらい紅茶を飲む日々ともおさらばですね、お姉さま……」
「まあまあ、パドマ先生のおかげで今日に間に合ったのですから。今日は美味しいお菓子も出るでしょうし、楽しみましょうね」
王城へと向かう馬車の中でげんなりと肩を落とすテディを、リラが慰める。
春先ということで、テディは淡い水色のシャツに濃いグレーのベスト、同色のグレーのズボンに紫の蝶ネクタイ、というコーディネートだ。
リラはと言うと、萌黄色の地に白とピンクの小花が散ったドレスに、白い靴を合わせている。
腰まで伸びたウェーブがかったふわふわの髪はそのまま下ろし、編み込みでハーフアップにした部分には白いレースのリボンが結ばれていた。
「それにしても、お姉さま。……今日は春の妖精みたいで、とてもお綺麗ですね!」
「まあ、テディ!それは言い過ぎですが、ありがとうございます。テディも正装がよく似合っていますよ!」
言いながら照れるテディを抱き寄せ、リラは頬と頬をすり合わせる。姉弟でいちゃついているうちに、王城へとついたようだ。
「リラ!会いたかっ……」
いつものように赤い塊が飛び込んでこようとするのを、テディが間に入って制止した。
「出会い頭にハグをするのは、マナー違反ではありませんか?」
「なっ……!君こそ、挨拶もせずに失礼ではないかな!」
テディとノアが唸り声を上げながら睨み合い、バチバチと火花を散らせる。子犬同士がケンカをしているようで、微笑ましくもあるのだが。
「ま、まあまあ二人とも!……ノア、お久しぶりですね。今日はご一緒出来るのかしら?」
「ええ!兄さまが、僕や王宮の勤め人の子供たちを招待したお茶会なんだ。案内するよ!……それにしてもリラ……今日は春の妖精みたいに美しいね!」
「それはもう、ぼくが言いましたー!」
「なにー!」
再び睨み合う二人を宥めながら着いた先は、リラとノアが出会った薔薇園だった。
小さな東屋〈ガゼボ〉の中に、白いテーブルと椅子が並んでいる。テーブルの上には美しい模様のティーセットと、軽食やお菓子などが所狭しと置かれていた。
「わあ……!素敵ですね!」
「えへ、ぼくがお茶会をセッティングしたんだ!兄さまは最近考え込むことが多くて、好きにして良いって言うから……」
ノアはそう言いながら、ティーポットを手に取って自慢げにリラに差し出す。
「これ、最新式の魔石ティーポットなんだよ!リラが魔石が好きだって聞いたから、特別に取り寄せてもらって……」
「これがあの噂のティーポットですか!?流通は僅かで、なかなか手に入らないと聞きましたが……!なんでも、茶葉に合わせて火と水の魔石が自動で温度を調節し、その後適切な温度で保温し続けてくれるという!一体どんな魔石をどんな配置で……」
「……あいかわらずのようだな、リラ」
薔薇園の小道から、ブロンズの髪の少年が呆れた顔をしてやってくる。
「黄金に輝く王国の宝石、アレキサンダー殿下にお目にかかります」
「……友達だろう、楽にするが良い」
リラとテディの挨拶を手でいなし、アレクが着席する。屋根の影になって見えないが、少し照れた表情をしているようだ。
「……そちらがセオドアか?ずいぶん元気になったようだな」
「はい、王都では助けていただき、ありがとうございました」
「国民を助けるのは王族の務めだ、気にせんで良い」
アレクは足を組み、眠そうにあくびをしている。また夜遅くまで勉強をしていたのだろうか。
ノアがリラの椅子を引いて着席を促した時、突然弾けるような大声が飛び込んできた。
「黄金に輝く!王国の太陽!!アレクサンダー殿下に!お目にかかります!!!」
リラ達は思わず耳を押さえて、音の発生源を振り返る。
「お招きいただき……大感謝です!!!」
そこには太陽のように輝くフレッシュなオレンジ色の髪をした少年が、筋肉を見せつけるようにして立っていた。
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