3てぇてぇ『だってぇ、材料なさ過ぎるから簡単料理しか作れないんだってぇ』

「はあ、じゃあ……何か作ろうか? 夕食にはちょっと早いかもだけど」

「累児のごはん?! 食べる!」


 姉が目を輝かせ始める。

 実家での料理当番は俺だった。

 両親は帰りが遅いし、正直姉さんの料理スキルはゲームでの方が高い。


 俺はキッチンに案内される。

 が。


「何もないんだが?」


 何もなかった。正確には、トマトと缶詰達と素麺とインスタント系の諸々。


「この世界がゲームの中だったらよかったのにね」


 ウサギシチューが得意料理な姉さんが悲しそうに微笑んでいる。


「ええい! もういい! これでなんとかする!」


 幸い、冷蔵庫には、ドレッシングと薬味がある。


「こちとら、天堂家の台所を預かってきたんだよ!」

「そうね、お姉ちゃんのこういう身体になっちゃったのは累児のせいよ」

「その言い方やめて!」


 ただ、俺が姉さんの健康的な配信生活を守るためにヘルシーかつ姉さんが食べやすい料理を作ってきただけだ。


 まあ、一先ず、姉さんの好きなものばかりなので、美味しくは食べてもらえるだろう。


 俺は、シャツの袖を捲り、キッチンに向かう。


「はぁああん。累児の腕まくり……」


 姉の吐息は無視だ。それはASMR配信ででもやってくれ。


「……まあ、素麺だな」


 俺が最初に姉さんに作ってあげたのも、確か素麺だった。


 俺は姉さんの声が好きだった。

 だから、小さい頃は何かと姉さんと一緒に居たがった。小さい頃は。

 そして、姉さんに『ありがとう』と言われたかった。


 だから、姉さんが苦手な料理を頑張ったんだっけ。


 そんな事を思いだしながら、俺は、トマトをダイス状に、ツナ缶にマヨを絡ませ、全体的に麺つゆを馴染ませる。

 素麺を茹で、冷やし、麵つゆぶっかけ、その周りをトマツナで囲む。

 その上から、お茶漬けのもとを振りかけて、トマツナ素麺、完成。


「ありがとう」


 姉さんはあの頃と変わらない素敵な声で俺にお礼を言ってくれた。


「うん、召し上がれ」

「おかわり」

「……うん?」


 一瞬で食べていた。え? ほんとにこの人ゲームの世界から来たの?

 ワンクリックで消えたんだけど。


「……作りたての累児のお料理が美味しくて、いつも余り物だし」


 お気づきだろうか。


 余り物、という言葉。


 実家では四人暮らしで余り物が出たことなんてほとんどない。

 では、余り物が出るとは? 一人暮らしで料理をしてる時くらいだ。


 これ以上は怖くて聞けない。

 というか、流石に気づいていた。というか、お金を置いてたから分かっている。


 俺は無心でおかわりを作り続けた。


「ごちそうさまでした。じゃあ、あたしはこの後配信だけど、累児は……」

「俺の部屋にあったパソコンで参加してるよ」

「ふふ……累児」

「ん?」


 食器を持っていこうとした俺が振り返ると、姉さんはドキッとするような笑顔を浮かべ、口を開く。


「今日は、いままでで一番いい配信が出来そう。ありがとうね」


 そう言って、配信部屋に入っていった。


 俺の料理が、姉さんの、いや、Vtuber高松うてめの身体を作っている。


 洗い物をしている俺を二重の喜びが包み込む。

 真っ白になった皿に満足し、俺は自分の部屋のパソコンの前に座り、うてめの配信を待つ。


 目に優しい緑一杯の部屋が映され、その空間の真ん中で茨に巻き付かれた神秘的な緑髪の女性が笑っている。


『てめーら、待たせたわね。高松うてめの雑談部屋、今日もうてめのお話聞いて』


 相変わらず、綺麗な声だ。静かで穏やかな夜にぴったりの……


『今日も弟ーク、しちゃうね☆ 今日はいっぱいお話しできそう』


 お馴染みの不穏なワードから始まり、俺は不安を抱えながらそれでもうてめの配信にコメントを打ち続ける。


〈緑のアニキ:出た! ウテウト!〉


 これから始まるうてめ十八番の弟ークが少しでも盛り上がるよう謎の吐き気に襲われながら俺は応援する。

 今日のうてめはいつもより幸せオーラに満ち溢れている。


 神回になりそうな気がするぜ……! えげえええ。

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