【28】ミュランの勘違い
こうして偽聖女フィアは捕まり、ガスターク公爵夫人リコリスは無罪を言い渡された。ミュランとリコリス、そしてガスターク家の妖精たちは、ようやく平穏な日常に戻ったのだった。
*
最愛の妻リコリスと久々に夜をともにしたミュランは。翌朝目覚めた瞬間に、重大なことに思い至った……
「もしかすると! この世界は、ファンディスクのほうだったんじゃないか……!?」
ミュランにくっついて寝息をたてていたリコリスも、目を覚ましてしまう。
「ふぁ……どうしたんです、ミュラン様。朝っぱらから騒いじゃって。怖い夢でも見ました?」
夫婦の寝室で。
寝ぼけ眼でモソモソと毛布をかき寄せ、幸せそうにまどろんでいる妻リコリス。
ミュランは、青ざめながらリコリスを見つめていた。
「……ミュラン様? だいじょぶですか? ……ふぁんでぃすくって、何ですか?」
「ファンディスクというのは、ゲームの番外編みたいなものだよ。そのファンディスクのストーリーでは、リコリスが主人公だったんだ!!」
「うわ……またミュラン様が、おとめげーの話を始めちゃった……」
ファンディスクとは、ゲーム本編をプレイしたユーザーを対象とした、お楽しみ要素の強い番外編ゲームのことである。ゲーム
「一言で言うと、ファンディスクの物語は「リコリスを幸せにするためだけのご都合ゲー」だ。本作ストーリーの17年前が舞台で、リコリスを愛でて応援するためのゲームだと言われていた!」
リコリスは首を傾げて、きょとんとしながら聞いている。
「……わたしのための、物語?」
「乙女ゲーの本編では、リコリス夫人は意外と人気のあるキャラクターだったんだ。……だから、リコリスを主人公にした「
リコリスは戸惑いがちに、「わたしが人気?」とつぶやいている。
「人気って……でも、
「君があまりにもひどい死に方をするものだから、逆に注目が高まったんだよ」
夫に無理やり孕まされて精神を病み、自ら命を絶ってしまうリコリス。リコリスの設定がエグすぎる! と、ゲームのファンから非難が殺到した。
セリフすらないモブキャラであるにもかかわらず、リコリスは薄幸の美少女としてファンを獲得していた。出番の少なさがむしろファンの想像力を掻き立てたのか、リコリスを描いた同人誌なども多数出回っていた……はずだ。
「残念ながら、前世の僕はファンディスクを未プレイだったから、詳細については分からない。だが……確かリコリスは、妖精女王の生まれ変わりとしてチート能力に目覚めたり、国を救う大活躍をしたりして、たくさんの男性たちから愛される逆ハーレムな物語だった……と、思う。アルベリヒ陛下や、エドワード王太子も攻略対象だったかな」
ミュランが言うと、リコリスは「ひっ」と声をひきつらせた。
「ミュラン様! わたし、逆ハーレムとか絶対イヤです。ミュラン様以外の人なんて、考えただけで鳥肌ですから!」
「あ……ありがとう」
そのファンディスクでは、リコリスが男性陣から愛される一方、悪役令嬢として本編ヒロインのフィアが暗躍しまくっていた。聖女どころか偽聖女として、呪いを駆使して災厄を振りまくフィアの姿は衝撃的で、「フィアのイメージを壊すな」とファンから不満が爆発していたはずだ……
前世のミュランはファンディスクを「なんかクソゲーな気がする……」と否定的にとらえ、購入しなかった。だから、物語のあらすじ程度しか分からない。
「それで……あの……」
もじもじと、頬を染めたリコリスが、言い出しにくそうにしていた。
「なんだい?」
「その「ふぁんでぃすく」の物語では……わたしとミュラン様の間には、双子ちゃんは生まれますか?」
白い肩まで赤く染めて、リコリスは少し不安そうに尋ねてきた。ミュランは、思わず言葉に詰まる。
(……ファンディスクの物語では、リコリスと僕の間に子は授からない。そもそも、ゲーム開始直後に
本編でもファンディスクでも、ミュラン=ガスタークは最低最悪の夫のまま人生を終える運命だった。
沈黙してしまったミュランを見て、リコリスは泣き出しそうな顔になる。
「あの……ミュラン様……?」
「授かるよ」
ミュランはリコリスを抱き寄せて、そっとキスをした。
この世界は、すでにゲームの筋書きとはまったく違うモノになっている。死んでいるはずのミュランが生きていて、リコリスと愛し合っているのだから。娯楽で作られた
「大丈夫。絶対に授かるよ。何度でも愛し合おう」
ミュランが微笑むと、リコリスはとろけるような笑顔を返した。
「大好きです。ミュラン様」
「愛してる、リコリス」
互いの肌のぬくもりに甘え合い、唇を重ね合う。
互いに愛をささやきながら、2人は再び重なり合った。
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