【19】ヤバい子でした!
「すてきなお屋敷ね! ずっと住みたくなっちゃう」
と、居心地よさそうにしているフィアは、とても綺麗。
ピンクブロンドの髪が月明りに照らされて、色っぽい。わたしは、思わず見とれてしまった。
「本当はね、今日の夜会、私は行っちゃダメって言われてたの。でもね、どうしても来たくて。……エドワードにワガママ言って、連れて来てもらっちゃった」
うふふ、と無邪気に笑っているフィアに、わたしは少しだけ違和感を覚えた。
(エドワードって……王太子殿下のことよね。殿下を呼び捨てって、大丈夫なの? しかも、殿下にはアレクシア様っていう婚約者までいるのに……)
「ねぇ、どうして私が今日の夜会に来たかったか……リコリス奥様は、わかる?」
「いえ、わたしには……」
と答えると、フィアは笑った。綺麗な笑みではなかった……なんだか、わたしを馬鹿にしているような意地悪っぽい笑顔。
わたしの胸に芽生えた違和感が、さらに大きくなった。
「ミュラン=ガスタークに、会ってみたかったからよ」
フィアがそう言った瞬間に、全身がぞわっと総毛だった。
「ミュランはすごくイイ男だけど、女たらしで愛人ばっかりだって聞いてた。でも、一年ちょっと前に愛人を全部切ったって。そしたら、普通に興味湧かない?」
なんなの? この子、いきなり何言ってるの?
怖くなって、わたしは一歩後ずさった。でも、彼女の話を聞くうちに、恐怖を怒りが上回った。
「ミュランって、マジでイイ男だよね! 欲しいな~。王太子より気に入っちゃった」
「な……何なの、あなた!? わたしの夫に、なんて無礼な――」
わたしの声を遮って、フィアはさらに言い募る。
「へんな時代に転生しちゃって、バグってるわと思ったけど。この時代もまぁ、それなりに面白そうだよね。……あぁ、あんたにそんなこと言っても、どうせ分からないかぁ」
お腹を抱えて愉快そうに笑っているフィアは、悪魔にしか見えない。
――ともかくミュラン様に報告しなきゃ、と思って屋敷に駆けこもうとした。
でも。
「逃がすわけないじゃん。リコリス奥様って、お人よしでバカだね!」
足が動かない。いつの間にか全身を、糸状の赤い光で絡めとられていた。……これ、魔法?
わたしはその場で立ち尽くし、操り人形みたいな不自然な動きでその場にひざまずかされた。
「あたしらの周囲だけ、結界を張って隔離しちゃった。だから、あたしたちのことは誰にも見えないよ?」
フィアの手指から赤い光の糸が伸びて、わたしの体につながっている。
「ねぇ。あんたたち夫婦って、悪役令嬢ミレーユの親だよね? 夫婦関係、冷え切ってるんでしょ? あんたは無理やり夫に抱かれて、ミレーユを孕まされる設定だったよね。……もう、そういう感じになっちゃった? かわいそうだね~! ……まぁ、あんたの都合はどうでもいいからさ、さっさとミュランと離婚してよ」
この子、正常じゃない!
わたしは、必死で魔力の糸に抵抗しようとした――すると。
ぷつん。と、意外と簡単に、魔力の糸が切れた。
「あれ? そんな簡単に解ける魔法じゃないのに!」
と、不機嫌そうにフィアが声を荒げた。
「またバグ? いらつくなぁ!」
腹立つ! と叫んで、フィアはわたしを突き飛ばした。
「モブのくせに生意気ね、リコリス奥様! ……まぁ、いいや、あんたの旦那も王太子も、役に立ちそうなイイ男は全部貰ってくから」
「……な、にを……」
得意気な顔で、フィアがわたしに宣言した。
「あたしね、この国の王妃になっちゃおうかなって。もうすぐ、
なんで、そんな危険な計画をわたしに明かす訳? きっとフィアは、誰かに喋りたくてしょうがなかったんだと思う……簡単に口を封じてしまえるような、お手軽な『誰か』に。
「……わたしを、どうするつもりなの」
「ミュランと離婚させるよ。どうせあんたの話なんてミュランは信じないと思うけど、念のため」
「ふざけないで! 離婚なんて絶対しないわ」
「あはは、どうかなぁ。あたしの『奴隷』になると、あたししか愛せなくなっちゃうんだよ? 試してみる?」
よろよろしながら逃げようとしたわたしを無理やり引きずり倒して、フィアはわたしの頬にキスをした。
(……キス!? なんなの、何を考えてるの?)
いきなり頭がぼんやりしてきて、わたしは慌てた。
体が重い。なぜか、力が入らない。
胸がつぶれそうなくらい、フィアのことが恋しくてたまらなくなってきた。
おかしい、こんなのおかしい!
頭が変になりかけて、でも、なぜかフィアが好きで好きでたまらなくなってくる。
フィアに見つめてもらいたくて、一緒にいてもらいたくて、フィアが大好きで――
(嫌だ!!)
強く拒否した瞬間に、シャボン玉が割れたみたいな「ぱちん」という音がして、頭が正常に戻った。
「はぁ!? なんで、私の呪いにかからないの!?」
イライラしながら、フィアはわたしの襟首をつかんで掴み上げた。
「あんたって、存在自体がバグなの? ただのモブのくせに呪い打ち消すとか、おかしくない? 立ち絵一枚しかなくて、セリフもない脇役のくせに! ……だったら良いよ。あたしにも考えがあるからね」
イヤだ。怖い。訳が分からない――助けて!
ミュラン様…………!!
心の中で叫んだ瞬間。
空間に、ぴきりと亀裂が入った。
「リコリス!!」
すぐそばで、ミュラン様の声が聞こえた。
透明な壁がぱりぱりと割れていく。さっきまでいなかったはずのミュラン様が、わたしとフィアのすぐ目の前に立っていた。
「リコリスから離れろ!」
ミュラン様は魔物を祓うような冷たさで、フィアの肩を掴んで突き飛ばした。わたしはすでに、ミュラン様の胸に抱かれている。
「きゃぁ!」
突き飛ばされたフィアが、悲痛な声をあげていた。
「嫌…………! 助けて――エドワード!! ガスターク公爵が、私に…………」
暴漢に襲われた乙女みたいな声で、王太子の名を呼ぶ。
王太子の名前を……?
「フィア!? 一体何があったんだ!」
エドワード王太子殿下が、血相を変えて現れた。まるで、フィアに呼び寄せられたかのように。
「ガスターク公爵! 貴様、僕のフィアに無体を働いたな!? その罪、万死に値する!」
泣き崩れるフィアを抱きながら、王太子はそう叫んでいた。
王太子の護衛騎士たちが、ミュラン様とわたしを取り囲んで剣を抜く。
わたしとミュラン様は、言葉を失いその場で凍り付いた。
でも、フィアの悪行はさらに続く。
「待って、エドワード! ガスターク公爵は奥様にそそのかされてるだけなの。彼は悪くないわ」
「どういうことだい、フィア」
「ガスターク公爵の奥様は、呪いを使う魔女なのよ」
な……!?
「……ふ、ふざけるな! リコリスは、呪いなど……!」
怒りに声を震わせるミュラン様を、王太子が鋭く睨んだ。
「愛しいフィア。詳しく話して聞かせておくれ」
「リコリス奥様から、まがまがしい呪いの気配を感じるの! 私のことも、魔法で攻撃しようとしたわ。あと、これは私の推測だけど……」
フィアはちょっと考え込むような顔をしてから、私を指さした。
「1年前にミュラン=ガスターク公爵が何者かに呪われたわよね。……きっと、あの呪いを掛けたのはリコリス奥様だと思うわ!」
予想もしなかったことを言われて、わたしは呆然とした。
王太子は、真剣な顔でうなずいている。
「なるほど。魔女であれば新規の呪いの作成も可能だな」
「奥様はガスターク公爵を呪って、タイミングを見てその呪いを解除したんじゃないかしら。献身的な看護を装って、ガスターク公爵の好意を得ようとしたのよ、きっと」
何を好き放題言ってるのよ……!
わたしは呪いなんか使えないし、ミュラン様を呪ったりなんか……
そう言い返そうとしたけれど。隣にいるミュラン様の表情を見た瞬間、言葉を失った。
なぜか、ミュラン様が気まずそうに唇を引き結んでいる。まるで、「言い当てられたくないことを、指摘されてしまった」とでも言いたげに。
「……ミュラン様?」
ミュラン様は無言でわたしの肩を抱き、わたしを守ろうとしているかのようだった。
王太子が、わたしを断罪するような口調で言った。
「ガスターク公爵。君の夫人を、尋問する必要があるようだな。……もしも本当に呪いで君の呪殺を企てていた場合には、『四聖爵暗殺未遂』の罪で処罰せねばなるまい」
「殿下。……私の妻は決して、悪しき魔女などではありません」
「それは呪術院の尋問所で確認すべき内容だ」
ミュラン様が、言葉を失っている。
「夫人を連行せよ! ガスターク公爵には謹慎処分を申し渡す!!」
王太子の命令で、騎士たちが私の腕に縄をかけた。
「やめろ! 妻に手荒な真似をするな」
「……大丈夫です、ミュラン様」
何が何だか、分からないけど。
でも、ともかくミュラン様が王太子と争うのは避けた方がいいはずだ。
「わたしは大丈夫です。ミュラン様。…………どうか、気を付けてください」
わたしはミュラン様にそう言い残すと、命じられるままに騎士たちに連行されていった。
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