【9】可愛いよ。

ふらふらと露店を眺めていたミュラン様は、やがてアクセサリーのお店で足を止めた。

並んでいる商品をじっと見ていたかと思うと、ひとつを買って、わたしに見せた。


「君に似合いそうだ」

赤いバラをあしらった、髪飾りだった。


「……もしかして、わたしに買ってくれたんですか?」

「あぁ」

彼は上機嫌でわたしの手を引き、雑踏を抜けて高台まで歩いていく。


なにかくれるなんて、全然予想してなかった。

どうしよう……むしろわたしがお祝いの品とか贈ってあげなくちゃいけないのに。


「ミュラン様、逆です。今日はあなたのお誕生日でしょ? どうして、わたしにくれるんですか? プレゼントをもらうなら、あなたのほうです……わたし、何か探してきますからちょっと待っててください」


「必要ない。君は刺繍をくれたじゃないか」

「あんな下手くそなの、ダメですよ……」


反論しても、全然、聞く耳を持ってくれなかった。無邪気に笑いながら、わたしの手を引っ張っていく。


高台に2人で並んで、お祭りの景色を見下ろした。

ミュラン様は買ったばかりの髪飾りを、掌の上で転がしている。


「本当は銀細工でもあればと思ったんだが。あの店では、安い金属しか取り扱っていないらしい」

「そりゃそうですよ。露店ですもの」

「そういうものなのか? だが、安くてもデザインは悪くない。……付けてもいいかい?」


そういうと、彼はわたしの髪にそっと指を差し入れて、バラの髪飾りをつけてくれた。


「…………?」

でも、あまり似合わなかったらしい。眉を寄せて首をかしげている。


せっかく買ってくれたのに、なんか申し訳ないな……

「あの……すみません。わたし、見栄えがしないから」


「いや。髪の色がよくない」

いまのわたしの髪は金色。

お祭りに出かける前に、ミュラン様の魔法で変えてもらっていた。


彼はわたしの髪に触れてから、指をパチンと打ち鳴らした――金髪になっていたわたしの髪が、あっという間に黒に戻ってしまった。


「あぁ……」

せっかく金髪にしてもらったのに。まだ黒に戻されたくなかったな……


「ほら。やっぱり君に、よく似合うじゃないか」

ミュラン様は満足そうに笑っているけれど。わたしはすごく不本意だ。


「やっぱり黒が、君らしいよ」

「……またあなたは、そうやって意地悪なことばっかり言うんですから」


ちょっと拗ねてみると、彼は不思議そうに首をかしげていた。


「意地悪。……なぜ?」

「だって、黒なんて全然きれいじゃないでしょう?」

「どうして」


どうして、って……


「だって。ミュラン様も、わたしの黒髪をバカにしたじゃありませんか。初めて会ったとき、『痩せたカラスみたいだ』って言いましたよね? あと、『生理的に受け付けない』……とかも」


ミュラン様は、きょとんとした顔で目を見開いていた。


「……僕はそんなことを言ったか?」

「忘れてる!?」


最低ですよミュラン様……


「君が「黒髪だ」とか「貧相だ」とかいつも自分を卑下してたのは……もしかして、僕のせいか?」


「なぜそれに今さら気づくんですか!? あなた、意外と鈍感ですね……」


女たらしみたいな顔してるクセに。この人は意外と無神経なのかもしれない。

お誕生日くらいは大人しくしていようかと思ったけれど、ついつい語調がきつくなっていく。


ミュラン様は、少し戸惑った表情を浮かべた。

「僕は君を傷つけていたのか……?」


「えぇ。傷つきましたね。すっごく泣きたかったですからね? 言った方は忘れても、言われた方はずっと引きずるんです! あなたを呪ってやろうかと思いましたからね!?」


わたしが「呪い」といった瞬間に、なぜかミュラン様はうろたえた態度になった。血相を変えて、掌でわたしの口を押さえる。


「むぐっ!?」


息が吸えずにバタバタしていたわたしに向かって、声を潜めて彼は言った。


「リコリス、うかつに『呪い』とか『呪殺』とか言うな。人に聞かれて、おかしな容疑をかけられたら面倒だ」

「??」

「……実際、君は呪いや魔法の使い方を知らないんだろう?」


軽く何かを探るような目で、ミュラン様はわたしを覗き込んできた。

もちろん、わたしには呪いも魔法も使えない。

うなずくと、安心した顔で彼はわたしを解放してくれた。


「……分かったよ、リコリス。本当に申し訳ないことをした。僕はこれまで無自覚に、君を傷つける言動をしていたようだ。以後は、改める」


ちょっと意外だ。こんなに素直に謝ってくれるなんて。


「どうしたら許してくれるんだ」

「謝ってくれたから、もういいですよ」


騒いじゃって、すみません。あなたのお誕生日なのに……と、もう一度謝ってから、わたしは髪飾りに手で触れた。


贈り物、もらっちゃった。


「ねぇ、ミュラン様。この髪飾り……わたしの髪に、似合ってますか?」

「似合ってる。とても可愛いよ」


それからわたしたちは、日が暮れるまでお祭りを楽しんだ。

日が暮れるのは、あっという間だった。





 ***


余談だけれど。

お祭りの数日後、なぜか私は自分で髪と目の色を変えられるようになっていた。


「……え。なんで??」

自分の部屋で鏡とにらめっこ状態になりながら、わたしは、ピンク色になった髪と瞳を見つめていた。どうやらわたしは、魔法が使えるようになったみたいだ。


今朝から体のなかがソワソワして、できるような気がしていた。お化粧するみたいな気持ちで鏡を見てたら……急に色が変わったのだ。ピンク以外に変えることもできる。


頭の中で、色のイメージを切り替える。ぱっぱっぱ、と色が切り替わっていく自分を見て、「なんか一発芸みたい……」と思った。


ちなみに、色替えの魔法以外は全然使えないようだった。


(それにしても、どうして急に魔法が使えるようになったんだろう)


うちの家系には、魔法ができる人なんて一人もいないし……お金をかけて勉強すればある程度は使えるようになるらしいけど、実家は貧乏だからなぁ。


魔法が使えるようになったことを、誰かに報告した方がいいのかしら……ミュラン様とか。


「……うーん。でも、「たいした魔法じゃない」って言ってたしなぁ」


初歩的な魔法らしいから、ミュラン様にわざわざ自慢するのも恥ずかしい気がする。

それに、わたしは滅多に屋敷から出ないから、魔法で変装する必要もないもんね。

以前だったら金髪にして喜んでいたかもしれないけど。……今は、自分の黒髪が好きだから、このままでいいし。


「まぁ、わざわざ言うほどのことでもないかな」


ということで。この色替え魔法は、わたし一人の胸の中にしまっておくことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る