【4】仮面夫婦、夜会に行く。

「リコリス。今日は僕と一緒に夜会に来てくれないか」

と、初めて夜会に誘われたのは、ミュラン様の性格が変わった1か月後のこと。


この甘い美貌で誘われたら、十中八九、女の人は喜ぶんだろうなぁ……とは思うものの、わたしは全然乗り気じゃなかった。


「え? わたしですか? ……遠慮しときます。今日の夜会って、王家が主催なさる園遊会のことですよね。そんな偉い方の夜会なんて、おそれ多くて行けません」


「大丈夫。僕がエスコートするから、心配いらない」


白い歯をキラッと爽やかに輝かせるミュラン様を見て、わたしの心臓は「ずきゅっ」となった。

うっ……その笑い方、やめてほしい。わたし好みの爽やかっぽい笑顔を浮かべられると、不覚にも胸が高鳴ってしまう。


わたしは、なんとか夜会をお断りしようと頭を巡らせた。


「……でも、たしかミュラン様は今日の夜会で『国土清浄の儀』とかっていう、難しい儀式を任されているんでしょう? わたしなんかを連れていっても、邪魔にしかならないと思うんですけど」

「いや。むしろ妻の同伴が欲しいんだ」


あぁ、なるほど……と、ようやくわたしは理解した。


今日の夜会では、ミュラン様はただのお客様ではない。四聖爵(ししょうしゃく)という重要な役職の、仕事をするためにも呼ばれている。


仕事の目的で呼ばれている以上、体裁を保つためにも女性の同席が必要ないのだろう。これまではキレイな愛人さんがいた訳だけど、全員解雇しちゃったし。消去法的に、わたしが行くしかないのか。


……でも、イヤだな。恥かくに決まってるし。


「でも、わたし、公爵夫人っぽい振舞いなんかできませんよ……」


実家にいた頃に、一応マナーは学んでいた。ある程度は覚えてはいるけど。

全然、板についてないもの。地の性格が、こんなだし……


わたしがすごく嫌がっていると、ミュラン様がちょっと困った顔でうなずいた。


「すまない、僕の配慮が足りなかった。……いきなり役割を任されたら、君が困るのも無理はない。今の誘いは忘れてくれ。今日の夜会はひとまず、君の代役を侍女のロドラに任せるしかないな…………」


「ろ、ロドラに!?」


70歳近い高齢侍女のロドラに!? 背中の曲がったお婆ちゃんですよ? よりにもよって、なぜロドラ??


「い、いえ。さすがにロドラに頼むのは、ちょっと違うかなぁって気がします……。だったら、わたしが行きますよ」

「そうかい? ありがとう、リコリス!」


さらっと笑顔で感謝され、わたしの夜会行きが決定してしまった! この男、まさかわたしを口車に載せたのでは……


(あぁ~。嫌だよぅ、夜会……)

わたし、13歳のとき2,3回行ったきりなのに! これ、絶対に恥かくルートだ……


   * * * * *


「……貧相な妻でスミマセン」

「ん?」


ガスターク公爵家の豪奢な馬車に揺られながら、わたしは隣に座るミュラン様に謝っていた。

夜会に出向くわたしたちは、馬車で園遊会の会場へと向かっている。


「四聖爵で、なおかつ既婚者のミュラン様が、独りフラフラと園遊会に出向くわけにもいかないんでしょうけど……。でも、連れ歩く女がわたしなんかじゃ、体裁が悪いですよね」


「今日の君は、やけに自虐的だな。そこまで夜会が苦手だったのか?」


「苦手というか……ふつうに怖いです。せめて金髪のかつらとか被ってくればよかったですか?」

「かつら??」


わたしは深刻な顔でうなずいた。


「胸も本当は詰め物とかいっぱい入れたかったんですけど、侍女たちにすごく反対されちゃって……」


わたしは鬱の入った態度でまじめに言っていたのだけど、なぜかミュラン様が噴き出した。


「そのままでいいよ、リコリス」

似合っているから自信を持った方がいい、と言って彼はわたしの赤いドレスをちらりと見た。


ドレス選びで、ず~っと悩んでいたわたしに、屋敷でミュラン様が「赤が良いよ」とアドバイスしてくれた。黒髪には、赤が映えるそうだ。


(……まぁ、どうせお世辞なんだろうけど)

金髪の巨乳美人にしか興味ないくせに、この人はまた適当なこと言っちゃって……


(どうせあと2年で別れちゃう人なんだから、できるだけ関わりたくないんだけどな……)


ミュラン様は淡く口元に笑みを浮かべたまま、窓の外に視線を馳せていた。



   * * * * *


わたしたちの暮らす国・ヴァリタニア王国には、聖女がいない。

だから聖女の代わりとして、4つの特別な家柄の貴族が国の浄化作業を行っている。


『東のレカ』と呼ばれ、聖風妖精シルフを従えるといわれる、レカ公爵家。

『西のガスターク』と呼ばれ、聖水妖精ウンディーネを従えるといわれる、ガスターク公爵家。

『南のナドゥーサ』と呼ばれ、聖火妖精サラマンダーを従えるといわれる、ナドゥーサ公爵家。

『北のアルバディア』と呼ばれ、聖地妖精グノームを従えるといわれるアルバディア公爵家。


これら四家は四聖爵ししょうしゃくと呼ばれていて、妖精の力を借りながら国の守りを固めている。聖女がひとりいれば済む浄化作業を、四家の当主が手を取り合ってなんとか執り行っている――というのが正直なところらしい。



……というのは、今日の園遊会に行く前に、大慌てで勉強した基礎情報だ。

一応わたしは公爵夫人ということになっているので、最低限の知識だけは押さえておかなければならない。


(それにしても、なんでこの国、聖女がいないのかなぁ……。聖女の代わりを貴族の当主がやるって、変な感じだけど……)


などと思いながら、ミュラン様と並んで園遊会の会食会場を歩いていた。


さすが王家主催の宴だわ。

全体的にまぶしすぎて、わたしには身分不相応だった。

空気が薄い、早く帰りたい……。


「リコリス。いつもの威勢はどこにいったんだい。チョコレートが好きなんだろ、食べていいんだよ?」

「わたし、貧乏が染み付いてるんです。……知ってますか、ミュラン様。貧乏人は豪華絢爛な場所に引きずり出されると、恥じらいで酸欠を起こして死にそうになるんです」


君の言い方は独特だね、と笑いながら、おいしそうな食べ物をいくつかお皿にとって渡してくれた。さらっと自然な態度が腹立つわ……


「やぁ、ミュラン。元気そうで何よりだ!」


と、30歳半ばの貴族男性が、気安い様子でミュラン様に話しかけてきた。

うわっ。なんかお金持ちっぽいキラキラした服だな……この髭の紳士はかなり羽振りがよさそうだ。


「ご無沙汰しております、アルバディア公爵」

ミュラン様が、屋敷にいるときとは別人みたいな丁寧な礼を返していたので、わたしも慌てて淑女の礼をとった。


「すっかり元気になったようだね、安心したよ、ミュラン。……先日の件、未知の呪いを掛けられたそうじゃないか。四聖爵の魔力を超える呪いとは、穏やかではないな」


「私の力が未熟なばかりに、お恥ずかしい限りです」

「いや。標的が私であったとしても、跳ねのけられたかは分からない。それにしても、国家の剣たる四聖爵に仇なす者がいようとは――その者の首を一刻も早く女王陛下に献上せねばなるまいな」


……う、なんか不穏なこと言ってる、このおじさん。

アルバディア公爵――ということは、この髭紳士が四聖爵のひとり、北のアルバティア公爵なのね。ミュラン様の、同僚的なポジションの人か。


不敬な態度を取らないように気をつけなきゃ……と、がちがちに緊張しながら後ろに控えていると――

「おや。そちらのお嬢さんは?」

アルバディア公爵が、ふと、わたしに視線を移した。


「これはリコリス。私の妻です」

「君の妻!? ずいぶん趣味が変わったな……今までの君の相手と比べると、全然見栄えがしないじゃないか!」


ぐはっ。


失礼な直撃打を喰らってしまい、わたしは一瞬よろめきそうになった。すごく自然な所作で、ミュラン様がわたしの背中を支えてくれている。


「いえ。彼女は良い妻ですよ。呪いに倒れた私を、献身的に看病してくれたのです。お陰で、大切なことを思い出せました」

「ほぉ……? 情にほだされたか! まったくもって、いつもの君らしくないじゃないか!」

と、アルバディア公爵は豪快に笑い飛ばしていた。


「だが君はまだ若いんだから、もっと手広く妻を求めるべきだよ。我ら四聖爵にとって、後継者問題は深刻だからな。健康な妻を多く抱えるのが、一番効率がいい。……そうだ! ちょうど君に紹介したい婦人が3人ほどいるんだが――」


「光栄ですが、辞退いたします。今は、妻を増やす気はありませんので」

柔らかく目元を細めて、ミュラン様は申し出を断っていた。


それでは、のちほど。と笑顔で言い残して、ミュラン様はわたしを連れてその場を離れていった。


「すまない……嫌な思いをさせてしまった」

ミュラン様はぼそっと呟いた。表情はない。たぶん、不機嫌なんだと思う。


「だいじょぶですよ、ミュラン様。想定済みです」


わたしは別に、不機嫌にはなっていなかった。

見栄えがしないのは、分かり切っていたことだもの。


……別にいまさら言われても何とも思わないし。

離婚するまでの2年だけ、我慢すれば済むことだし。



でも、隣を歩いているミュラン様が、「やっぱり違う世界の人なんだなぁ」と思ったら、一緒にいるのが申し訳なかった。

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