女神様の冒険記

紫苑

第1話

 とある世界の一つであるマルスト。

 その世界を管理している女神であるシャスティルが…………


「ヒューーヒューーウプッ……ハァハァ、こ、これが、終われ…ば、う"ッ…や、やっと、休め、る」


 過労で死に掛けていた。

 疲れきりフラフラと揺れており足は力が入らないのか産まれたての子鹿の様にガクガク。

 身体が苦しく過呼吸となり吐き気、頭痛が常に身体を襲い更に、寝不足による眠気も加わり思考に靄がかかり上手く働いてくれない。

 長年寝れてなくて目の下は真っ黒、元は青い瞳は充血し赤色に、肌はかさつきボロボロに。

 髪の毛は手入れ出来ず元は綺麗な白い髪の毛は汚れボサボサとなりくすんだ灰色になっていた。

 疲労に満ちた表情とボロボロな姿は、あまりにも悲惨でありとても世界を管理する女神には見えなかった。


「や、やっと、終わった。これ、で休める。ハ、ハハハ……ウプッ、ヒューーカヒューーーな、何年振り、かな?……百年、振りかな?」


 もうマトモに休めたのが何年前か思い出せない。

 少なくとも記憶の中で最後に寝たのは百年位前だったと微かに覚えている。

 それ以降は、忙し過ぎて休めた記憶が無い。

 休めてもエネルギーの回復の為に一時間、二時間程休む位だった。

 まぁ、その間も常に血眼になって世界を観測していたので休めていたのかは不明だが。


「ハァハァ、オェッ……で、でも、これで、当分は持つ筈。やっと、安心してう"ぐッ"、ヒューーーウプッ……ハァハァ、安心、して寝られる。グス、う、ぅぅ~~寝られるよ~~」


 シャスティルは、百年振りにゆっくり寝られる事に涙が溢れて泣いてしまった。

 少し前、ほんの数日前までは泣いてる暇もない予断を許さない程に忙しく休む事が出来なかった。

 それが、こうして気を緩め安心して寝られる。

 世界の管理者である女神といえど泣いてしまっても仕方なかろう。


「さ、先に、寝よ。お、お風呂、は、後で、いいかな。お、起きてから、ゆっくり入ろ。え、えへへ」


 お風呂にも入りたい。

 でも、眠過ぎてもう耐えられない。

 なので、起きてからゆっくりお風呂に入る。

 そんな、些細な事でさえ今のシャスティルには嬉しく思え思わずにやけてしまう。

 自身の仕事場でもあり住居でもある神域をふらつきながら歩き寝室にたどり着いたシャスティルは、過去に自身の権能を無駄使いして創りだしたベッドへと倒れ込む。


「ヒューーーヒューーーーえ、えへへ、お、お休み、なさい」


 誰かが居るわけでもないが、百年振りに口にした「お休みなさい」という言葉に胸がポカポカと暖かくなり心地好い気持ちになりながらシャスティルは、ベッドに横になった事で強くなる眠気に抗わず目を閉じた。





『ガシャアァァーーーーーーンッ!』


 僅か数秒後、何かが割れる音が神域に響き渡った。


「ッ!?な、何!!?痛ッ"!……な、何が」


 突然の出来事にシャスティルはベッドから飛び起き頭痛に痛む頭を押さえながら何が起きたのか権能を行使し探る。


「う、嘘、でしょ」


 そして、信じられない事に気付いた。


「し、神域の、ヒューーーーう"ッ、か、壁が……壊れた」


 神の力で創られている神域。

 その神域の壁が壊れていたのだ。

 しかも、自然に壊れた訳ではなかった。


「勇者が、何で神域を」


 この世界の種族の一つである人間達の中から選ばれる特別な存在である勇者。

 その勇者が神域の壁を破壊し神域へと侵入してきていたのだ。

 一体どういう事なのか。

 何故、勇者が神域の壁を破壊し侵入してきたのか。

 そもそも、神の力により創られている神域の一部である壁をどうやって破壊したのか。

 あまりに異常事態過ぎる。


「ぅ"ぅ"~~ッ"」


 頭痛と眠気で働かない頭には、この異常事態について考えるのは辛過ぎる。


「は、話さない、と」


 直接話すしかない。

 何が目的なのか本人に聞くしかない。

 世界の管理者である神の領域である神域を破壊してまで乗り込んでくる。

 自分は世界の維持の為に、世界全ての種族を栄えているか滅んでいないかの確認はすれど細かくは確認していなかった。

 いや、正確には確認する余裕が無かった。

 だから、もしかしたら自身が気付いてない様な非常事態が種族全体に起きていて勇者が形振り構わず何らかの方法で神域に乗り込んできたのかもしれない。

 そうだった場合、話を聞いて解決するのは管理者である自身の大事な仕事だ。

 だから、シャスティルは死ぬ程頭痛と眠気、疲労で辛いがガクガク震える足を意地で動かした。

 そして、ふらつきながら何とか歩いて神域内を進み割れたガラスの様にバラバラに破壊されている神域の空間の壁を背に立っている勇者を見付けた。

 勇者は、右手に剣を握りながら自身とは反対の方向を向いておりシャスティルは勇者と話す為に声を掛けた。


「ゆ、勇者よ。カヒューーーーッ、一体、な「見付けたぞ邪神め!!」……ぇ」


 何故か、勇者に邪神と言われた。


「ま、待ってう"ッ、ヒューーーー…下さい。な、何の事で、すか。邪神とは、何の事ですか。ッ"!」

「何の事だと。貴様の事に決まってるだろ!」

「わ、私が?」


 意味が分からない。

 自分はこの世界の管理者である女神。

 堕ちた神である邪神なんて邪悪な存在では決してない。


「ヒューーーーヒューーーーち、違います。わ、私は、う"ッ、この世界の女神で、あるシャスティルです!邪神では、ありません!」

「戯れ言を言うな!人々の繁栄を妨げようとする存在が女神シャスティル様のわけないだろ!邪神が女神様の名を騙るな!」

「嘘じゃ、ありません!私、がゴフッ"、女神シャスティルで、す」


 邪神じゃない。

 本物の女神だと辛い身体に鞭を打ち必死に勇者へ伝える。

 しかし、シャスティルの言葉を勇者は聞く耳を持とうとせずゴミを見る様な蔑んだ目で見てくる。


「邪神の言葉等信じる訳ないだろ。女神シャスティル様の名を騙った罪。その命で償うがいい!」


 勇者が、自身との間合いを一瞬で詰めてくると右手に握る剣で袈裟斬りしてきた。


「くッ"!!」


 過労で死に体みたいな状態とはいえ女神である事に変わりはない。

 シャスティルは、勇者の瞬きの間の攻撃を一歩後退して袈裟斬りを回避した。

 しかし、攻撃はそれで終わる訳がなく切り上げ、振り下ろし、横薙ぎの連撃。

 魔法による弾幕攻撃が襲ってきた。


「や、止めて、下さい!」


 シャスティルは、全ての攻撃を権能による結界を張って防ぎ勇者に攻撃を止めてくれる様に懇願する。

 今は、何とか剣と魔法の連続攻撃を権能の結界で防げたが正直過労のせいで次も権能の行使が出来るか分からない。

 勇者が止まってくれないといつ権能が行使出来ず攻撃を受けるか分からない。

 なにより、勇者の使う剣が危険過ぎるのだ。


 あれは、滅神剣ガズア。

 あれを喰らうのはまずいです。


 滅神剣ガズア。

 その剣の能力は、名前から分かる通り神の神格を破壊し神を滅する力があり使用者の力を何十倍にも高める能力を持つ剣だ。

 シャスティルの前任者の神が世界の管理者だった際に世界が邪神に襲われた際に人類に下賜されたもの。

 邪神を滅した後は、代々人類がいつか新たな邪神が現れた時の為に保管していたはずなのだ。

 その滅神剣を勇者が手にしている。

 恐らく神域の壁が破壊されたのも滅神剣の力によるものだろう。

 このままだと、シャスティル自身も滅神剣により滅ぼされかねない。

 本気でまずい状況だ。


「黙れ!邪神が!」

「お願い、信じて。私は、女神シャスティル、なんです」

「貴様みたいな薄汚い姿の奴が女神シャスティル様の訳ないだろ!!」

「うぅ」


 確かに、今の姿は長年の仕事で汚れている。

 だが、世界の為に頑張ってきた証しでもあるのだ。

 それを守るべき存在の一つである人間から邪神と呼ばれた挙げ句薄汚い姿と罵られショックだった。


「ハア!」


 剣を全力で振り下ろされ結界を破壊された。

 一瞬で肉薄され剣を横薙ぎされる。


「ガァ"ッ!」


 咄嗟に結界を張ったが剣により簡単に破壊されてしまい剣がとうとう身体を捉えてしまった。

 傷は深くはないが脇腹を切り裂かれてしまい痛みが走る。

 なにより滅神剣の能力である神格破壊により自身の神格にダメージを受けてしまい今まで感じた事の無い痛みに体内から全身を襲われた。

 まるで、体内から直接身体を削り取られるかの如き感覚。

 いや、神格を破壊されているのだから文字通り削り取られると言ってもよいだろう。

 それ程に今の攻撃はシャスティルに致命的なダメージを負わせたのだ。

 だからこそ、対処出来なかった。


「ハアーーーーーー!!終わりだーーーーーーー!!!」

「ゴフッ"!」


 雄叫びを上げながら振り下ろされた勇者の全身全霊を掛けた全力の一撃。

 神格を破壊される痛みに隙を晒していたシャスティルに避けられる筈がなく振り下ろされた滅神剣はシャスティルの身体を袈裟斬りに深々と切り裂いた。


「ッ!ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァ"ーーーーーーーーーーーーーッ!!!」


 瞬間、襲い掛かる神格を破壊される壮絶な激痛。

 シャスティルは、痛みに耐えられず泣き叫び何とか必死に権能を行使し神格を破壊されるのを阻止しようとする。


「しぶとい奴め!」

「ガッ"!ア"ア"ァ"ァ"ーーーーーーー!!!」


 しかし、そこに勇者が追撃で腹部に滅神剣を突き刺してきた事により更に神格に致命的なダメージを負わされてしまった。


「あ、ぁ…ぁ」


 痛みに耐えきれず薄れていく意識。


「な…ん……で…………」

「やった、やったぞ。邪神を倒したぞ!これで、俺はイリシア姫と結婚出来る!」


 なんで、こんな事にと薄れゆく意識の中悲しんでいると、勇者のそんな言葉が聞こえたのを最後にシャスティルは意識を失った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る