第43話 方向音痴

「どの辺りだっけ?」


「まだまだ先よ」


「違うって。そっちじゃなくて真っ直ぐよ」


「本当にマーガレットって方向音痴なのね」


「そうそう。戦闘の時の指示は的確なのにさ、何故か方向音痴なのよね」


「もう。言わないでよ。森の中って真っ直ぐ歩きにくいのよ」


「そう言ってるのマーガレットだけだからね」


 森の中を歩く女性の5人組。彼女らは王都所属のランクSのパーティだ。リンドがランクAに昇格したと聞き王都での活動が落ち着いたところでミディーノの街までやってきた。杖を買ったトムの武器屋に顔を出してリンドの事を聞いたところ、


「リンドなら最近来たばっかりだ。しばらく森にいて街には来ないんじゃないか」


 と言われてじゃあ一度行っているし私たちから乗り込んでいきましょうという話になった。そこまではよかったのだが乗り込んでいきましょうと言ったリーダーのマーガレットが方向音痴でメンバーは森の中を右や左に移動しながら奥に進んでいた。


 そうは言ってもランクSの彼女達、森の入り口から中に入ったところに生息している魔獣は相手にならない。邪魔になる敵を倒しながら奥に進んでいく。


「ほらねっ、絶対マーガレットは道を間違うから朝一番に森に入ろうと言って森の入り口で野営をして正解だったでしょ?」


 戦士のコニーが歩きながらドヤ顔になる。彼女の言う通り朝一番で森に入った一行、右へ左へとウロウロしながら歩いていた結果既に陽は大きく傾いていた。


「正解はいいんだけど、日が暮れる間に着くの?」


 最後尾を歩いているマーガレットが言う。森に入った時はリーダーだから先頭を歩くわよと言って歩き出したがとんでもな方向にばかりいくので途中から最後尾になっていた。


「もうすぐのはずよ。Bランクのエリアに入って結構歩いているから」


 先頭を歩いている戦士のコリーがそう言いながら森を歩いていた一行の前、木々の先に明かりが見えてきた。と同時に結界を超えた感触が伝わってくる。


「ほらっ、着いたわよ」





「誰か来るね。この気配は前にも感じたことがあるよ」


「うん。リンドの気配感知もそれなりに強くなってるわね。この気配は女性5人。以前ここに来たランクSのパーティね」


「なるほど。流石にミーだな。俺はそこまでわからない」


「まぁね。でもリンドもかなり感知能力が上がってる。自信持っていいわよ」


 そんな話をして家の玄関から外にでるとしばらくして女性5人組が結界を超えて敷地に入ってきた。ミーは黒猫の姿でリンドの肩に乗っている。


「こんばんは。いらっしゃい。Sランク昇格おめでとう」


 近づいてきた5人にリンドが声をかける。彼女らがSランクに昇格したのはこの森での鍛錬の後で昇格してから会うのは初めてだ。彼女らは皆口々にありがとうと言ってから、


「突然ごめんなさいね。また鍛錬させてもらえないかと思って王都からやってきたのよ。というかリンドの家、広くなってない?」


 挨拶を返したマーガレットが目の前に立っているリンドの背後にある家の様子が前回と違っていることに気づいていうと。他の4人からも。


「本当だ。新しい家ができてる」


「ああ。増築したんだよ。みなさんなら歓迎するよ、さぁこっちだよ」


 そう言って増築した新しい棟の玄関に案内する。


「中は4部屋ある、各部屋にベッドが3つあるから。どの部屋を使ってくれてもいいよ」


「すごいのね」


 玄関から中に入ったマーガレットらは新しい平屋の建物とその部屋を見てびっくりする。


「一休みして水浴びしたら居間の方に来てくれていいから。食事を準備しておくよ」


 突然やってきてもいつもと同じ対応をするリンド。リンドが以前からある家の方に歩いていくと5人の女性達は新しい離れの棟に入って部屋を見てびっくりする。


「すごいわね。これ全部リンドが作ったんでしょ?」


 中に入るとその出来栄えにびっくりしたマーガレットが言うと精霊士のファビーナが続けて言った。


「完璧よ、おそらく風魔法だと思うけど隙間がない様に綺麗に削って合わせてある。私は無理ね」


 ファビーナのその言葉で他の4人が部屋の壁や床、天井に視線を送るがどこも綺麗に合わさっていて全く隙間やずれが見られない。


「やっぱりリンドは私たち以上なのかも」


「間違いないわね」


 部屋に荷物を置き水浴びを終えたマーガレットら5人がリンドの住んでいる家の居間に顔を出すと既に料理がテーブルに用意されていた。家の庭で採れた野菜に果物、そして鹿の肉を焼いた料理だ。


「簡単なのしかなくて済まないね」


「ううん、突然やってきたのに申し訳ないわね」


「食料は結構あるから問題ないよ、さぁ食べてくれよ」


 リンドの言葉で食事が始まった。マーガレットらは朝から森に入ってほとんど休まずにここまでやってきたので全員が空腹だった。美味しいと言いながら料理を平らげていく。


「ふぅ〜やっと一息つけたわ」


 ある程度食事が進んだところでフォークを置いてマーガレットが言った。そして王都からここにやってきた目的を話する。


「リンドがAランクになったってギルドの掲示板に出たのよ。あれだけランクが上がるのを嫌がってたでしょう?何があったのかなと思ってね」


「ひょっとして考え方を変えてランク上げようと思ったとか?」


 マーガレットに続いて狩人のユリアーネが言った。リンドは彼女ら2人の言葉に首を横に振り、


「それはないよ。ただミディーノのギルドマスターからお前をAにあげないと他の奴らがAに上げられないんだよって言われてね。こっちは気楽なBランクでよかったし、Aランクに上がるとギルドの指名クエストってのがあるじゃない。だから嫌だったんだけどさ、ギルドマスターがお前には指名クエストは出さないって約束すると言われてね、そこまで言われてしまうと断ることができなくなっちゃって」


 そう言うリンドは本当に困った表情をしている。ケット・シーのミーは猫の姿のまま居間の猫階段の一番上に座って耳をピクピクとさせながらやりとりを聞いていた。

 

 リンドの話を聞いていた5人の女性達はその説明を聞いて納得した表情になる。


「そんなことがあったのね。でもリンドは実力的には十分にAランク、いやSランクくらいはあるだろうしね。ギルマスの判断が正解よ」


 戦士のコニーが言った。


「僕がSランク?それはないよ。Sランク2体を倒すのにヒィヒィ言ってるのに無理無理」


 リンドの言葉を聞いた彼女らの表情が変わった。


「リンド、今Sランク2体を倒してるって言ったよね?」


 確認する様にマーガレットが聞いた。リンドはそうだよと頷いてから


「Sランク1体はなんとか倒せるんだけどね、2体となるとぎりぎりなんだよ。最近はこの家の奥でSランク相手に鍛錬をしているんだけどさ、やっぱりSランクの魔獣は硬くて強いよ。Sランクを倒すのに苦労しているのに自分がSランクなんて無理だろう?」


 冒険者のレベル、ランクに疎いリンドはSランクをあっさりと倒せない自分はSランクの資格がないと思い込んでいるが、マーガレット達にしてみたらというか普通の冒険者から見ればそれはもう十分にSランクの資格を満たしているという事になる。パーティ5人でやっと2体のリンクを倒している彼女らから見ればソロで2体を倒しているというリンドは既に彼女らよりも強いという理解になる。


「じゃあリンドは今は森の奥のSランクを相手に鍛錬しているの?」

 

 マーガレットの言葉に頷くリンド。


「明日案内するよ。マーガレット達なら問題ないだろうしね」



 マーガレットらは食事を終えると別棟(新棟)に移動して玄関にある打ち合わせテーブルに座る。


「相変わらず驚かせてくれるわね」


「ソロでランクSを2体倒すってどう言う事?」


「明日彼の実力を見ましょう」



 一方リンドは皆が新棟に移動した後リビングのソファに座って自分の肩に乗っているケット・シーのミーと話をしていた。


「今日はおとなしかったね」


「リンドが間違っていなかったからね。それよりも明日は今までの杖でやるの?」


「そのつもり。あくまで鍛錬だからね」


 (自分の力を見せびらかすこともしない。いつものリンドだね、安心したわ)


 ミーはそう思いながら体をリンドの頬に擦り付けた。

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