物置でふたり閉じ込められた

 コンサートホールの一件で、当然ながらクリストハルト様ファンクラブに尋問を受けることとなった。

 てっきり除名宣告とか「クリストハルト様になんたる無礼な」と怒られるのかとか思っていたら、どうも様子がおかしかった。


「イルザさん。あなたはクリストハルト様のクールな眼差しが好きだとおっしゃっていましたね?」

「は、はい……」


 ファンクラブメンバーではないシャルロッテさんは、おろおろしながら近くに座ってくれているものの、ファンクラブメンバーが怖過ぎて合同授業のときのように割って入ることができないでいる。

 物々しいファンはおっかないから、そこで待っててくれていいよ、うん。

 ファンクラブメンバーはなおも訴える。


「しかし! 現状のクリストハルト様はキャラ崩壊! この件についてどういう言い訳をなさるおつもりですか!?」

「ごめんなさいごめんなさい、私がその……」

「待ってください、会長! クールビューティーが頬を染めるとか、甘い言葉を吐くとか、新たな魅力を発揮してくれた我が同胞をそのまま責め立ててもよいものでしょうか!」


 ……うーんと。

 あれだ。合同授業のときからうっすらと思っていたけれど。

 キャラ崩壊派と推しの新たな一面派で揉めているから、原因の私をどっちかの派閥に入れたい奴だ。

 私は「あ、あのう……」とおそるおそる尋ねた。


「仮にですよ。本当に仮に仮に、私がこのまんまクリストハルト様から求婚を受けてしまった場合って、ファンクラブから私、除名ですかねえ……?」


 空気がズモモモモ……と一気に重くなった。

 うっは、これは地雷だったか?

 そうなったら、会長が「ゴホン」と咳払いをした。


「イエスクール、ノータッチの信条に基づき、本来ながら除名ではありますが。同時にクリストハルト様は未だに婚約者もいない身。第二王子という王族の立場で婚約がまとまらない場合、外交カードとしてあの麗しの人が外国勢にさわわれる可能性もあります」

「は、はあ……」

「その場合あなたは名誉会員として、未来永劫湛えます! 外国勢に推しをかっさらわれなかった、ヨッシャーと!!」


 途端に一気にファンクラブが沸き立った。

 ……うん。外交カードでそのまんま外国に婿入りが決まってしまった場合、外交官として働いているような人たちでもない限りもう会えなくなってしまうし、クリストハルト様がいない王都なんて、もうあってないようなものだから、我々下級貴族は大人しく領地に引っ込んで残りの人生を余生として寂しく送るしかなくなるもんな。

 私は「ありがとうございます、ありがとうございます」と頭をペコペコ下げ続けていた。

 とりあえず尋問が終わり、解放された私はシャルロッテさんと午後の授業へと向かう。


「ファンクラブの皆さんはわかってくれてよかったですね」

「うん……皆基本的に絵描きさんに推しの絵を描いてもらったり、偵察でクリストハルト様がお付きの人々と召し上がっていた軽食用意したりしているだけの、本当に普通のことしかしてないから」

「え、ええ……それ、ファンとしては普通なんです、ね……?」


 シャルロッテさんはやけに引きつった顔をしているのはなんでだろうか。

 そもそも下級貴族が第二王子と婚約なんて、百歩間違ってもありえないし、そのために私は全力で逃げまくっている訳で。クリストハルト様、これ以上黒歴史を重ねて、薬が切れた頃に悶絶してしまわないといいのだけどと、勝手に心配している。

 念のため先生方にメイベル先生がいつ戻ってくるかを確認したものの、「七日後」と私の予測とほぼ変わらなかったから、これはメイベル先生に助けを求めるよりも、逃げ切ったほうが確実と判断した。

 私は大きく頷いた。


「ファンだからこそ、遠目で見ているだけで幸せなんですもの……そもそもこれ、私でなくってもっと高位貴族の方々がやられていたら、ファンクラブ一同で見守っていたのだけれど……」

「あら、そうでしたの?」


 そう声をかけられて振り返った。

 あー……。私は見覚えのあるようなないような方々に「ごきげんよう」と挨拶をした。

 どうも王都の方々は、流行に乗りまくっているせいで、同じヘアアレンジに同じ香水、同じ化粧をしているせいで、上手く顔の見分けが付かない。元々カリスマを高めまくっている上に、日頃から私たち下級貴族にも優しくしてくれているアウレリア様みたいに、女帝オーラ溢れる感じだったら、もうちょっと覚えやすいんだけれど。

 そんな失礼なことを言ったら、多分怒られるんだろうからわざわざ言わない。


「先程のオペラの一件、拝見しましたが、あなたいささかクリストハルト様と距離が近過ぎやしませんか?」

「普通に不敬罪で咎められませんこと?」

「あなたの領地では、王族を敬うように教わらなかったのでしょうか?」


 ……来ると思っていたけれど、やっぱり来たかあ。

 高位貴族の皆々様、本来だったら幼少期の時点で婚約者が決まっているような方々だったら、日頃から婚約者とデートをしていて、「幸せそうだなあ」とこちらもにこやかになるオーラを放っているというのに、こうして婚約が決まってなくてカリカリしている方々は、下級貴族にちょっかいをかけてくるのだ。


「……大変申し訳ございません。全ては私の失敗から来るものでして」

「それでしたら、王族におかしな真似はしないほうがよろしいのではなくて?」

「おっしゃるとおりでございます。それならばどうぞ皆々様でクリストハルト様をお止めくださいまし」


 そう言って私はシャルロッテさんと「行きましょう」と言って逃げることにした。


「……大丈夫なんでしょうか? 下手なことを言ったら、イルザさんを攻撃してきませんか?」

「多分大丈夫とは思うの。あの方々も頭がピンク色でない限りは、クリストハルト様にちょっかいはかけられないでしょうし、下級貴族にそそのかされて王族にちょっかいをかけたら、それこそ不敬罪だし」


 まあ、高位貴族の方々が私にキレたい気持ちもわからなくもない。

 婚約決まってない奴が、王族になにしてくれるんじゃと、ただでさえ自分が婚約決まってない以上は当たりたくもなるだろう。

 私だってお金さえ手に入ったら、惚れ薬なんてつくらなかったんですがね! 四倍差婚は普通に嫌ですし!

 そうこう思っていたら、男子たちが中庭でフットボールをして遊んでいるのが見えた。

 授業がなかったら馬で遠乗りにでも出かけていただろうけれど、授業がある場合は中庭でボール遊びをしているのもよく見かける。


「殿下、とうとう理想の女子が見つかったんですか?」


 一緒にフットボールをしているのは、クリストハルト様の取り巻きの人々だ。取り巻きってひと言で言っても、侯爵家跡取りだったり、宮廷書記官候補だったりと、身分も実力もある人ばかりだ。ドミニクさんもまた、フットボールに参加している様子だった。

 私は思わず顔を見られたくない一心で、シャルロッテさんの影に隠れる。

 からかい交じりに尋ねられたクリストハルト様は、それはそれはボール遊びにあまり詳しくない私たちまで見とれるようなボール捌きで、飛んできたボールをリフティングしていた。


「理想の女子が見つかったんじゃないよ。最初から理想だったんだよ」


 口笛が飛ぶ。

 うう、私を見つけてないところでまで黒歴史をつくらなくても。

 ドミニクさんも私と同意だったのか「殿下、その辺で」と注意を促すものの、クリストハルト様の口は滑らかだ。


「元々理想だった子が理想的に成長した……それだけの話さ」

「それは……」


 あまりにも熱を帯びて語るため、誰かがしどろもどろに言葉を繋ごうとしたものの。

 クリストハルト様がパスしたボールを受け損ねて、ころんころんと転がっていってしまった。


「ああ、申し訳ございません! すぐに拾ってきます!」

「いいよ。これは私のほうが近いし、私が取ってくるさ」


 ドミニクさんも同行しようとするものの、クリストハルト様が微笑んだ。


「ドミニクも休んでくれたまえ。これくらいは護衛抜きで取れるさ」

「……ですが、またあのアホ娘に絡まれるんじゃないかと」

「あまり私の花のことを悪く言ってくれるなよ」


 そう穏やかな顔で、ボールを取りに行ってしまった。

 私はそれをシャルロッテさんの影に隠れて一部始終聞いてしまった。


「……あのう、イルザさん。クリストハルト様とお知り合いでしたか?」

「ううん。全然知らない。魔法のせいで、記憶まで勝手に改竄されちゃったのかな」

「いえ。もしクリストハルト様がおっしゃっていることが本当なのだとしたら、少し気の毒にも思えてきまして……」

「シャ、シャルロッテさん。それは洗脳だと思うの! クリストハルト様、入学してきてから様子がおかしくなるまで、一度も私に絡んできたことがないのよ! クリストハルト様があれこれ並べていても、それ全部あの方の捏造だから騙されちゃ駄目よ!」

「そ、そーう?」


 記憶を探ってみても、あれほどのクールビューティーと出会ったら私だって覚えているはずなんだ。

 クリストハルト様と初めてお見かけした入学式、新入生代表で挨拶していたあれだけ造形が美しく、凜とした眼差しの人なんて、地元にはひとりもいなかったから、呆気に取られて見ていた。あのズシンとくる衝撃なんて、一度味わったら思い出さないはずないもの。

 本当に人って、素敵と思った人は発光して見えるんだなあと、初めて知ったんだから。

 それにしても。


「……クリストハルト様。ボールを取りに行って、少し遅くないかしら?」

「そういえばそうですね。転がっていった方向なんて、行き止まりですからすぐ戻ってくるはずですのに」

「私、心配だから見てくる」

「……イルザさん、よろしいんですか? また魔法で」

「あーうー……」


 また甘い声でたくさん囁かれたら、多分「解釈違いー無理ー!!」とまたも泣き言を言うと思うけれど。それを抜きにしても帰ってこないのはおかしい。

 私はシャルロッテさんに「ドミニクさんに言っておいて。様子見てくるって」と伝えると、そのままクリストハルト様が向かっていった方向へと走っていった。

 奥にあるのは、園芸場にはメイベル先生が使っているような小屋があるように、体育の授業に使われている物置きが存在している。そこから、ドンドンと音が聞こえた。


「す、すまない! 扉が、開かない!」


 ドンドン叩いている声は、クリストハルト様のものだった。

 ……って、ええ?

 私はおろおろして、とりあえず鼻を摘まんで声をかけてみた。


「どうなさったんですか?」

「すまない、扉が開かないんだ。どうも壊れているらしくて」


 その声に、少しだけほっとした。あれだけ甘い言葉を並べ立てていた声よりも一オクターブ低く、私の好きな落ち着いたクリストハルト様の声だった。


「力いっぱいぶつかったら、開きませんか?」

「完全に扉を壊してしまったら、ここを使っている者たちが困るだろう。外側からだったら開くはずだから、そのまんま開けてくれないかい?」

「は、はい……!」


 私は慌ててパッと開ける。たしかに外側からだったら普通に開いた。


「大丈夫ですか!?」

「……私の蕾」


 クリストハルト様ときたら、私と顔を合わせた途端に顔を真っ赤にさせてしまった。

 って、ええ!? ただ助けただけなのに、私が悪者みたい!


「……すまないね。情けないところを見られてしまって」

「い、いいえ! 様子見守っていたら、全然クリストハルト様帰ってこないなあと思いまして……」

「そうか……君にはあまり情けないところを見られたくはなかったのだけれど」


 その言葉には、どうも惚れ薬の影響はないように思えた。声も甘くないし、落ち着いている。私は思わず笑ってしまった。


「いいえ、それじゃあ出ましょう!」

「……この扉は内側からだと壊れているから、開けっぱなしにしてないと駄目なのだけれど、扉閉まってないかい?」

「あ」


 私が押さえておかずに中に入ってしまったせいで、そのまま扉が閉まってしまった。

 思わずガチャガチャやっても、開かない。

 ……助けに来たほうが助けられる側に回ってどうするの!?


「開けてー、開けてぇぇぇぇぇぇ!!」


 私は泣きべそかきながら、扉をガンガンガンガン叩きはじめた。

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