探偵事務所

 朝の柔らかな日差しが、琥珀色の窓を通して部屋を照らす。        

 澄みきった空気を味わうかのように、木々の葉がゆれ、そこに影とした。


 思わず深呼吸をしたくなるような、美しい朝。穏やかな空気の中で、ここの主である探偵をつつむのは、香ばしいコーヒーの香りだった。


 ふわりと立ちのぼる湯気が朝日に照らされ、白くうかびあがる。それは、夜の闇のような彼の瞳をやさしくくすませた。カップをもつ白い指は陶器のようで、どこか人間離れしているような印象をあたえる。薄紅の唇がカップに触れ、コーヒーを口にふくむ様は流れるように美しく、まわりを舞う白い靄がそれを更に引きたてた。


 彼の腕が窓に伸び、アンティークウッドの木枠に触れる。

 少しきしんだ音をたてて、窓が大きくひらいた。


 潮風が彼の頬をなで、月白げっぱくの髪をふわりとなびかせる。鮮やかに光る宝石の海ユウェールが、彼の瞳に映る様は、夜の瞳に色を与えていくようだ。


 青空を切りさくように、純白の海鳥が飛びまわる。軽やかな羽音と、心地良い鳴き声に応えるように水面がゆれ、眠ったままの街に朝を告げていく。

 訪れたに、彼は妖しげな笑みをたたえた。


 Orthrosオルトロス。夜明けの名を授かった探偵事務所その店は、街のめざめと共に動き出す。彼は夜明けを見届けると、踵を返して窓に背を向けた。


 薄暗かった部屋は、息をしはじめたかのように明るさをとり戻していく。アンティーク調のおちついた部屋に差しこんだ光が、明るさと共に色をはこびこむ。黒を基調としていながらも、細かな色で富んだそこは、人ならざる物が住んでいるのかと思わせる異質さと、目を奪われるような美しさを兼ね備えている。


 そんな部屋の中心に置かれたテーブルに、彼は真っ白なクロスをかけていく。

 光をうけて透明に見えるそれは、また1つ部屋に明るさをあたえる。

 金の装飾が施された花瓶には、色とりどりの花が生けられていた。

 真実の華、アネモネ。それはこれから訪れる「客人」が、彼にもたらすであろう物だ。その花を見つめる彼の目には黒い炎が燃えていた。


 チリン、と耳くすぐる音が、部屋に響いた。「客人」を告げるベルと共に、1人の女性が扉をくぐった。

 薄紫ラベンダーのサスペンダースカートに、柔らかなフリルをあしらった白のブラウス。女性らしさと幼なさを併せ持った彼女は、紅茶のように透き通った瞳を不安げにゆらした。


 「お待ちしておりました。ようこそ、Orthrosオルトロスへ」


 彼は眼前の女性に深く礼をした。


  Orthros オルトロスの所長であり、黄金郷の名を授かった探偵。

 夜明けの主人でありながら、瞳に夜を飼うその探偵の名は─── 。


わたくしはルディ·エルドラド。探偵です」


 ルディの瞳に巣食う夜が、妖しげな光をたたえた。

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