第3話 猫耳メイドは邪魔をする
「まつりちゃん……でへえへへへ」
「サクちゃん……ふへへへへへ」
あれから三日。
俺たちは毎日学校が終わるたびにこのカフェに通う、すっかり常連さんとなってしまった。
何しろ、まつりがかわいすぎる。かわいすぎるのが悪いんだ。どうあがいても貢ぎたくなってしまうんだ……っ!!
「「「お帰りなさいませーっ、ご主人さまっ!!」」」
店内に入ると、かわいいメイドたちがきらきらのスマイルで迎え入れてくれる。
俺たちはいつもの席に座り、せわしなく辺りを見回し、お目当てのメイドを探す。
「……お」
と、いつものように店内の隅っこで立っているまつりを発見した。
俺と目が合うなり、ぱああっと嬉しそうに顔を輝かせるまつり。とてつもなくかわいくて、危うく息が止まりかける。
「まつりちゃん、今日もお願いします」
「はっ、はい!!」
呼びかけると、まつりはぱたぱたと軽い足取りで近づいてきてくれる。俺に慣れてくれたのか、笑顔に少し余裕が見えるようになってきた。
「サクちゃーん! 今日もかわいい♡」
「ミナミくん、ありがとう♡」
と、南はすでに、いつものメイドとイチャコラしている。
てか、名前で呼ばれてる……!? そんなのありなのか?
と、口をぱくぱくとさせる俺を見てか、まつりが遠慮がちにくいくいと袖を引っ張ってきた。
「あ、あの……ご主人さまの名前も、教えてくれませんか……?」
「えっ、あっ、綾斗……です」
「あやと、くん」
そう照れたように呼ばれると……俺が抑えきれなくなるから困るんだが?
そんなのお構いなしで、まつりは何度も小さな声で俺の名前を口に出す。
「あやとくん、あやとくん……おっ、覚えましたあやとくん!」
「ふぁう……」
ぱっと顔を上げ、嬉しそうにぱあっと顔を輝かせるまつりを見て、俺は思わず感動の息をついた。
動作一つ一つがかわいらしい。なんじゃこの生き物。
「あっそうだ、そうだった……あやとくん、ご注文はなににしますか?」
「あ、じゃあオムライスで」
「かしこまりましたっ、オムライスですね!」
パンケーキやオムライスを頼むと、いつも一生懸命ハートを描いてくれるのがかわいいんだよなー。というか、それを見るために注文してるとこもある。
まつりは注文をメモに書き、二、三度大きく頷く。
そしてぱっと走り出し、注文を伝えに行ってくれようとする。
……が。
「ひゃっ!!?」
どってーん!! と大きな音と共に盛大に転んだまつりに、俺は目をまん丸にする。
「どどどうした!?」
慌てて助けに行こうと立ち上がりかけた瞬間、ふりふりのメイド服を揺らした美少女が、俺とまつりの間に立ちはだかった。
「あっ、ごっめんねー! 足が出ちゃったあー」
「えっ……っと、ミコさん……」
ミコさんと呼ばれた美少女は、どうやらまつりの仲間のメイドのようだ。
気の強そうな吊り上がった瞳に、くるくると肩まで巻かれた金髪。
メイド服はフレンチで、いろんなところが見えそうなデザインだ。(もちろん見て……ないに決まってるが?)
最大の特徴は、頭に取り付けられたふわふわの猫耳だ。
イエローの尻尾もセットになっていて、思わずなでなでしたくなる衝動に駆られる。
猫耳メイドは前へかがみ、転んだまつりを覗き込むようにして話し始める。
あのー、俺に背を向けてかがまれると、その、お尻が……ちらりしますが?
「ちゃんと前見て歩いてくれないと、迷惑になるんだけど? 見習いだからって、立場は同じなんだから。しっかりして? てかあなた影薄いから、困っちゃうわ~」
「ごっ、ごめんなさい……」
猫耳メイドはふんっと鼻を鳴らし、すたすたと店内を歩き始めてしまう。
「まつりちゃん……大丈夫?」
「あっ、はっはい、ごめんなさい……!」
と、しばらく固まっていたまつりだったが、俺の声で我に返り、急いで注文を取ってくれた。
「…………」
「……あの、大丈夫ですか? まさか、虐めとか」
あの猫耳メイドに虐められてるんだったら、この俺が許さないが?
血管を顔に浮かび上がらせていると、まつりはブンブンと首を振り、真向に否定した。
「そそそれは、ないです! 変な心配かけちゃって、ごめんなさい……っ」
「ならいいけど……?」
しばらく沈黙が訪れる。
どれくらいたっただろうか、ようやくオムライスが運ばれてきた。
まつりははっとして姿勢を正し、ケチャップを取り出す。
「えーっと、美味しくなる魔法を、かけちゃいます! お、おいしくなーれ……!」
いつものように癒しの落書きタイムが訪れる……と思っていたが。
「あ、ありゃ?」
「え、えへへ……家で、練習してきたんです」
予想以上に整ったハートが描かれ、俺は目を丸くさせた。
昨日描かれたハートは、もっと歪な丸形だったのが……どういうことだ??
「なんだか、いつも変な形になっちゃうのが申し訳なくって……いっぱい練習してきたんです」
「まつりちゃん……」
愛が溢れ出しそうになり、俺は慌てて自制する。
なんだこのメイド。かわいすぎるだろ……っ!!!
ふりふりのレースを揺らし、黒髪に指を絡ませながらも恥ずかしそうに俯くまつり。……いや天使?
悶絶する俺を置き、まつりはスプーンでオムライスをすくい、口に運んでくれる。
「はいあやとくん、あああ、あーん、です」
「んーんまい!」
いつも通り、あーんをしてくれるまつり。ああかわいい。
「やっぱ好きだ、まつりちゃん……」
「ひえっ、あ、ありがとうございます……」
思わずそう口走ると、まつりは頬を真っ赤にして顔を背けてしまう。
その反応を見て、俺はどこか寂しい思いに駆られる。
……これは、完全に俺の片思いだって分かってるからだろう。
知ってるけど、もしかしたら……とつい期待をしてしまう。
ああ、これが推し活の沼か?! ああそうなんだな!?
「あ、あの……あやとくん?」
「ご、ごめん!」
頭を抱えてうずくまる俺を見て、まつりが慌てたようにして声をかけてくれる。
「まつりちゃんはさ……リアルで好きな人とか、いないの?」
「ふぇっ!? す、すきな!?」
思わずそう尋ねると、途端に頬を真っ赤にし、まつりが数歩後ずさった。
「めめメイドに、恋は厳禁ですから……」
「そ、そうだよな。ごめん変なこと聞いて」
俺はそれ以上居づらくなり、オムライスをかきこむなり、急いで立ち上がった。
「は、はい、今回のお駄賃。ありがとうな」
「わっ、わ、今回もこんなに……受け取れませんよ!」
三万円を握らせると、まつりはいつものように焦って押し返してくる。
「だって十万円は多すぎるっているから……」
「三万円だって多すぎますよっ!」
「でも、これは俺の愛の気持ちで! 愛してるまつりちゃん!」
「わっ、わかりました、わかりましたから……うぅ……」
愛を叫ぶと、まつりちゃんは頬を真っ赤にして、お金を大事そうに受け取った。
俺は満足し、まだメイドといちゃいちゃしている南の方を振り返る。
「おい南、時間だ。帰るぞ!」
「ええーっ、まだ……」
「お前もう食べ終わってるじゃないか! メイドさんたちに迷惑だろ!」
「えええーっ、あっ待って! サクちゃんにお駄賃あげないと!」
慌てる南に、俺は大きくため息をつき、先に会計を済ませることにする。
「千三十円になりまーす!」
カウンターで会計を済ませながらも、俺は小さく息をついた。
正直、メイドカフェにここまでハマると思っていなかった。
こんなに貢ぐことになるとも思ってなかったし……まあある意味これは南のおかげだな……。
「ねえ、なんでため息ついてんの?」
「おわっ」
急に耳元で声がし、俺は慌てて後ずさる。
「あれ、みこ警戒されてる?」
イエローのふわふわの猫耳と尻尾を揺らすメイド……こいつは確か、まつりを転ばせたメイド?!
「……」
「やっぱ警戒されてる~、みこ悲しい~」
俺がさらに後ろに後ずさると、猫耳メイドはぐいぐいと距離を縮めてくる。
「そんな逃げないでよー、質問があるんだからさ」
「質問?」
俺が怪訝な顔をすると、猫耳メイドは、にっとほほ笑んでみせた。
「そー。……なんで、あのメイドに貢ぐの?」
「……!」
息を呑む音が聞こえ小さく振り向くと、青い顔をしたまつりの姿が見える。
俺は固まったまま、猫耳メイドを見つめた。
「……どういうことですか」
「いやー、ただ、なんでなのかなーって。だってえ、実際、みことかの方がかわいいでしょ~? それに、あんな大金……正直、意味わかんないんだって」
猫耳メイドは誘惑するようにして体をすり寄せてくる。
「ねえ、あんなメイドなんかやめて、次からはみこにしなーい? あんなメイドなんかより、もっともーっと、おもてなししてあげられるよー?」
「やめてください!!」
俺は思わず大声を出し、猫耳メイドから距離を取った。
猫耳メイドは驚いたように目を見開く。
「……なんで」
「そりゃ、まつりちゃんが一番かわいいからに決まってるだろ!!!」
「ちょ、綾斗、なにしてんの!?」
荒い息を繰り返していると、慌てたようにして南が現れ、俺の手を引く。
「帰るよ綾斗! ご、ごめんなさい、メイドさん!」
「……」
俺は強引に手を引かれ、メイドカフェを出た。
★★★★★
「……なんなのあいつ。ほんとムカつく」
綾斗たちが店を出た後、猫耳メイドは盛大にため息をついてみせた。
その言葉に、数人のメイドが合わせて頷く。
「一番かわいいとか。リアコかよ。絶対私の方がかわいいし」
と、慌てたようにして、黒髪ボブのメイドが猫耳メイドに近寄っていった。
「ミコちゃん。ご主人さまが一番、でしょ?」
「はいはーい、分かってますよー先輩。……あっ、大田さんだぁ! 今日は私を指名してくれますよねーっ?」
黒髪ボブのメイドが注意し、猫耳メイドは大きなため息をつく。
が、常連さんがくるなりスマイルを顔に張り付け、早速仕事を始めた。
それを見て、黒髪ボブのメイドは呆れたような息をつき、今度は店の隅にいたメイドの元へ近づいていく。
「まつりちゃん、大丈夫? ミコちゃんの言った事、気にしなくていいからね?」
「あ……っ、はい、大丈夫です。ありがとうございます……」
黒髪ボブのメイドはにこっと笑みを浮かべるなり、お客さんの接待にまわってしまう。
そこには一人のメイドが残された。
「……か、かわいい……って……ぅうううぅう……! 恋愛、禁止なのにいぃ……っ」
その後、店の隅で、頬を真っ赤にするメイドの姿があったことを、きっと誰も知らない。
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