決闘

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 わりとガチめの中世剣術回です

 趣味回とも

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 なぜドーキンは決闘などと言い出したのか?

 それを決めたドーキンの胸中は複雑だった。


 彼はカマラとシリウスの二人が現れる前は、自分を取り囲む状況に困惑していた。

 いったいなぜ自分たちは傭兵たちと野営をしているのか?

 なぜ花嫁を辱められたことで挙兵する話になっているのか?


 ドボールの不義理に対して、憎しみこそあれ、兵を使う必要まであるのか?

 こうしたことに疑念がなかったわけでは無い。


 だが何が正しいのかよくわからない状況で、自身の足を支えていたのは、ドボールへの憎悪と、アポニアへの※憧憬しょうけいに近い思慕しぼだ。


 ※憧憬:対象を求めて、心が強く引きつけられること。あこがれ。


 見初めた花嫁を辱められたばかりか、失った彼は怒り狂い館を飛び出た。

 そして川を越えた先で、彼女アポニアに出会ったのだ。


 彼女はドーキンの人生をハチャメチャにしたドボールに対して、正当な復讐をして名主としてその椅子を奪う事を勧めた。

 そして流れの傭兵たちを助けとしてくれた。


 彼女が求めるならそれに付き従う。

 親が子についていくようなこころが、ドーキンにはあった。


 それは花嫁を失ったという、自分の混乱した状況に、ドボールへの復讐と言うシンプルな目的を与えてくれたアポニアに対して答えたいという気持でもあった。


 だがこの混乱した状況にアポニアが与えた秩序とは別の秩序が生まれた。

 つまりはこの状況についての、「目的」が見出されたのだ。


 唐突に現れた、白い服を着た女と戦士風の男。


 彼らは好き勝手なことを言い放ったが、その内容はドーキンにとって、納得のいく内容だった。自分がシリカ帝国に利用されているという話はもっともだと思う。


 冷静になって考えてみれば、アポニアに疑わしい点は多い。あの傭兵たちは何処から湧いて出たのか?考えてみればおかしい。


 かといって自分に何が出来ようか?


 現れた者たちの話を信じるならば、自分自身に大した価値がない、それを認める事を意味してるのだ。


 あの二人はドーキン自身に備わった価値など無く、アポニアとその配下の傭兵たちにとっては名主の息子というタイトルだけが重要だといっているのだ。


 ドーキンにとってこれを認めるというのはなかなかに心が苦しい。


 そんな彼がシリウスに「決闘だ」と言い放ったのはなぜか?

 それは彼の直感から。

 

 彼に今起きている事件について議論ができるほどの教養はない。


 なにせ彼は肉体こそ成人と変わらないが、この世界に生れ落ちてまだ8年なのだ。

 簡単な約束は理解できても、政治的な理解など無理があろう。


 だがドーキンには、正義のために弱い者を助けようとする義侠心は人一倍あった。

 そしてそのために武器を振るう勇気も。


 ドボールに復讐する事がそもそも仕組まれていたのであれば、これには従いたくなかった。しかしどうしたらいいかわからない。


 いまさら目の前の二人に「はいそうですか」と付いていくこともできない。

 それはアポニアへの不義理になってしまう。なにか「理由」が欲しかったのだ。


 8歳のドーキンが思いつけた理由、それは決闘に負けたから、しぶしぶ従うということだった。


 これにはドボールの言葉も関係していた。「どっちが正しいかどうかは殴りあって決めろ」は粗暴な彼の口癖でもあったのからだ。


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 シリウスさんはすこし肩をすくめて、彼の言葉を受け止めた。


「まあ、それならそれで構わん」


 それをみるアポニアは、手の甲で熱を測るようにして俯いていた。

 もう「どうにでもなれ」と言った風ですね。


 木剣をとったシリウスさんとドーキンさんが向かい合います。


 二人が持っている木剣の長さは片手半剣ほど。

 歩兵用の剣に相当する長さです。


 シリウスさんはアルプと戦った時とはまた別の構えをとります。

 剣先を下げ、頭部をがら空きにした構えです。


 なるほど、「愚者」の構えですか。


 あの構えは一見すると無防備で、ただの愚か者に見えます。

 しかし実のところは、攻撃した者を迎え撃つのに向いた構えです。


 間抜けと思って切りかかったものが、手痛い反撃を受けて、自身が本当の愚か者だったと知る。そう言った意味で名付けられた構え、それが「愚者」の構えです。


 他方のドーキンさんはというと「屋根」の構えですか。


 剣を上段に振り上げるようにして構えています。この構えは攻撃と防御に適していて、上から振り下ろされる一撃の強さから、「屋根」と言われる構えです。


 ドーキンさんはやや攻撃的、シリウスさんは防御的な構えですね。

 シリウスさんがとった構えが意味するところは、彼に先手をゆずるということです。さて……?


 ドーキンさんが踏み込み、真っ直ぐに剣を振り下ろします。

 やはり「天辺てっぺん切」ですか。


 シリウスが下に構えた剣は、足に対しての攻撃が素早くできる。しかし上からの反応に弱い。それを狙ったものだ。


 そして剣のリーチと言うものは、肩から手をまっすぐに伸ばした時がもっとも相手に近くなる。下に構えたその時点で、自身のリーチを犠牲にしているのだ。


 これに剣を持ち上げて反応するのは、剣の上下の距離的に無理がある。

 なのでシリウスさんは敢えて――


 前に出て突きを放った。うん、ベストな選択!


 振り下ろす剣よりも、腹を狙う突きの方がその速さで勝る。

 そして突きで姿勢が下がる分、到達も遅れる。


 白刃が振り下ろされる中、反撃に出れる胆力を持つ人はなかなかいません。

 さすがは捨て犬さんと言った所でしょうか。


 突きに気付いたドーキンは、剣を振り下ろしきる前に手前に引いて防御したことで、両者の木剣が絡み合う。


 ドーキンは噛み合った剣を巻いて、その切っ先をシリウスの喉元に突き入れようとしますが、彼は突き出された剣を、木剣のつばで引っかけるとそのまま木剣を払いのけ、一歩踏み込んで組打ちに入ります。


 軽くパニックになったドーキンが不用意に手を伸ばし、腕をあげた瞬間を彼は見逃しませんでした。


 ドーキンの腕を引き上げるとその腋の下に潜り込んで、自分の肩でがっちりと腕を極めます。そして剣を投げて手を空けるとその腕で足をとり、先ほど傭兵にやったのとは少し違うパターンで肩で押すようにして、ドーキンを引き倒しました。


 これは勝負ありましたね。

 実戦なら、あとは両膝で股間を潰すなり、ダガーを差し込めばおしまいです。


「まいった!」


「よし、いい子はおうちに帰る時間だぞ」


「うん、あぁ……もう少し打ち合えるとおもったのに」


「お前さんは、もっと練習がいるなぁ。ちょっと迂闊だぞ」


 ドーキンは何かを思ったのか、一拍置いて返事をした。


「――たしかにあんたの言うとおりだ」


 ひとまず決闘の結果、ドーキンさんは連れ帰る事が出来ました。


 首をかしげざるを得ないですが、これで解決でいいんですかね?

 オークと言うか、戦士の風習はシンプル過ぎてかえって複雑怪奇です。


 事件は一応の解決をしましたが、色々と不可解な点が多いですね。

 なによりアポニアの存在自体が矛盾の塊です。


 彼女が魔女ならば、なぜ亜人のドーキンを擁立して、衆目にさらされる危険を冒してまで、魔法を使うのでしょうか?


 傭兵たちの正体がもしブレイズなら、彼らの方針とは真逆の行動です。


 彼らがなぜアポニアを許しているのか?

 それの意味が解らない。


 今回の事件は終わったように見える。

 しかしこれは、何か大きな事態の前触れのような気がする。


 おそらくその手がかりになるのは、アポニアのベルトについていた紋章でしょう。


 黒鉄のプレートに描かれていたのは羽を広げた双頭のワシの図案。

 獅子の紋章とその発展のシリカとは明らかに違います。

 あれが何か、調べるべきでしょう。

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