しんまい!! 試行錯誤の神様が往く

かじゅう

大御神の贄

 





────哮ヶ峯たけるがみね磐船いわふねつるぎたずさ

虚空そらもとくに』とそいける。










トミの郷。今は纏向と呼ばれる土地に郷があった。

綺麗な円錐の山、かつてミムロ山と呼ばれた山の麓に家を構える狩猟生活民の郷。

その郷に居る、明けと暮れの二回、山に向かって祈りを捧げる一人の巫女。それが私だった。




『異世界転生』


そう聞いて思い描いた世界は、とてもファンタジーな世界だった。

中世ヨーロッパ風のどこか、ナーロッパなんて言われる君主制の世界で。魔法やスキルが使え、冒険者という職の者がいて、魔物を倒す。

そんな世界で、貴族に転生して絢爛豪華で忙しい日々を過ごしたり。

冒険者として剣や魔法、スキルを駆使して魔物たちを倒したりして。


そうして、そこで暮らす皆と幸せな時間を過ごす。

そんな、ファンタジックな夢見ていた。



「はぁ、」


まあ、そんな都合よく世界が出来てるわけがないけど。




ミムロ山の麓を少し上がったところにある祭壇で、明けの舞を終えて疲労困憊な様子で私はトボトボと帰る。


名前はモモソ。宮女、トトビモモソ

この世界で聖女のような者をしている、転生者だ。


って言ってもチートなんて持たない、ただ転生しただけのか弱い少女だけどね。



『異世界転生』したと知って、私だって最初こそ、そんなファンタジー世界を想像してウキウキしてた。

でもそんな物は幻想でしかなかったと、すぐに知った。


そもそも、この世界にはファンタジー特有の魔法やスキルなんてものはない。

神も、魔物も、精霊も、魔法も、この世界の者達から言わせれば存在するというが、それは前世でも全世界で見られた信仰によるもの。

ファイヤアローも、ロックバレットも、ウォーターボム、ウィンドカッターも、そんなファンタジックな幻想は存在しない。

奇跡はただの偶然でしかなかった。


だから私は小説や、漫画、アニメで培ったなけなしの科学技術で知識チートした。

まぁ、元現代日本人の私にとって耐えられなかったからというのもある。


・横から下着がモロ見えの貫頭衣。

・狩り生活。

・焼き、蒸し、燻製ぐらいしかない料理。

・土が床と壁な竪穴式住居。

・野糞当たり前の衛生観念。


と、スラム街にでもいるのか!?と思うほどの。ましてや、これが富裕層だとは思えない劣悪な環境に我慢出来るわけない。

まぁ、そんな感じで何やかんやしている内にいつの間に聖女になっていた。


なんでだろうなぁ。私がわかる範囲の建築技術とか、衛生観念とか、調理法とか、治療法とかを教えただけなんだけどなぁ……。

うん、十中八九それが原因だわ。



「ん?」


そんなことを考えながら郷まで歩いていると、私を待っていた影が私に気づいて近づいてくる。


「モモー!!お疲れ!!」


「ミカ…!」


この子はミカシキヤ

郷長の娘で明るい元気な女の子。


毎日、この祭りの準備を手伝ってくれる優しい娘だ。今も水を汲んだ瓢箪渡してくれている。

マジで美少女。前世でも見たことないくらいには可愛い。結婚したい。

まぁ、同性だし、族長の娘だから絶対無理だけど。


ミカとは幼馴染で。郷のほとんどが聖女となった私の事を崇めるようになった中。唯一、今までと同じような関係でいてくれた友だちだ。

いい子すぎて泣ける。ていうか、ぶっちゃけ泣いた。

あの頃は、少しストレスでヤバかったから。かなり泣きじゃくったけど、ミカはそれを優しく抱きしめて黙って背中をさすってくれた。

感謝してもしきれない。私にとって本当に、大切な子だ。



「雨、降りそう?」


そんな風に懐かしんでいると、ミカが心配そうにそう聞いてくる。


『雨』

日に二回。明けと暮れに祭りをしている理由はこれだ。



──旱魃による大飢饉。



「ごめん、まだ大神様からの返事が聞こえないから、わからない、かな?」


「そっかぁ」

ミカは残念そうに眉を顰める。



聖女になってからもう3年になった頃。

ちょうど聖女の仕事にも慣れ、やりがいを感じられるようになってきた頃だった。


雨が段々降らなくなり、日の光が段々強くなり、湖が見る見る渇き果て、植物が水不足で死んでいった。



非農耕民族でも、飢えるほどの大旱魃がこの郷を襲ったのだ。



原因はわからない。私は気象のことなんて義務教育レベルしか知らないから、特殊な気象事項を分かるはずがない。

でも、そんな私でも異常とわかるような事だった。



そして、この現状をなんとかするべく考えられた手法が。

この、『土地神様として祀られている山に、朝飯と夕飯をお供えして舞いを踊り、雨乞いする』という苦行。


そんなので雨が降るわけない。正直言って、無駄な行為だ。


だが、いくらそう言っても意味がない事も、彼らにとっては意味がある事だと言うこととも、分かっている。

原始時代の人に「科学的に〜」なんて言っても理解されない事なんて分かりきった事だ。



「まぁ、安心してよ!」

だから、これがたとえ無駄な行為であったとしても……。

「どんな事になろうとも、ミカは絶対助けるから!」


「……ハハハありがと。でも流石に今のはブラックジョークが過ぎるよ?」


「へ?」


「……。はぁ、たまにモモってすっごいアホになるのよねぇ」


「ちょっ!?それは酷くない!?!?」


もういつも通りの光景になった萎れた木々の中

私たちは、そんな他愛もない事を笑い合いながら帰った。





「「ももさまーっ!」」

郷に着くと私より一二まわり小さな子ども達が駆けてくる。


「はいはい、どうしたの?」


そう聞くと、子ども達は『お前が言えよ』『いやお前が』と誰が私に話し掛けるかでもめ始める。


いや、要件があるなら早く言ってくれ、マジで。

君らもお腹減ってるでしょ?


そんな中、アカハヤ、とある少年が声を上げた。



「雨っ!!もうすぐ、降りますか?」


あー……。


「うん、きっと直ぐに雨が降るよ」


嘘をついた。


聖女なんて言われてるけど。

実は神様のことなんて全くわからない。


神様の声が聞こえてくる訳でもなければ、そう言う者の力を感じることもない。


気休めだ。その場限りの気休め。

でも、その場限りでも子供たちは安心してくれるはず。


そう思っていた。


「ほ、本当…?」


少女が目尻を下げて不安気に聞いてくる。

できれば笑って欲しかった。


雨が降るかどうかなんてわからないに決まっている。


私は超自然的な能力スキルも、

神秘的な力に作用させる方法も、使えない。



だからこそ、私は小説や、漫画、アニメで培ったなけなしの科学技術を使い、この極悪な環境を改善しなければいけないかったのだ。

そんな私に、原始時代に急に飛ばされて、科学的な技術 科学 を教える事チートで、聖女となった成り上がった私に、そんな魔術的な事わかる訳がない。


でもそんな事、この子達には言えないからなぁ。

……よし。


腰に下げていた巾着袋の中から、美しい深赤色の小さな宝石を出し、それを彼らに一つ渡す。


「これ、ヒヒイロカネっていってね?フタカミ山の雄岳で日の光を浴び続けて出来た宝石なんだ。

だから、この中には日の光の精霊様が住んでるの。

私も、大神様にお願いし続けるからさ。皆んなも日の光の精霊様に、休んでくださいって、お願いしてくれないかな?」



もちろん嘘だ。

これはヒヒイロカネなんかじゃない、フタカミ山は確かに日が沈む所だが、それは見かけの現象で実際に山に落ちるわけじゃないし、日光の精霊がこの中に居るのかもわからない。


そもそも、私はヒヒイロカネなんて見たことない。唯一本当の事と言えば、この石がフタカミ山で採れた物ということだけだ。



「うんっ!!!」


子ども達は眩しい目を真っ直ぐに刺しながら頷いた。

純真無垢なその視線が痛い。


──でも、嘘でも、この子達を安心させるためには



これしかないのだから。






郷の家の中で一際大きな家。郷の皆からは大家と言われる共同集会所。


夕食を終え、そこで私に秘密で郷の会議が開かれる。

私は、裏からそっと耳を当て聞いていた。




「族長……」


「………、あぁ」


喉が詰まるような重い雰囲気が壁越しに伝わる。


「あの子を、生け贄にするのですか?」


………、やっぱり。

まぁ、いつかはそうなるだろうと思っていた。


この時代、聖女が祈り続けて神が怒りを鎮めないなら、鎮まらないのは、その聖女そのもののに原因がある。そう考える人が多いだろうとそう思っていた。


この郷のみんなにとって、この飢饉を引き起こしているのは神様だ。


異常気象は神様の怒りとして信じられ、その怒りを鎮める為に神と繋がることが出来る聖職者が赦しを乞うていた。

その聖職者が赦しを乞うてもダメならば、その身を持って神に償う。

それがこの時代の人の、最後の手段。

日本の江戸でも飢饉が起こる度に、老中や天皇なんかが変わっていたのだ。

逆に、なんでまだ生きてるのかなって疑問に思うぐらい。


「………、郷のためだ。仕方がない」


「それ以外に何か方法がある筈だ!!」

「モモはこの郷の為にずっと!!」


皆が声を荒げて反対する。


「ならば、聞こう」

「なにかあるのか?別に、方法が?」


「「「…………」」」


ま、当然の結果かな。

原始時代のこの世界の人間にとって、異常気象は聖職者にしか打破することは出来ない。

誰も、私を殺す以外この状況を打破する方法を見出せるない。


ない方法を言うなんて、そんな事出来るわけがないからね。


「ならば、やむ終えまい。そうだろう?」


まだ、誰も喋らない。


宮女みやのめ、トトビモモソを、神の生け贄とす」


そう、この時代では、この郷のためにはこれが最善の選択。


「よいな」


いくら科学でチートしようが、天災をどうにかするなんて出来やしない。

もし、それができたのなら、前世で災害に巻き込まれて死んでしまう人なんていない筈なのだから。


「…ッですが!」

「郷長!!」



口を揃えて私を庇う。

そんな事したって意味ないのに。


「……仕方ない」

前へまわり、すっ、と扉をあける。


「………、わかりました」


今から、死ぬって言うのに。とても穏やかな気分だ。

今なら、どんな事でも許せそう。

これが悟りの境地っていうのかな?……いや、諦めの境地か。


「「「ッ!?」」」


ふふふ、みんなポケーって口開けて。馬鹿みたい。

思わず上がってしまいそうな口角を必死に抑える。


「宮女、トトビモモソとして。最後の責務を、真っ当します」


そう言うと皆が苦痛の表情に歪める。

とても滑稽で。面白くて。


「皆さんもそれでよろしいですね?」


思わず私は微笑んだ。

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