5話 "開業準備" (3)


スキンヘッドの兄が拳を振り上げアゲハを殴りつける刹那の時間。


瞬きすらも遅く感じる瞬間に久蛾は動いた。


正確に言えば動いてはいない。


動いた結果だけが残った。


スキンヘッドの兄はまだ拳を振り下ろす途中だった。


その時に一度、瞬きをした。

目を開くとそこにアゲハはいなかった。

そして隣にいた黒髪の青年も。


拳が空振り少しだけつんのめる。


「ほ、ほい。はあなってるんだ」


スキンヘッド兄は何故か自分が上手く喋れないことに気づいた。


後ろに人の気配がして勢いよく振り向くとそこにはさっきまで自分の目の前にいたはずのアゲハと久蛾がいた。


久蛾が片腕でアゲハを掴みまるで丸太を腕で作った輪っかの中に入れて持つみたいにアゲハを抱えていた。


その場にいた久蛾以外の誰もが何が起こったのか分かっていなかった。


「ほ、ほい!」


その時、口の中に何かが垂れてきた。

何か鉄の匂い。


スキンヘッド兄が口を触れると手には真っ赤な液体が付いていた。


急いで鼻を触る。

鼻は凹んでいた。口に何かの固形物があったので吐き出す。白い物体が3つ出てきた。


それは誰が見ても歯であった。

スキンヘッド兄は過呼吸になり今まで感じていなかった痛みが襲いかかってきた。


スキンヘッド兄は膝をつき鼻を押さえる。


「はぁはっはぁはぁ。い、痛ひ」


久蛾はアゲハを離した。

アゲハはいきなり離されたので地面に身体をぶつけた。

しかしアゲハは色んな事が起こりすぎて痛みすら感じなかった。


「く、久蛾さん?何が起こったんですか?」


蚊神は膝をついたスキンヘッド兄を見て口に少し笑みを浮かべている青年に話しかけた。


「"幾何学な静寂サイレント・アナグラム"───っていう能力だ」


「"幾何学な静寂サイレント・アナグラム"?」


蚊神がオウム返しする。


「ああ。なんて言うか過程を奪って結果だけ残す──これが俺の能力の1つだ」


「そ、そんな。え?じゃあ今は?」


「今は、アゲハを救ってこのハゲの顔面に一発くらわせて後ろに来たって感じだな。その過程を全て奪って結果だけ残った。まあ簡単に言えばそういう事だ」


久蛾は警戒している坊主の弟を見ていた。

坊主の弟は久蛾を見ながら大粒の汗を流していた。


「く、久蛾さんってなんの職業なんですか?」


蚊神が畏怖の念すら込めて聞いた。


「俺は盗賊 ☆5の独創型だ」


「は……?え?嘘でしょ?」


蚊神は開いた口が閉じない思いだった。


それは何故か?


この異世界では生まれた時から自分が適している職業が決められている。

その決められた職業に役立つ能力が与えられるのだ。


職業にはそれぞれランクがありそのランクが高ければ高いほど強力な能力が使える。


☆1 : 才能なし


☆2 : 劣等能力者


☆3 : 凡人、普通の能力者


☆4 : 才能あり、特別な能力者


☆5 : 天才、国に数人ほど。


☆6 : 世界に数人、1人で国を崩壊させるほどの力を持つ。


そしてこのランクは努力や鍛錬で上げる事が出来る可能性がある。しかしどんなに努力してもランクは1つしか上がらない。


また能力者にはさまざまな型がある。


【増強型】 【補助型】 【妨害型】 


この3つの型が基本であり型も生まれた瞬間からある程度は決められているが自分自身で違う型に寄せることは出来る。


そしてこの3つに属さない特別な型がある。


【独創型】


これはこの3つの型どれにも属さない力で非常に稀な型である。


蚊神が何故そんなに驚いているのか。

これでお分かりだろう。


久蛾は国に数人しかいない☆5能力者でしかも稀な【独創型】であったからだ。



坊主の弟は久蛾の話を聞きながら軽い気持ちで喧嘩を売ったことを反省していた。

もうこの仕事さえ辞めようと思っていた。


「☆5でしかも独創型……?そ、そんなの本当だったら!国家直属の騎士団の団長か、それとも国の1番すげえ奴とかになんだろ?なんでそんな奴がこんなとこにいんだよ!」


坊主の弟は既に膝が震えていた。

兄の方を見るが体を丸くし鼻と口から出る血を抑えてうめき声をあげていた。


「まあ色々あった」


久蛾はそんな震える坊主の弟を興味なさそうに見ていた。


「……そんなすげえ人だったのか」


蚊神は嬉しかった。


久蛾が他とは違う特別な人間になっていた事ももちろん嬉しかったがそれよりそんな特別な人間になっても根は変わらずに闇金をしようとした事に蚊神は何故か心が舞い上がる気持ちだった。


「まあいいや。おい!クソ坊主!」


蚊神はこの舞い上がった心を静めようとそして何より久蛾に自分もすごいところを見せようとした。


「も、もうなんだよ。やだよ俺」


坊主は既に意気消沈していて逃げ腰だった。


「お前どっちにしろ死ぬけど、あの男を倒したら見逃してやるよ」


久蛾は蚊神の意図を知って笑いながら転移者を指差した。


「ほ、本当だな!」

「早くやれよ」

「よ、よしぶっ殺してやる!」



坊主の弟は拳を構えた。


蚊神は※力点ポイントを発生させた。


力点ポイント


自分の能力を発動する時に使う力の源のこと。

自分自身を守る為にわざと発生させる事もある。


蚊神から発生した力点ポイントが分離して地面に置かれた。


その力点ポイントが形を作っていく。

耳が生え尻尾が生えてまるでその姿はペルシャ猫のようだった。


しかし色は緑や青そして一部だけ赤になったりと目まぐるしく変わっていく。


「こいつは"窃盗猫ロブキャット"」


蚊神はその色が定まらない猫を親指で差した。


窃盗猫ロブキャットは自分の股を舐めていた。


「こいつは色を変える事で背景と同化してどこにいるか分かんなくなる──カメレオンみたいに。そんで相手の意識からも消えていく。この窃盗猫ロブキャットが接触した者の情報を獲得ゲットする事ができます。獲得ゲットした情報は……」


坊主の弟が会話を遮る。


「なんで俺にそんな説明する?不利になるのは……」


蚊神は話を遮られた事に少しイラついていた。


「黙ってろ。テメェに言ってねえよ。久蛾さんに説明してんだ」


「空木、まあそれは後でゆっくり聞くわ。とりあえず倒してくれ」


「了解です──じゃあ早くかかってこい」



坊主弟は今までこの街でこんなにコケにされた事はなかった。

兄が突然やられて逃げ腰になっていたがやっと自分の闘志に火がついた。


こんなクソ野郎に俺が負けるはずがねえ!

後ろの奴には勝てなくてもこいつは所詮、虎の威を借る狐だ!


坊主弟は足に力を入れて蚊神の右に飛んだ。

窃盗猫ロブキャットが召喚されたのは左だったのだ。


「死ね!」


坊主弟の腕に血管が浮き出る。


蚊神はそんな坊主弟を横目で見ながら腕をまくった。


「ファイルNo.4 "オープン"」


するとまくった腕に装備が現れた。そして拳にはバツ印の大きな鉄の突起物がつけられていた。


「"敵対者の手元エネミーガントレット"」


その籠手は赤黒く光っていた。


坊主弟はまた怯えた。


「つ、次はなんだよ」


「これは相手が俺に敵意を向ければ向けるほど威力が上がるんだけど──その様子じゃ期待できないな」


「あ、じゃあ」


その瞬間、坊主弟の顔面に物凄い衝撃が襲う。


坊主弟は壁にぶつかりそのまま倒れ込んだ。


「お前さー何でもかんでもビビりすぎ。これじゃ意味ねえや」


坊主弟も鼻が凹んでボロボロと歯が抜け落ちた。


「うっうぐ!」


しかし坊主弟の目は怒りで痙攣していた。


殺す殺す殺す!


その時、脇腹に鋭い刃物で斬られたかのような痛みが襲う。


「うげ!」


坊主弟は膝をついて右手で鼻を左手で斬られたであろう脇腹を抑えた。


抑える時に誰が斬ったのか確かめようとアゲハ達がいる方向を見たその方向の近くに何かがいる気配を感じたのだ。


しかしそこには紫色と青色と黄色の縞々しましま模様の猫しかいなかった。


その猫を見たまま坊主弟は固まった。

そしてすぐに思い出す。


た、確か窃盗猫ロブキャットとか言うやつだったよな…?なんで忘れてたんだ。


そして窃盗猫ロブキャットは突然、姿を消した。


坊主弟は辺りを見回す。


蚊神はとっくに飽きて久蛾たちとムシノスローンに帰えろうとしていた。


その後ろ姿だけが坊主弟は見えた。


坊主弟は怒りと憎しみで頭がいっぱいだったがその片隅に安堵の気持ちがあった。


ふっと息をついた瞬間に首元に鋭い痛みが走った。


坊主弟は兄と同じ丸まった姿勢になった。

そして自分を地面から見ていたのは1匹の猫であった。


白目は黄色で黒目は白だった。

しかし目の色すらもすぐに変化していた。


その猫は血がついた爪を舐めながら


「ニャー」と鳴いた。


「ローーブ」


蚊神の声が聞こえると窃盗猫ロブキャットは姿を消した。


坊主弟は出血多量で酷く眠かった。

眠りにつく前にあの2人に近づかない事を決めた。


丸まった姿勢から今度は本格的に倒れ込んだ。


眠る数秒の間に彼が思っていた事は自分の脇腹と首を切った犯人は誰なのかと言う事だった。









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