3話 "開業準備" (1)


階段の横に立てかけられた大きな看板を4人は見ていた。


「前世じゃ信じらんないっすよねー。捕まえてくださいって言ってるようなもんだもんな」


「まあな。この世界じゃ金融屋なんていないからな。宣伝はしまくるし看板だって目立つ方がいい」


看板はまるで幼稚園のお遊戯会のようにポップだった。ムシノスローンの名前通り、可愛くデフォルメされた虫達が端っこに付けられていた。


「でも何かあれっすね。まるで雰囲気違うから慣れないっすね」


蚊神は腕を組みながらその看板を見ていた。


「出来るだけ入りたくなるようにしたからな。最初が肝心だし怪しくなさそうで安全そうな場所。そういうのを目指したらこうなった」


しかし久蛾もそう言いながら少しだけ嫌そうな顔をしていた。仕方なくそうしたのが蚊神にも分かった。


ウィーブは相変わらず無表情で看板を見ていた。

その顔からは何を考えているかまるで想像できなかった。


アゲハは目をキラキラさせながら心の中ではしゃいでいた。


「空木、今から領主に会いに行くぞ。アゲハも」


アゲハは露骨に嫌な顔をした。


「明日にしません?」


「ダメだ。今から行く」



3人は領主の元に向かった。

蚊神と久蛾そしてその前にアゲハがいた。


アゲハは露骨に肩を下げて歩いていた。


「何であんなに嫌がってんすか?」


蚊神は前にいるアゲハを見ながら隣にいる久蛾に聞いた。


「単純にキモいからじゃないか?」

「キモい?」

「禿げてるし太ってるしおまけに馬鹿だ。メシは俺の3倍食うし1日10時間寝るしおまけに女好きだ」

「なんすか。その三大欲求の塊みたいな奴は」

「俺らからしたらラッキーだ。付け入る隙がありすぎるからな」



スカルガーデンは見た限りだと普通の街並みだった。建物は少しだけボロいがそれ以外は特に変わったところはなかった。


街並みは西洋風の建物が主で所々に家を改造して何かの商売をしている所もあった。


魚屋や肉屋それに薬屋などが所狭しと並んでいた。


そこに住む人々はどの顔も疲れ切っていた。

顔には疲労の2文字がこびりつき。

皆、下を向いていた。


「なんか貧富の差が激しいとか聞いてましたけど思ったよりですね」


「ここは13区だからな。まだマシな方だ」

「13区?」

「イマーゴは23区に分かれてるんだ。0区が王族や大臣が暮らす王下町おうかまち【キングガーデン】、1区から10区がリッチガーデン──富裕層エリアで11区そのものが闘技場で12区から22区がスカルガーデン──貧困層エリアって事だ。それぞれ区ごとに領主が1人いてそこに住む奴から金を取ってる。──まあ0区は別だが──その金で警備やら何やらしてるわけだ」

「税金みたいなもんですか?」

「そうだ。保護金って名前だけどな」


蚊神はまた改めて13区の街並みを見直す。


「なんか落ち着きますね」


久蛾はその言葉に少し嬉しそうに頷いた。


「ここは俺達がいた街に似てるだろ?みんな疲れきってて金に飢えてる──俺らはそんな奴らから金を奪ってた」


蚊神は少し心配そうに久蛾を見た。


「ハイエナみたいに」蚊神は言った。


久蛾は前にいるアゲハを見ながらあるいは何も見ていなかったかもしれない。


「ハイエナでもいいじゃねえか。謙遜や我慢で餓死するぐらいなら俺はそいつらの肉を奪い取って生き延びてやる」


久蛾は拳を握った。


「それは今も昔も変わらない」


蚊神は拳を握った久蛾を見て安心した。

自分がいなくなって3年、いや久蛾からしたら15年ぐらいの間その途方もない時間の中で久蛾の何かが変わってしまったんじゃないかと蚊神は少し心配していたのだ。


しかし久蛾は何年経っても久蛾だった。

それに蚊神はほっと息をついた。


13区は静寂の街だった。

あまり声は聞こえず時折、酔っ払いの声が聞こえるが後はあまり音がなかった。


また少し歩くと開けた場所に出た。

緑色の外壁に大きな屋根、後ろに小さい塔もあった。

城とまではいかないが豪邸と言われれば間違いなく皆、首を縦に振るだろう。


「あれですか?」

「そう」


アゲハは立ち止まって俺らの方を見た。

まだ顔は嫌そうにしていた。


「あの女、大丈夫なんすか?普通ぽいですけど」

「大丈夫だ。あいつはイカれてる」


アゲハと合流すると同時に1人の老人がアゲハに声をかけた。


「そこのお嬢さん、今の生活に満足していますか?よろしければ我々をお救いくださる救済の神ボン・ミー様に信仰をささげ……」


突然、アゲハは老人の胸ぐらを掴んだ。


「今なんて言った?」


老人は何が何だか分からず混乱していた。


「え?あの?ボン・ミー様に信仰を」

「そこじゃねえよ!」

「え?…じゃあ」

「お前、私のことお嬢さんって言ったよな?私が貴族の娘に見えたか?おい!聞いてんだよ!私は子供ぽいか?なあ?」


蚊神はびっくりして久蛾の方を向いた。

久蛾は今から起こることを楽しみに待っていた。


「あの女なんなんすか?イカれ野郎じゃないですかそれとも薬やってんすか?」

「言ったろあいつはイカれてるって」


アゲハは老人を突き飛ばした。


「あいつの怒りの沸点はバラバラなんだよ。いつどのタイミングで怒るか予想つかねえ。明日、お嬢さんって言っても多分怒らねえ」


久蛾は笑いながらアゲハを見ていた。


アゲハは倒れた老人に跨って拳を振り上げた。


老人は必死に弁解しようとした。

「ち、違うんですよ!お嬢さんって言ったのは言葉の綾でして」


アゲハは更に怒って老人の顔面を殴りつけた。


「なんだとお前!綾だと?意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ!あや跳びでもすんのか?」


蚊神は殴りつけているアゲハを見て唖然としていた。


「久蛾さんこいつやばすぎじゃないですか」


周りにいた人達も喧嘩を見に集まってきた。


「おい空木、止めてこい」


蚊神はまだ殴り続けてるアゲハを無理矢理、掴んで引き離した。


「おい!何だよ!離せよ!」

「アゲハ」


久蛾がいきなりアゲハを呼んだ。

アゲハは久蛾を睨んだ。


「お嬢さんって言うのはキャバ嬢とか風俗嬢って意味じゃねえか?」

アゲハは蚊神が掴んでいる手を引き離して久蛾に近づいた。

「どうゆうことですか?」

「大人っぽいて事だよ」

「あーそういうことか。なんだ」


蚊神はアゲハとはなるべく距離を置こうと考えた。


こ、この女!俺があった女の中で1番イカれてる!


アゲハはもう老人には目もくれずに領主がいる館まで歩いて行った。


「早く行くぞ」

久蛾は何食わぬ顔でアゲハと一緒に館に向かった。


蚊神はその後ろを追いかけながら釈然としない気持ちだった。


何でそんな普通なんすか?


え?これ俺がおかしいのか?


これが普通なの!?


俺がおかしいの!?

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